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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第2話 騎士の家系の落ちこぼれ

七歳。それは、この世界の子どもたちが、その身に宿した「魔力の器」の大きさを測られる儀式の日。

 ガリア帝国の北東に位置するバートレット領。石造りの教会のステンドグラスからは、まだ青白い朝の光が差し込み、厳かな空気を彩っていた。

 バートレット家は、歴代ガリア軍の最前線で武功を上げてきた、生粋の武門である。現当主であり父のダリウス・バートレットは、戦場での猛々しい働きにより「鉄血」の異名を持ち、一代で男爵の地位を不動のものにした。彼が望むのは、自身を超える武才を持つ後継者。その期待は、行列の最後尾に並ぶ俺――レイン・バートレットへの、領民たちの熱を帯びた視線からも明白だった。

(……期待は、時に残酷な凶器になる。それを彼らはまだ知らない)

 俺は行列の中で、自分の小さな手のひらを見つめていた。

 この七年間、俺は一秒たりとも無駄にせず、自分の中に眠る力を探ってきた。前世の「佐藤」という男が持っていたシステムエンジニアとしての執念をフル稼働させ、この世界の「魔法」を解析しようと試みてきたのだ。

 この世界における魔法の威力は、基本的には「出力(魔力量)」と「変換効率(属性適性)」、そして「構築速度(詠唱)」の掛け算で決まる。だが、七年間の自己研鑽の結果、俺は知っていた。俺というハードウェアは、最新のOSを走らせようとしているのに、基盤となるバッテリーがボタン電池一つ分しかない、致命的な欠陥機であることを。

「……バートレット家の嫡男、レイン。前へ」

 神官の厳かな声が、教会の高い天井に反響した。

 父が背後で見守る中、俺は壇上へ上がり、台座の上に据えられた透明な水晶体に手を触れた。

 水晶は、かつての佐藤が深夜残業中に見た、消えかけの蛍光灯のように、濁った灰色にわずかに明滅しただけだった。

「……魔力量:十。属性:無(微風)」

 教会の喧騒が、凍りついた。

 嘲笑よりも先に訪れたのは、絶望的なまでの「沈黙」だった。

 魔力量、十。

 それは農民の子供が灯りを点すのに必要な平均値よりも低く、帝国の騎士団入団条件である「五百」とは、比べることさえおこがましい。数値上、俺はこの世界において「無能」の烙印を押されたに等しかった。

「……間違いでは、ないのか?」

 父の、押し殺したような声が背後から聞こえた。

「水晶は嘘をつきません、バートレット卿。お宅の長男は……残念ですが、騎士としての歩みはここで終わりです。剣を置く準備をなさい。幸い、会計の知識でも学ばせれば、領地の管理くらいはできるでしょう」

 神官の言葉は、慈悲という名の刃となって父のプライドを切り裂いた。父はそれ以上、何も言わなかった。俺は壇上を降り、父の傍を通り抜ける。彼がどんな顔をしているか見る勇気はなかったが、握りしめられた拳が白くなるほど震えているのだけが、視界の端に映った。

 ――記憶残存率:九十九・九パーセント。

 脳内のカウンターは、依然として高い数値を維持している。

 消えたのは、前世で一度だけ食べた期間限定のアイスの味。まだ「佐藤」という人格は、俺の中に完全な形で存在している。

(才能がない? ああ、そうだろうな。一撃の魔法で世界を驚かせるような芸当は、俺には一生できない。……だが、俺は『一般人』だ。一般人の強さは、一回の奇跡にあるんじゃない。積み重ねた『システム』にあるんだ)

 俺は教会の裏手、人気のない森の広場まで歩いた。

 そこには、俺が五歳の頃から、日課のように魔法を叩き込んできた一本の巨木がある。

 俺の魔力では、通常の方法で攻撃魔法を放っても木の皮一枚焦がせない。だが、俺には【遅延発動ディレイ・ログ】という、前世のスタックメモリの発想に近い独自の術式があった。

(一撃が『十』しかないなら、それを一万回スタックすればいい。一万回かけて、一秒にその出力を集中させる。……それが、電力貯蔵コンデンサの発想だ)

 俺は木の表面に手を触れた。

 そこには、目には見えないほど微細な数万の刻印が、鱗のように重なり合って刻まれている。数年かけて、毎日欠かさず一点に蓄積し続けた俺の「時間」そのものだ。

「……解除リリース

 指を鳴らす。

 その瞬間、静寂だった森に、物理的な「暴力」が走った。

 バキィィィィィィィン!

 凄まじい轟音と共に、樹齢百年を超える大樹が、根元から粉砕された。

 放たれた数万の【微風】が、流体力学の法則に従って一点に収束し、真空に近い負圧を生み出した結果の「構造破壊」。それは魔法というよりは、高度な物理演算による「現象」だった。

「……はは、計算通りだ。理論値通りの威力が出たな」

 俺は地面に膝をつき、激しい眩暈に耐えながら笑った。一瞬で魔力を使い果たした反動で、視界がチカチカと明滅する。

「……すご。レイン、今の何?」

 振り返ると、銀色の髪をなびかせた少女、ルナが立っていた。

 彼女は今日、同じ教会で『魔力量:三千』という、この国でも数年に一度の天才と診断された少女だ。その瞳には、憐れみなど微塵もなく、ただ純粋な「畏怖」が宿っていた。

「ルナ。……見てたのか」

「うん。……ねえ、教会の水晶、壊れてたんじゃない? あんなすごい魔法、パパだって使えないよ」

「ルナ、これは秘密だ。……俺の魔法は、他の人とは仕組みが違うんだよ。俺がこの世界で生き残るための、唯一の戦い方なんだ」

 俺は折れた大樹を見つめながら、自分の右手を握りしめる。

 魔力量十。それは呪いかもしれない。だが、前世の記憶という名の「システム」がある限り、俺は世界の常識を書き換えることができる。

 

「……いいよ。私はレインの味方だもん。レインが何を忘れても、私が全部覚えててあげる。あなたが『ただの佐藤さん』になっちゃっても、私はあなたの騎士でいてあげる」

 ルナが冗談めかして笑う。彼女はまだ、俺が何を失っているのかを完全には理解していない。それでも、その言葉は俺の冷え切った心を微かに温めた。

 九十九・八パーセント。

 脳内でまた一つ、何かが消えた。消えたのは、前世で通勤電車から見ていた、名前も知らない駅の看板。

 それが消える代わりに、俺はこの世界の、この少女の柔らかな声と、湿った森の匂いを知る。

(……代償。あるいは、上書きか)

 俺がこの世界で「何か」を手に入れるたびに、前世の「何か」が消えていく。

 それがこの世界のルールなのだとしたら。

 俺は、すべてを忘れる前に、この世界そのものを俺のシステムで支配してやる。

 魔力量:十。

 それは、後に五大国の運命を狂わせる「空っぽの軍師」レインが、世界へ向けて放った、最初の静かな宣戦布告だった。

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