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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第5話 天才たちの誤算

士官学校の地下迷宮で過ごした一夜は、俺の人生を永遠に変えてしまった。

 地上に戻り、食堂の温かいスープを口にしても、喉を通るのは泥のような感覚だった。鼻の奥にはまだ、あの地下で見た「クラスメイトだった肉塊」の匂いがこびりついている。

「レイン、本当に大丈夫? 全然食べてないじゃない」

 ルナが心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の銀色の瞳は、純粋な優しさで輝いていた。昨日までの俺なら、その優しさに救われていただろ。だが、今の俺は、彼女の心配を「味方との関係を維持するためのコスト」として、頭のどこかで冷静に分析してしまっていた。

「……ああ、少し寝不足なだけだよ。ありがとう、ルナ」

 俺は、自分でも驚くほど自然な「嘘の笑顔」を浮かべた。

 脳の奥では、前世の記憶がほんの少しずつ、静かに剥がれ落ちている。

 

 ――記憶残存率:九十九・三パーセント。

 消えたのは、前世で使っていた「駅の改札を通る時の感覚」。そんな些細な日常の欠片が消える代わりに、俺の思考はより冷たく、より効率的な「勝利の計算」へと研ぎ澄まされていた。

 その日の午後。学園の広大な演習場で、新入生による「集団演習」が行われた。

 数十人がチームに分かれ、相手の旗を奪い合う、実戦形式の授業だ。

 俺たちの相手は、入学試験で俺が恥をかかせたハンス・フォン・ロイター率いる精鋭チーム。ハンスは医務室から戻ったばかりの青白い顔で、俺を指差した。

「レイン……! 今日こそ、その姑息な手品が通用しないことを教えてやる! 全員、突撃だ! 魔法の火力でゴミ掃除をしろ!」

 ハンスの号令と共に、貴族出身の生徒たちが一斉に強力な火炎魔法を放ちながら突進してくる。

 対する俺のチームは、魔力の低い平民出身の生徒ばかりだ。みんな、恐怖で足が震えている。

「レイン、どうすればいい!? このままだと丸焼きにされるぞ!」

 アーサーが剣を握りしめ、俺に指示を求めた。

 俺は冷静に戦場を眺めた。

 丘の傾斜、風の向き、そして土の湿り気。前世の「物理学」の知識が、戦場を一つの数式に変えていく。

「……アーサー、ルナを連れて右の谷間に隠れていてくれ。敵が来ても、僕が合図するまで絶対に手出しは無用だ」

「谷間? あそこは行き止まりだぞ、包囲されたら終わりだ!」

「僕を信じて。……それが、最も『安く』勝つ方法なんだ」

 俺の冷たい声に、アーサーは一瞬たじろいだが、強く頷いてルナを連れて走った。

 俺は残りのメンバーを後退させ、中央の丘をわざと明け渡した。

「ははは! 逃げ出したか! 臆病者の農民どもめ!」

 丘の頂上を占拠し、勝ち誇るハンス。

 だが、その瞬間、俺は仕掛けておいた「罠」を起動した。

「発動。……術式:地盤液状化どろどろ

 パチン、と指を鳴らす。

 俺が昨晩、密かに丘の地面に仕込んでおいた微弱な振動魔法が、一斉に目覚めた。

 固かったはずの地面が、一瞬で「ドロドロの液体」のように姿を変える。これは、地震の時に地面が水のように溶ける『液状化現象』を魔法で再現したものだ。

「な、なんだ!? 地面が……溶けてる!?」

 ハンスたちの叫び声と共に、丘の頂上にいた数十人が、泥の波と一緒に麓へと押し流された。

 彼らは麓の湿地帯に腰まで埋まり、もがけばもがくほど深く沈んでいく。

「ルナ。……今だ。湿地全体を、凍らせろ」

 俺の非情な命令が、魔導具を通じてルナに届く。

 

「……え? でもレイン、あそこにいるみんなを凍らせたら、大怪我を……」

「ルナ。これは『戦争』の練習だ。ここで彼らを完全に動けなくすれば、僕たちの被害はゼロで済む。……君は、僕たちの仲間が傷つく方がいいの?」

「……っ。わかったわ! 【絶対零度の檻】!」

 ルナの放った強力な氷結魔法が、湿地全体を純白の氷原に変えた。

 泥に埋まっていたハンスたちの足は、そのまま氷の中にがっちりと固定される。

「ぎゃああ! 足が……足が凍るっ!」

「降参だ! 助けてくれ!」

 演習場に響き渡る、無惨な悲鳴。

 俺たちのチームは、一人の負傷者も出さずに、学園きってのエリートたちを全滅させた。

 だが、勝利を喜ぶ声はどこからも上がらなかった。

 俺の仲間たちでさえ、氷漬けにされたライバルたちの姿を見て、引き攣った顔で俺から距離を取っていた。

「……レイン」

 アーサーが、震える声で俺を呼ぶ。

「勝ったのはすごいけどよ……。お前、本当にこれを『いい方法』だと思ったのか?」

「……被害は最小。勝利は確実。これ以上の正解はないよ、アーサー」

 俺は淡々と答えながら、自分の心がどんどん「透明」になっていくのを感じていた。

 

 九十九・二パーセント。

 消えたのは、前世で友人たちと笑いながらマシュマロを焼いた、あの暖かい思い出。

 勝利の代償に、俺はまた一つ、人間らしい感情を捨てたのだ。

「……素晴らしいね、レインくん」

 夕闇の迫る演習場の影から、あの怪人、ゼノが現れた。

「君はたった今、友人たちからの『信頼』を捨てて、この勝利を買った。……軍師として、最高の一歩だ。次はもっと大きな『戦場』を見せてあげよう」

 ゼノの笑い声が、冷たくなった俺の心に、ナイフのように鋭く突き刺さった。

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