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『ニュース・ライター 〜明日を照らす放送局〜』  作者: さらん
〜明日を照らす放送局〜

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4/10

第4話:その「常識」は誰のためのものか


 「5秒前。4、3、2……」


 フロアディレクターの指が振られ、スタジオのタリー(カメラの上の赤いランプ)が点灯した。CM明け。日本の「遅れ」を嘆く討論番組が再開される。

 司会のアナウンサーが口を開きかけた、その時だった。

 カメラのフレームの中に、ぬっと黒い影が入り込んだ。

 相馬健一だった。


「なっ……相馬さん!?」


 司会者が裏返った声を出す。スタジオの端で、ADのヒカリが息を呑んで見守っている。

 相馬は司会者を無視し、雛壇ひなだんの中央、最も偉そうに足を組んでいたジャーナリスト・西園寺レイの前に立った。


「あら、何? スタッフの乱入? 生放送中よ」


 西園寺は不快そうに眉をひそめ、スタッフに目配せをする。「つまみ出しなさい」という合図だ。

 だが、相馬は動かない。その目は、獲物を狙う猛禽類のように鋭かった。


「西園寺さん。さきほどあなたは、あの町工場の努力を『自己満足』だと言いましたね」


 相馬の声は低かったが、ピンマイクを通していないのに、スタジオの空気を震わせるほどの重圧感があった。


「ええ、言ったわ。事実でしょう? 海外ではもっと効率的に……」

「海外、海外、海外。」


 相馬は彼女の言葉を遮った。


「あなたの物差しは、常に『海外』だ。ではお聞きしますが、その『海外』とやらは、自国の産業や文化を、あなたのように嘲笑わらっていますか?」

「は?」


 西園寺が虚を突かれた顔をする。


「私はかつて、あなたと同じロンドンに駐在していました」


 相馬は静かに、しかし力強く続けた。


「イギリス人も、フランス人も、アメリカ人も、彼らは自分の国の文化に強烈な誇りを持っている。時には非合理的であっても、伝統や自国の産業を守るために、国を挙げて戦っている。

 自国の利益を守るために『NO』と言うこと。それこそが、あなたがたの大好きな『グローバルスタンダード(世界の常識)』のはずだ」


 スタジオが静まり返る。スタッフも、警備員を呼ぶのを忘れて聞き入っていた。


「なのに、なぜ日本だけが例外なんです?」


 相馬は一歩踏み込んだ。


「アメリカが自国産業を守れば『愛国心』と称え、日本が同じことをすれば『排他的』と叩く。

 欧州が伝統を守れば『文化の尊重』と言い、日本がそれをすれば『ガラパゴス』と見下す。

 おかしいと思いませんか?

 他国のナショナリズムは肯定するのに、自国の誇りだけは徹底的に否定する。

 それは『国際感覚』じゃない。ただの『ダブルスタンダード(二重基準)』だ!」


 西園寺の顔が紅潮した。扇子を持つ手が震えている。


「な、なによ……! 私は日本のためを思って、あえて厳しいことを……」

「厳しいこと? いえ、あなたはただ、日本をサンドバッグにして、自分が高い位置にいたいだけだ」


 相馬はカメラの方へ向き直った。

 レンズの向こうにいる、数百万人の視聴者、そしてかつての自分自身に向かって語りかける。


「視聴者の皆さん。私たちは、間違っていました」


 相馬は深く頭を下げた。


「『日本はダメだ』『もう終わりだ』……そう報じることが、権力の監視であり、ジャーナリズムだと勘違いしていました。

 ですが、毎日毎日、『お前はダメな人間だ』と言われ続けて、元気になれる人がどこにいますか?

 私たちは、報道という名の呪いを、この国にかけていたんです」


 相馬は顔を上げた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいたが、眼光は消えていなかった。


「あの町工場を見てください。彼らは、誰に褒められなくても、日本の医療を支えようと必死に戦っていた。

 彼らを『遅れている』と笑う資格なんて、私たちメディアのどこにもない。

 本当に『遅れている』のは……アップデートされていない古い価値観で、日本人の足を引っ張り続けている、私たちの方だったんです」


 西園寺は何も言い返せなかった。

 「論理」という武器で殴りかかってきた彼女が、より強固な「正論」と「事実」によって武装解除された瞬間だった。


 ズシッ……と重い沈黙がスタジオを支配する。

 誰かが止めなければならない。放送事故だ。

 しかし、調整室サブにいる編成局長・阿久津ですら、モニターを呆然と見つめたまま、CMボタンを押せずにいた。


 その時。

 相馬の背後で、小さな拍手の音が響いた。

 パチ、パチ、パチ。

 音の主は、雛壇の端に座っていた、ゲストの農業従事者の男性だった。

 日に焼けた顔の彼が、クシャクシャの笑顔で拍手していた。

 それに続いて、隣の女性経営者が。

 司会者が。

 そして、カメラの後ろにいたヒカリをはじめとするスタッフたちが。

 拍手の波は、さざ波のように広がり、やがてスタジオ全体を包み込む大きな喝采となった。


「……CMだ! 早くCMに行け!」


 ようやく我に返った阿久津の怒鳴り声がインカムに響き、画面は強引にスポンサーのCMへと切り替わった。

 しかし、もう手遅れだった。

 いや、手遅れになる前に、間に合ったのだ。

 SNSのタイムラインは、もはや「日本オワタ」という言葉ではなく、たった今起きた「革命」への驚きと称賛で埋め尽くされていた。


 『よく言った!!』

 『涙が止まらない』

 『ずっとこれが聞きたかったんだ』


 相馬は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。

 震える足で立っていたヒカリが駆け寄ってくる。


「相馬さん……!」

「……辞表、用意できたか?」


 相馬は苦笑いしながら尋ねた。


「いいえ」


 ヒカリは涙を拭い、満面の笑みで答えた。


「これから始末書の山を書く準備なら、できてます!」


 日本のメディアが、長い長い「自虐の冬」を越えて、本当の意味での「春」を迎えようとしていた。

(第5話・最終話へ続く)


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