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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第2章『機神の不在、列強諸国の狂騒曲』

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第30話 緋の賢者

南方神聖砂漠の中央にそびえ立つ、黄金の巨塔『ヘリオス・ピラー』。

 その周囲を埋め尽くす数万枚の反射鏡は、一分の隙もなく中央の受光部へと太陽光を収束させていた。その光景は、地上の太陽を人工的に作り上げようとする人間の傲慢を象徴している。

 レイン、ルナ、カトリーナの三人は、熱エネルギーによる超高速移動の末、そのピラーの基部へと着地した。周囲の空気は激しく歪み、あまりの高温に、立っているだけで服が焦げ、肺が焼けるような錯覚に陥る。

「……あははは! 面白いわね、レイン! 自分の理論を逆用して、私の攻撃を移動手段に変えるなんて。……でも、ここは私の『光学の監獄プリズム・プリズン』。一歩でも動けば、その身体を数万のレンズが焼き千切るわよ!」

 塔の上層から響くサラキアの高笑い。彼女が指をパチンと鳴らすと、周囲に配置されていた鏡が一斉に角度を変え、レインたちを包囲するように「光の壁」を形成した。

 反射された光は空中で複雑に交差し、目に見えない光の糸となって空間を網目状に覆い尽くす。触れれば即座に切断される、超高温のレーザー網。

「……レイン様、身動きが取れません! 四方八方、すべてが焦点フォーカスとなっています。……剣を振るう隙間すらありません!」

 カトリーナが愛剣を引き抜こうとするが、その鋼鉄の刃が鞘から覗いた瞬間、収束された光線が刃に当たり、瞬時に白熱して火花を散らした。金属さえも一瞬で気化させる、圧倒的な光子密度。

「……ルナ、目を閉じていろ。……これからの光景は、視神経を焼き潰しかねない」

 レインは静かに、自らのマントの内側から、ネプチューンで手に入れた「銀の鍵」を取り出した。

 彼はその鍵の表面に、魔力で微細な「格子状のパターン」を書き込んでいく。

「……サラキア。君の光学理論は、光を『粒子』として捉えすぎている。……破壊力を高めるために、直進性と収束性フォーカスを重視した。……だが、光の本質は『波』だ。……波である以上、それは干渉し、回折し、そして……条件次第では『消える』」

「……消える? 寝言を言わないで! この数兆ジュールのエネルギーが消えるはずがないでしょう!?」

「……エネルギーは消えない。……ただ、行き場を変えるだけだ」

 レインが「銀の鍵」を地面に突き刺した。

 その瞬間、鍵の表面に刻まれたパターンが、周囲の光と共鳴を開始した。

 レインが展開したのは、工学魔法における禁忌の術式――『全反射相殺回折格子ヌル・ディフラクション』。

 襲いかかる数万の光線。

 だが、それらがレインの数メートル手前に達した瞬間、光は物理的に「曲がった」。

 いや、曲がったのではない。光の波形が、レインが作り出した干渉縞によって互いに打ち消し合い、レインたちの周囲だけが、完璧な「影」の領域へと変貌したのだ。

「……なっ!? 光が……避けて通っている!? 私の計算した焦点が、すべてずらされている……!?」

 サラキアが驚愕に目を見開く。

 光の監獄は、今やレインを守るための「闇の繭」へと成り代わっていた。

 レインは影の中を、悠然と歩き出す。

「……幾何光学の限界だよ、サラキア。……君の鏡は、僕の作った『回折』という名の不確定要素を計算に入れていない。……さて、次は僕の番だ。……君が集めたこの膨大な光、少し『冷却』に使わせてもらうよ」

「……冷却!? 光を使って冷やすなんて、熱力学の法則を無視するつもり!?」

「……『レーザー冷却』。……特定の波長の光を原子にぶつけ、その運動エネルギーを奪うことで、絶対零度近くまで温度を下げる技術。……かつての僕が、君に教えるのを止めた術式だ。……あまりに危険すぎてね」

 レインが手を掲げると、周囲を覆っていた光の繭が、一斉に「青色」へと変色した。

 光子一つひとつが、大気中の分子の振動を強制的に停止させるための「ブレーキ」へと変換される。

 一瞬前まで摂氏五十度を超えていた砂漠が、次の瞬間、マイナス二百度以下の極寒の世界へと変貌した。

 激しい温度差により、周囲の巨大な反射鏡が次々と悲鳴を上げて砕け散り、ヘリオス・ピラーの外壁に亀裂が走る。

「……あ、が……あ……。……寒い……熱い……何、これ……!?」

 サラキアは玉座から転げ落ちた。

 あまりの温度変化ヒート・ショックに、彼女の魔導回路が追いつかず、自己崩壊を起こし始めている。

 レインは凍りついた地面を踏み締め、塔の頂上を見上げた。

「……工学は、極端を嫌う。……行き過ぎた熱も、行き過ぎた光も、いつかは自分自身を焼き尽くす。……サラキア、君が求めた『神の光』は、ただの『統計力学の誤差』に過ぎなかったんだ」

 ヘリオス・ピラーが、内側からの凍結膨張によって、音を立てて崩壊し始める。

 緋の賢者が築き上げた黄金の帝国は、皮肉にも、彼女自身が愛した「光」によって凍りつき、灰へと還ろうとしていた。

「……レイン。……やっぱり、あなたは……壊れているわ……。……記憶を失ってもなお、こんな……残酷な正解を導き出すなんて……」

 崩れゆく塔の中で、サラキアは消えゆく意識の中、かつて自分に工学を教えた青年の、冷たくも美しい横顔を思い出していた。

 砂漠に、再び静寂が訪れる。

 ヘリオス・ピラーの残骸から、レインは一冊の「赤い手記」を回収した。

 それは、サラキアが独力で積み上げた、熱力学魔法の真髄が記された研究ノート。

「……レイン、大丈夫? 顔が真っ白よ……」

「……ああ。……少し、計算を急ぎすぎた。……でも、これでまた一つ、失われたパーツが見つかった気がする」

 レインの脳裏に、新たな数字が刻まれる。

 ――現在の記憶残存率:十一・二パーセント。

 

 砂漠の戦いを経て、レインたちはさらなる高み、あるいはさらなる奈落へと近づいていく。

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