第6話 孤高の異端児
あの集団演習から数日。
学園内での俺の評価は、決定的なものになっていた。
『氷の処刑人』。
それが、魔力量わずか十の無能が、知恵だけでエリートを蹂躙したことへの、周囲の恐怖が混じった呼び名だった。
「……あいつだろ。演習で仲間まで怖がらせるような戦いをした奴」
「ゼノ先生のお気に入りらしいぜ。近づかない方が身のためだ」
廊下を通るたびに、周囲の視線が避けていく。
アーサーやルナとも、あの日以来、気まずい空気が流れていた。ルナは俺と目が合うたびに、何かを言いかけては俯いてしまう。
(……これでいい。軍師に、馴れ合いは必要ない)
俺は自分にそう言い聞かせ、ゼノの個人研究室の扉を叩いた。
扉の向こう側は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「いらっしゃい、レインくん。君が『孤独』という特等席に座り始めたようで、私は嬉しいよ」
ゼノは山積みになった魔導具を整理しながら、楽しげに俺を迎えた。
「先生。今日は何の講義ですか?」
「今日は、君の『過去の知恵』を形にしてもらおうと思ってね。……魔法は素晴らしいが、効率が悪い。君なら、この古臭い帝国の兵器をどう変える?」
ゼノが机に置いたのは、帝国の一般的な「魔導弓」だった。
弦を引く時に使う魔力が大きく、普通の兵士には扱いが難しい武器だ。
俺はそれを手に取り、前世の知識を検索した。
――記憶残存率:九十九・一パーセント。
消えたのは、前世で使っていたパソコンのパスワード。
代わりに脳内に浮かんだのは、現代の「クロスボウ」や「ボルトアクション銃」の仕組みだった。
「……この弓は無駄が多すぎます。弦を引く力を魔法で助けるのではなく、最初からバネの力で固定しておけばいい。そこに、僕の『遅延発動』の魔法を組み込めば、誰でもボタン一つで矢を放てるようになります」
「ほう? 『ボタン一つ』で、かね」
「はい。さらに、矢の飛ぶ軌道を風の魔法で筒状に固定すれば……。魔力が低くても、狙撃すら可能になります」
俺は夢中で設計図を描き始めた。
エネルギーのロスを減らし、出力を一点に集中させる。それは魔法の才能がない俺だからこそ辿り着ける、「科学」の視点だった。
「ははは! 面白い! 魔法をただの『部品』として扱うか。君が作るのは、兵器ではない。この世界の常識を壊す『革命』だ」
ゼノの不気味な笑い声が響く中、俺は一晩かけて新型の弓を完成させた。
『魔導連発弩』。
それは、これまで数ヶ月の訓練が必要だった弓術を、たった一日の練習で素人でも扱えるようにしてしまう、恐ろしい道具だった。
翌日。俺は完成した試作機を持って、アーサーを訓練場に呼び出した。
「……レイン。これ、なんだよ? 弓にしては変な形だな」
アーサーはまだ少し気まずそうだったが、見たこともない道具に興味を惹かれたようだった。
「アーサー、これを使ってみてくれ。あの的を狙って、ここにあるレバーを引くだけでいい」
「レバーを? 魔法の詠唱もいらないのか?」
アーサーが半信半疑でレバーを引いた。
シュンッ! という鋭い音と共に、矢が凄まじい速度で放たれ、百メートル先の的のど真ん中を貫いた。
「な、なんだこれ!? 全然力が要らないのに、俺の全力の魔法矢より速いぞ!」
「それが、僕の作った『新しい力』だ。……アーサー、君がこれを使いこなせば、もう魔力量の差なんて関係なくなる」
俺は淡々と説明したが、アーサーの顔に浮かんだのは喜びではなかった。
「……レイン。お前、これ……。誰でも使えるようにするつもりか?」
「ああ。そうすれば、平民の志願兵だって、高貴な騎士と対等に戦える」
「……それは、革命なんて生易しいもんじゃないぞ。この国のルールが全部壊れちまう。……お前、本当にどこへ行こうとしてるんだよ」
アーサーの言葉が、俺の胸に小さく刺さった。
九十九・〇パーセント。
ついに、九十九の大台を割り始めた。
消えたのは、前世の「母親が作ってくれた料理の匂い」。
温かかったはずの記憶が、真っ白な設計図へと書き換えられていく。
「……僕は、勝つために必要なことをしているだけだ。それ以外に、価値はないんだ」
俺の声は、自分でも驚くほど冷たく、機械的だった。
ルナが遠くから、悲しげな瞳でこちらを見つめているのにも気づかずに、俺はただ、完成したばかりの「壊すための知恵」を見つめていた。




