第2章:氷の官僚
数日後、剣崎は堂本の動きをマークしていた。
堂本が熱心に取り組んでいるのは、過疎地域の子供たちにオンラインで高度な教育を提供する『地方教育支援法案』だった。だが、その実現には高い壁があった。予算だ。
その壁の象徴とも言える男と、堂本が対峙する場に、剣崎は居合わせた。
財務省、主計局。
重厚な扉の向こうに座っていたのは、主計官補佐の氷室という男だった。
30代半ばにして「カミソリ」の異名を持つエリート官僚。無表情な顔で、堂本の提出した資料をパラパラとめくっている。
「……で? 先生。この数百億の予算、どこから捻出するおつもりですか?」
氷のような冷徹な声だった。堂本が身を乗り出す。
「だから、ここにある通り、他の無駄な公共事業を削減して……」
「その『無駄』の定義が曖昧です。法的根拠も弱い。こんな作文では、審議にかける以前の問題です」
氷室は資料を机に放り出した。
「先生。我々は国民の血税をお預かりしているんです。あなたの『想い』だけで財布の紐は緩められません」
「しかし、今この瞬間も、教育格差で夢を諦めている子供がいるんだ!」
「感情論は結構です。数字を持ってきてください。出直してください」
取りつく島もない。
肩を落として部屋を出る堂本を見て、剣崎は「予想通りだ」と呟いた。
これが現実だ。政治家がいくら理想を語ろうと、国の金庫番である官僚が首を縦に振らなければ、何も動かない。
「見ましたか、相馬さん」
その夜、局に戻った剣崎は勝ち誇ったように言った。
「堂本は無力だ。そして官僚は冷血だ。これが国の仕組みですよ。美談の入り込む余地なんてない」
「……お前、氷室補佐官の部屋、何時に出た?」
「は? 夕方の5時ですが」
「甘いな」
相馬は自身の取材メモを放り投げた。
「俺たちの番組は、夜明け前が本番だ。……今の政治の『真実』が知りたいなら、深夜2時の霞が関に行ってみろ」




