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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第15話 鋼鉄の嵐、あるいは指向性爆薬の旋律

白光が収まった瞬間、フェルゼン要塞の前庭は、この世のものとは思えない異様な「音」に支配されていた。

 ドォォォォォンという爆発音ではない。それは、高周波の振動が空気を削り取るような、キィィィィィンという耳をつんざく悲鳴に近い不協和音だった。

 俺が展開したのは、工学魔法の真髄――『指向性魔導散弾爆薬しこうせいまどうさんだんばくやく』。前世の兵器であるクレイモア地雷の概念を魔法的に拡張し、単なる爆発エネルギーを「一点のベクトル」へと収束させたものだ。

 要塞を包囲するように進軍していたオルレアン公国の亡霊騎士団五千。彼らは、俺が事前に設定したデッドラインを越えた瞬間、全方位から放たれた数千万個の微細な「タングステン製魔導弾丸」の餌食となった。

「……計測開始。敵第一波、損耗率そんもうりつ七十二パーセント。……予測範囲内だ」

 俺は司令塔のモニター……魔力投影板に映し出される、赤く点滅する無数のドットを見つめながら、淡々と呟いた。

 弾丸はただ飛散するのではない。個々の弾丸には、対象の魔力障壁の固有振動数を瞬時に解析し、その位相を反転させる干渉術式が刻まれている。どれほど強固な魔導鎧を纏っていようと、それを構成する魔力構造そのものが内側から共振し、砕け散るのだ。

 視界の端で、カトリーナが絶句しているのがわかった。

 広場を埋め尽くしていた五千の軍勢。その半数以上が、一瞬にして、血の霧と鉄の屑へと変えられた。叫び声すら上がらなかった。脳に回路を直結された彼らには、苦痛を訴えるための声も、死を恐れるための心も残っていなかったからだ。

「……これが、レイン様の戦い……。騎士道も、魔法の誇りも、何一つない……ただの、処理……」

 カトリーナの震える声が背後から聞こえる。俺はその言葉を肯定も否定もしない。効率的に敵を排除する。その一点において、誇りなどという不確定な変数は邪魔でしかないからだ。

 だが、盤面に異変が起きた。

 中央で血の霧を浴びながら、未だに微動だにせず立ち尽くす一団があった。

 オルレアンの英雄アルベルト率いる、機甲歩兵の精鋭部隊だ。彼らは、仲間が無惨に肉塊と化す中、即座に重なり合い、それぞれの重力障壁を多層化させることで、俺の散弾を力技で減衰させていた。

「……ほう。……重力障壁の多層干渉による物理減衰か。……脳を機械化した副産物として、演算能力の並列処理を実現したわけだね。……ゼノ先生、面白い。……非常に、論理的な回答だ」

 俺の口角が、無意識に微かに吊り上がった。それは歓喜ではない。より難解な数式を解く際に見せる、脳の興奮に近い。

「レイン! 敵の残党が、障壁を維持したまま突撃してくるわ! あの重力膜……通常の弩や魔法じゃ、跳ね返される!」

 ルナが避難せず、俺の傍らで声を上げる。彼女の瞳には、かつてないほどの恐怖が宿っていた。それもそのはずだ。アルベルトたちが展開する重力障壁は、空間そのものを歪め、物理的な実体を持つ攻撃をすべて逸らしてしまう。

 ――記憶残存率:九十五・八パーセント。

 脳の奥底で、何かがパキリと割れる音がした。

 今回失われたのは、前世での「高校の卒業式の日、夕暮れの教室で一人残って眺めた、黒板に書かれた寄せ書きの光景」だった。誰が何を書いたのか、その時の自分が何を思っていたのか。青春の残滓が、冷徹な重力工学の定数へと置き換えられていく。

「……ルナ。……言ったはずだ、君の情緒的な魔法はノイズになると。……下がれ。……重力とは、単なる質量による時空の歪みに過ぎない。……ならば、その歪みをさらに上回る圧力を一点に集中させればいい」

 俺は、工廠から運び出させていた巨大な長筒――『魔導電磁投射砲レイル・キャノン』の照準を、突進してくるアルベルトへと合わせた。

 これは、魔力によって強力な磁場を形成し、その反発力を利用して金属弾を加速させるレイルガンの魔法的解釈だ。しかし、俺が撃ち出すのはただの鉄塊ではない。

「……装填。……弾体種別:『崩壊魔石コラプス・コア』。……全回路、同期開始」

 装置が、ヴォォォォンという低い唸り声を上げ、周囲の酸素を燃焼させていく。

 敵の重力障壁は、空間を「凹」ませることで攻撃を逸らす。ならば、俺は空間を「凸」に盛り上げる超質量の魔力弾を叩き込む。凹と凸がぶつかり合った瞬間、そこに生じるのは時空の平衡――すなわち、障壁の完全な消失だ。

「……ターゲット、ロック。……相対速度、誤差〇・〇〇一パーセント以内。……発射シュート

 轟音さえも置き去りにし、一筋の閃光が要塞から放たれた。

 空気が引き裂かれ、真空のトンネルが形成される。アルベルトの掲げた多層障壁に、その閃光が着弾した。

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、アルベルトを中心とした半径五十メートルの空間が、不自然に「内側へと折り畳まれる」ような視覚的な歪みを起こし、凄まじい爆縮ばくしゅくが発生した。

「……ぐ、ああああああああっ!!」

 英雄と呼ばれた男の、初めての、そして最期の絶叫。

 重力と重力が衝突し、相殺された結果、剥き出しになった彼の肉体は、レイルガンの持つ凄まじい運動エネルギーによって、分子レベルで粉砕された。

 爆風が収まると、そこには直径十メートルを越える巨大なクレーターだけが残り、アルベルトも、彼の精鋭部隊も、跡形もなく消え去っていた。

「……カトリーナ卿。……これが僕の算術です。……騎士道よりも、はるかに効率的でしょう?」

 俺は、硝煙しょうえんの立ち上る砲身に手を置き、青ざめたカトリーナへと冷たく言い放った。

 だが、その時。要塞全体が、これまでとは比較にならないほどの巨大な振動に襲われた。

 上空。雲を割り、姿を現したのは、オルレアン公国の本隊――巨大魔導飛行船『リヴァイアサン』。

 その艦首に立つ男、ゼノ。彼は満足そうに微笑みながら、俺を見下ろしていた。

「……実に見事だ、レインくん。物理のことわりをもって、魔法の神秘を蹂躙する。……その姿は、もはや人よりも神に近い。……だが、君は一つ忘れている。……機械に意思はないが、意思を持つ機械は、時に論理を越えた暴走を起こすということをね」

 ゼノが手を翳すと、飛行船の底面から、無数の「ひつぎ」のような物体が投下された。それは、ロイター公爵との暗闘で捕らえられた、帝国の「かつての英雄たち」の改造体。

 そして、その中の一つの棺から這い出したのは。

 理性を失い、全身を黒い紋様に侵された。俺の親友、アーサーだった。

「……ア……、アーサー……?」

 ルナの悲鳴のような声が響く。俺の視界の中で、アーサーのパラメータが異常な速度で上昇し、限界値を突破していく。

 ――記憶残存率:九十五・六パーセント。

 消えたのは、前世での「いつか、大切な人と一緒に行こうと約束していた、海辺の街の風景」。

 俺は、連発弩のグリップを強く握りしめた。戦いは、まだ終わっていない。本当の地獄は、ここから始まるのだ。

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