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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第17話 帝都崩壊、あるいは孤独な王座

親友・アーサーの消滅。それは、俺――レイン・バートレットという人間が持っていた最後の「いかり」が失われた瞬間でもあった。

 俺の脳内にあるカウンタは、ついに危険領域を指し示している。

 ――記憶残存率:九十・二パーセント。

 もはや自分がなぜこの戦場に立ち、何を目的としていたのか。その根源的な「理由」さえも、工学的な「目標」へと変換されていた。

 消えたのは、前世での「自分の名前」。

 もはや、自分がかつて別の世界で誰であったか、どのような両親に育てられ、何を愛していたのか。そのすべてのアイデンティティが、この世界の魔導数式によって食いつぶされた。

 俺は、崩壊しかけたフェルゼン要塞の瓦礫の上に立ち、上空のリヴァイアサンを冷徹に、蛇のような瞳で見つめる。

「……全システム、オーバークロック。……脳内リミッター、解除」

 俺の周囲に、無数の魔導回路がホログラムのように浮かび上がる。

 それは、周囲数キロメートルの大気に含まれる魔力を強制的に徴収し、俺一人の意思で制御するための『大気魔導徴収陣たいきまどうちょうしゅうじん』。

 

 要塞に残された守備兵たちが、突然の魔力枯渇まりょくこかつによって次々と倒れていく。

 彼らが生きるために必要な最低限の魔力さえも、俺は勝利のための燃料として奪い取った。

「……レイン、何をしてるの!? みんなが死んじゃうわ!」

 瀕死のルナが叫ぶが、俺の耳には届かない。

 今の俺にとって、味方の生存率は「勝利のためのリソース配分」の一部に過ぎない。

 

「……ルナ。……静かにしてくれ。……今、僕は世界と計算を同期させている。……ノイズを立てるなら、君の魔力も徴収ちょうしゅうせざるを得ない」

 俺の手が、空を掴むように掲げられた。

 リヴァイアサンから放たれる主砲の光。それは、一撃で山を穿うがつほどの破壊エネルギーだ。

 だが、俺はそれを「反射」さえしない。

「……事象改変じしょうかいへん。……『エントロピーの減衰』」

 放たれた破壊の光が、俺の目前で霧散むさんしていく。

 熱エネルギーを運動エネルギーに変換し、それをさらに位置エネルギーへとすり替える。

 物理法則を無理やり歪めるその術式は、本来、人間が扱っていいものではなかった。

 ――記憶残存率:八十九・五パーセント。

 視界が血の色に染まる。脳の毛細血管が次々と破裂し、鼻から黒い血が滴り落ちる。

 消えたのは、「ルナと交わした、ある雨の日の約束」。

 彼女を守ると誓った、あの幼い日の記憶。

「……ゼノ。……終わりです」

 俺の影から、無数の「黒い触手」のようなものが伸び、空のリヴァイアサンへと絡みついた。

 それは魔力によるナノマシンの集合体。飛行船を構成する浮遊石の原子結合を、内側から強制的に解除する『分解術式ぶんかいじゅつしき』。

「……素晴らしい! 素晴らしいよ、レインくん!!」

 リヴァイアサンの甲板で、ゼノが狂ったように笑っている。

 「君はついに、私を超えた! 人間の殻を破り、純粋な『法則』そのものへと進化したんだ!!」

「……僕は、あなたのようになりたかったわけじゃない。……ただ、この非効率な世界を、完璧な数式で埋め尽くしたかっただけだ」

 俺が握り拳を作った瞬間。

 全長数百メートルを誇る巨大飛行船が、まるで見えない巨大な手で握りつぶされたかのように、中心から折れ、砕け散った。

 爆発はない。ただ、沈黙の中で物質が崩壊し、ちりとなって消えていく。

 その光景は、地獄よりもなお、美しく見えた。

 数日後。

 俺は、内乱によって灰燼かいじんに帰した帝都グラナダの王宮にいた。

 皇帝はすでに逃亡し、ロイター公爵もグレンダル侯爵も、俺が解き放った『自律型魔導兵器』によって粛清しゅくせいされた。

 俺は、誰もいない王座の間へ、重い足取りで歩みを進める。

 足音だけが虚しく響く。

「……陛下。……チェックメイトです」

 王座の横に転がっていた、皇帝の冠を拾い上げ、俺はそれを無造作に自分の頭に乗せた。

 権力が欲しかったわけではない。

 ただ、この国という巨大な「演算機コンピュータ」を管理するためには、最も高いアクセス権限が必要だった。

 ――記憶残存率:八十八・〇パーセント。

 消えたのは、「温かいという感覚」。

 

 俺は冷たい石の王座に腰を下ろした。

 背筋を伸ばし、正面を見据える。

 そこには、俺がこれから作り上げる『工学帝国』の設計図が、虚空に投影されていた。

 感情はない。

 慈悲もない。

 不確定な要素をすべて排除し、民の一人ひとりを部品として最適化する。

 それが、親友を殺し、名前を捨てた俺に課せられた、唯一の「計算」だった。

「……レイン……?」

 扉の影から、ルナが現れた。

 彼女は、王座に座る俺を見て、絶望に顔を歪めた。

「……どうして、そんなところに座っているの? ……みんな、あなたを待っているのに。……アーサーのお墓を作って、みんなで……」

「……墓という死蔵しぞうリソースに価値はない、ルナ。……アーサーの残した魔力データは、すでに新型兵器の動力源として組み込まれた。……彼は、僕の中で永遠に機能し続ける」

「……あなたは、もう……私の知っているレインじゃない」

 ルナが泣きながら、王宮を走り去っていく。

 彼女の背中を見送りながら、俺は、脳内の最後の一片ひとひらが欠け落ちるのを感じた。

 ――記憶残存率:八十五・二パーセント。

 消えたのは、「彼女を愛していた」という、最も強力な定義変数。

「……管理コントロールを開始する」

 俺は目を閉じた。

 俺の意識は帝都全体の魔導網まどうもうと直結し、数百万人の鼓動、呼吸、そして思考のノイズが、濁流となって流れ込んでくる。

 世界から「心」が消え、ただ静かな「計算」だけが始まった。

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