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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第2章『機神の不在、列強諸国の狂騒曲』

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第29話 黄金の流刑地

海洋王国ネプチューンの涼やかな潮風は、今や遠い記憶の彼方であった。

 レイン、ルナ、カトリーナの三人が次に足を踏み入れたのは、大陸南端に広がる「南方神聖砂漠」。そこは、神が地上を焼き払った跡地と伝えられ、日中の気温は摂氏五十度を超え、夜間には氷点下まで急降下する、生身の人間にとっては文字通りの地獄である。

 三人を乗せた自律型蒸気装甲車『アーク・ワン』は、度重なる海戦での損傷をレインの手によって応急処置され、砂漠仕様へと換装されていた。

 車輪は砂に埋もれないよう、接地圧を分散させる「可変式クローラー」へと変更され、車体表面には熱を反射するための「銀鏡反応塗装」が施されている。

「……あ、暑い……。レイン、本当にこの先に街なんてあるの? さっきから見えるのは、揺らめく陽炎かげろうと死んだトカゲの死骸だけよ……」

 車内の冷却魔導機に必死にしがみつきながら、ルナが弱々しい声を上げた。彼女の「慈しみ」の魔法は、植物や水のない乾燥地帯では、その触媒となる大気中の魔力マナが極端に希薄になるため、威力が激減してしまう。

「……あるはずだ。……かつての僕の記録によれば、この砂漠の中央、地熱の特異点の上に、宗教国家『ソーラ・テンプル』が存在する。……彼らは太陽を神と崇め、その光を工学的に収束させることで、周辺諸国を牽制する巨大な兵器を維持している」

 レインは運転席で、複雑に点滅する熱感知センサー(サーモグラフィ)を凝視していた。

 彼の「耳」には、周囲の砂粒が熱膨張によって立てる、チリチリとした微細な破裂音が、不規則なリズムとして聞こえていた。それは、この土地の熱力学的平衡が、極めて不安定な状態にあることを示唆している。

「レイン様、前方より高エネルギー反応を確認! これは……通常の熱ではありません。収束された光子フォトンの圧力を感じます!」

 カトリーナが叫ぶと同時に、地平線の彼方から、一筋の「純白の線」が走った。

 それは雷よりも速く、炎よりも熱い、純粋な太陽光の奔流。

 光線がアーク・ワンのわずか数メートル横の砂丘を直撃した瞬間、砂は一瞬にして沸騰し、エメラルド色の「ガラスの柱」へと変貌を遂げた。

「……やはり、来たか。……緋の賢者サラキア。……彼女は僕の理論から『フレネルレンズによる光子加速』を盗み、それを広域殲滅魔法へと転用したんだ」

 レインは即座にステアリングを切り、アーク・ワンを急旋回させる。

 だが、第二、第三の光線が空から降り注ぐ。それはまるで、天に座す神が針で地上を刺しているかのような、精密かつ冷酷な狙撃。

「……ルナ、カトリーナ卿! 車外へ出るぞ! この装甲車では、今の光線の熱量ジュールを逃がしきれない。……遮蔽物は僕が作る。……君たちは、僕の背後から一歩も動かないでくれ」

 三人は激しい熱風が吹き荒れる砂漠へと飛び出した。

 レインが右手を高く掲げると、周囲の砂が生き物のように蠢き、彼の頭上に巨大な「傘」のような形状を形成した。

「……断熱、開始。……砂の主成分である石英せきえいを、魔力で一時的に『多孔質セラミック構造』に再配列する。……内部に真空の層を幾重にも作り、伝導・対流・放射、すべての熱移動を遮断する(ゼロ・ケルビン・ウォール)!」

 直後、真上から巨大な光の柱が降り注いだ。

 周囲の砂漠が蒸発し、視界が白い閃光で埋め尽くされる。だが、レインの作った「砂の傘」の下だけは、信じがたいことに、肌を刺すような冷気さえ漂っていた。

 熱を完全にシャットアウトし、光そのものを反射・拡散させることで、レインは太陽の怒りを無効化してみせたのだ。

「……防いだ……の? あの、太陽そのものみたいな攻撃を……」

 ルナが呆然と上を見上げる。傘の表面は、あまりの熱量に溶け落ち、真っ赤なマグマとなって滴り落ちているが、その内側は完璧な静寂が保たれている。

「……防いだだけじゃない。……この光の『波形』から、送信元の座標を逆算した。……ルナ、力を貸してくれ。……熱は、エネルギーだ。……奪った熱を、そのまま『推力』に変えて、あそこまで一気に跳ぶ」

 レインは、足元の砂を魔力で液体のように流動化させ、そこに吸収した莫大な熱エネルギーを一点に凝縮させた。

 物理学における「ヒートポンプ」の原理を、魔法的スケールで強制実行する。

「……座標固定。……行くよ。……太陽の女神様に、少し冷たい挨拶を届けてあげよう」

 ドォォォォォン!!

 爆発的な蒸気噴射と共に、三人の身体は砂漠を真っ二つに割り、地平線の彼方へと弾け飛んだ。

 

 たどり着いた先。そこには、何千、何万という巨大なミラーが同心円状に並び、中央の塔へと光を集める、異様な光景が広がっていた。

 

「……ようこそ、哀れな流刑者たち。……私の庭を汚す泥棒猫を、どう料理してあげようかしら」

 塔の頂上、黄金の玉座に座る一人の女。

 真紅の髪を揺らし、燃えるような瞳を持つ彼女こそが、七人の工学賢者が二人目、緋の賢者・サラキア。

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