第3章:深夜2時の共犯者たち
深夜2時。
官庁街・霞が関は、死んだように静まり返っていた。しかし、財務省の庁舎を見上げると、いくつかの窓にまだ明かりが灯っている。
剣崎は半信半疑のまま、入館パスを使って中に入った。
廊下には、栄養ドリンクの空き瓶が入ったゴミ袋が積み上げられている。
氷室のいる主計局のフロア。
静寂の中に、怒鳴り声……いや、激論が響いていた。
「だから! ここを削れば地方への交付金が減る! 本末転倒だと言ってるんです!」
「じゃあどうすればいいんだ! このままじゃ法案が廃案になる!」
聞き覚えのある声だ。
剣崎が会議室のドアを少しだけ開けると、信じられない光景があった。
ワイシャツの袖をまくり、髪を振り乱した堂本議員。
そして、その向かいには、昼間の冷静さが嘘のように、目を血走らせてホワイトボードに数字を書き殴る、氷室の姿があった。
「堂本先生、ここです。この特例措置の条文、解釈を変えれば……予備費の一部を流用できる可能性があります」
「えっ? ……しかし、それは前例がないぞ」
「前例がないなら、作るんです! そのための法律でしょう!」
氷室が叫ぶ。
「先生。あなたが言ったんでしょう。『子供の未来は国の未来だ』と。……僕だって、数字遊びがしたくて官僚になったわけじゃない。この国を沈没させたくない思いは、あなたと同じだ!」
机の上には、コンビニのおにぎりと、山のような資料。
「国民の敵」と呼ばれがちな官僚と、「選挙目当て」と揶揄される政治家。
犬猿の仲のはずの二人が、利権のためでも、出世のためでもなく、ただ「顔も知らない子供たちの未来」のために、深夜の密室で共闘していた。
(……なんだ、これは)
剣崎は呆然とした。
彼は知らなかったのだ。
ニュースで流れる「対立」の裏側に、こうした「建設的な衝突」があることを。
派手なパフォーマンスの裏に、地味で泥臭い、しかし確かな「実務」があることを。
氷室が、少し声を和らげて言った。
「……先生。この修正案なら、通せます。僕が責任を持って局長を説得します。だから、あなたは国会で戦ってください」
「氷室さん……」
堂本が深く頭を下げる。
「ありがとう。……君たちのような官僚がいる限り、日本はまだ大丈夫だ」
剣崎は、ドアをそっと閉めた。
胸の奥で、長い間錆びついていた何かが、熱く脈打ち始めていた。




