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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第2章『機神の不在、列強諸国の狂騒曲』

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第33話 黒煙の揺り籠

空から降り立った三人を迎えたのは、喉を焼くような石炭の臭いと、大地を絶え間なく揺らす巨大なピストンの駆動音だった。

 工業都市連邦アイアン・グラード。そこは、五大列強の中でも最も異質な、「魔法」を極限まで「機械」へと置換した鉄の要塞都市。空は見えず、重油のような色の雲が常に低く垂れ込め、街の至るところから突き出した煙突が、大気を黒く染め上げている。

「……ここが、アイアン・グラード。……僕が、かつて『命の模倣』を試みた場所だ」

 レインは、煤けたコートの襟を立て、複雑に入り組んだ蒸気パイプの隙間を歩き出した。

 彼の脳裏には、記憶の断片が火花のように明滅している。

 冷たい実験室、油にまみれた設計図。そして、自分の隣で熱っぽく「鋼鉄に魂を宿す方法」を語っていた、大男の笑い声。

「……レイン。なんだかこの街、嫌な感じがするわ。建物が全部、生きてるみたいに呼吸してる。……ほら、あそこの歯車。あんなに不規則に回るなんて、物理的におかしいじゃない」

 ルナが指差したのは、巨大な時計塔の側面に露出した、直径十メートルはあろうかという大歯車だ。

 それは一定の速度で回っているのではない。まるで脈拍のように、速くなったり遅くなったりを繰り返し、時折、痛みに耐えるように激しく軋んでいる。

「……あれは、単なる歯車じゃない。……材料工学の禁忌、『感応性形状記憶合金』だ。……周囲の魔力や人間の感情を電気信号として読み取り、自らの硬度や粘性を変化させる。……バルタザール。彼はついに、街全体を一つの『生き物』に変えてしまったのか」

「……レイン様、右前方から多数の駆動音! 規則的な行軍です。……ですが、生身の人間の気配ではありません!」

 カトリーナが愛剣を抜き放ち、レインの前に立つ。

 霧の向こうから現れたのは、深紅の単眼モノアイを光らせる、鋼鉄の歩兵集団だった。

 自律型魔導人形『アイン・ゾフィア』。

 かつてレインが「平和維持」のために設計し、バルタザールが「戦争の最高傑作」へと完成させた、心なき殺戮機械。

「……ターゲット、識別。……アイン・ゾフィア、第十二世代。……材料構成、チタン・タングステン合金。……熱処理による表面硬化は、ダイヤモンドに匹敵する」

 レインが呟く。その声に反応したかのように、先頭の一機が、蒸気を噴き出しながら超高速で突進してきた。

 その腕部は巨大な油圧カッターへと変形し、カトリーナの首筋を狙って振り下ろされる。

「……させるかッ!!」

 カトリーナの剣が、人形の腕と激突し、凄まじい火花が散った。

 だが、カトリーナの顔が驚愕に歪む。

 彼女の剛剣を持ってしても、人形の腕には傷一つ付いていなかった。それどころか、人形の表面が波打つように変形し、カトリーナの剣を「包み込む」ように拘束し始めたのだ。

「……無駄だ、カトリーナ卿! 引け! ……そいつは攻撃を受ける瞬間に、衝突面の分子結合密度を局所的に高め、衝撃をすべて熱に変換して吸収している!」

 レインが、ルナから奪い取った「魔法の杖」を、まるでバールのように人形の関節に叩き込んだ。

 

「……材料力学、第零法則。……完璧な結合ボンドほど、特定の波長に弱い。……超音波、発振!!」

 レインが杖を通じて、人形の内部構造に向けて特定の周波数を流し込んだ。

 

 ――パリンッ!!

 

 ダイヤモンドより硬いはずの人形の腕が、まるで安物のガラス細工のように粉々に砕け散った。

 硬さを追求するあまり、内部に溜まっていた「残留応力ストレス」を、レインが共振によって一気に解放させたのだ。

「……ふふ、ふはははは! 素晴らしい! さすがだ、レイン・バートレット! 記憶を失い、脳の半分が死んでいてもなお、君の指先は鋼鉄の『泣き所』を完璧に理解している!!」

 街中のスピーカーから、地響きのような野太い笑い声が響き渡った。

 

「……バルタザール。……久しぶりだな。……この無残な鉄の墓場が、君の求めた理想郷か?」

「……理想郷? 違うな、これは『実験場』だ。……人間という脆い肉体を捨て、すべての命が永劫の鋼鉄へと至るためのな。……来い、レイン。連邦議事堂――いや、私の『黒の工房』へ。……君の脳を、最高の合金パーツとして加工してやる!」

 周囲の建物が、生き物のようにうねり、レインたちの退路を塞いでいく。

 鉄の産声が、黒煙の空へと響き渡る。

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