第08話 此の身に起きた事
何故、俺と子猫がここにいるのか……
女神様のお話が続く──
「(汝らが走る乗り物の前に飛び出し、人の子の手が幼き命に触れた正にその時、あの場所で、汝の在った世界と異世界の衝突が起きたのです)」
──いきなり物凄い情報に殴られる。
「(──あの……場所で……!?)」
「(衝突地点は異なる世界の重なる場。其処に居合わせたことによって、汝らは 〝二つの世界に同時に存在してしまった〟 のです)」
──え!?
「(〝存在する〟とは〝存在核が在る〟という事──つまり異世界にも汝らの〝存在核〟が発現した事を意味します)」
い……異世界に!?
「(そして此の空間によって世界が再び離れ離れになった時、汝らの〝存在核〟は〝二つの世界に在る状態〟で確定してしまった──言い換えると、〝完全に同じ汝ら〟が、〝元の世界と異世界の両方に存在している〟と、いう事です)」
「(自分が──二人に!?)」
「(正確には汝らだけではありません。〝異世界への存在核の発現〟は、衝突の範囲内に在った万物──汝の世界と異世界──双方で起こる事象です。吾の見るところ、今回の規模はおおよそ二百メートルといったところでしょうか)」
「(に、二百メートル圏内の何もかもが二つに──!?)」
「(然り。けれど其れはほんの一瞬の話。何故なら 〝理〟 が、其れを許さないからです。人の子よ、覚えていますか?)」
「(〝理〟……〝絶対の理〟! 〝完全に同じものが二つ同時に存在することは不可能〟)」
「(そうです。此の空間の 〝もう一つの役割〟 とは、〝理〟の遂行。異世界同士の接触地点にて〝発現した同一の存在核を消去〟──即ち、〝虚無へと還す事〟であり、其れにより森羅万象を唯一無二たらしめているのです)」
虚無へと……還す……それがこの場所のもう一つの役割……
え? あれ?
「(──と、いうことは〝ここにいる私達〟が、〝異世界側に発現した存在〟なのですか!?)」
「(そうですよ?)」
「(で、でも私には、自分の最後の瞬間の記憶があります! 仰向けに倒れて──雨が正面から──)」
「(其れは〝同一存在核〟が互いに 〝糸煙〟 で繋がっていたからです)」
しえん……?
「(人の目には映りませんが、幾重にも重なった細い〝煙〟の様な筋が〝糸〟の如く互いを繋いでいるので 〝糸煙〟 と呼ばれています。自身を指す一人称の〝私〟──二人の〝私〟同士を結ぶ〝縁〟で 〝私縁〟 という呼称が由来となっている為、煙糸ではなく 〝糸煙〟 です)」
煙の……糸……。
「(〝糸煙〟で繋がっている間は、記憶も含めた全てを〝存在核〟同士で共有しています。同期しているのです。何より同一の存在なのですから、正に 汝も 自身の最後を経験したと言えるでしょう)」
ん……んんんん……?
「(ど、同一の存在ならば、この私も死んでいるはず……何故、生きているのですか?)」
「(其の問いの答えは、今の汝らに〝糸煙〟は繋がっていないから──です)」
繋がって……いない?
「(現在、此の場所には汝らの他にも多くの〝異世界へ発現した存在核〟が在ります)」
「(先ほど仰られた二百メートル圏内の万物──ですか?)」
「(然り。其れらは〝理〟によって此の場所に囚われました。そして此処は虚無へと通ずる暗黒の空間。本来であれば〝糸煙〟の繋がった〝存在核〟は実体を持つ事は無いのです)」
「(〝糸煙〟が繋がっていると実体を持たない……でも自分達には実体がある……)」
「(──そう。元の世界の汝らは直後に絶命しました。魂は肉体を離れ〝存在核の在り様〟が変わったのです。其の瞬間〝糸煙〟は霧消し、汝らは〝唯一性〟を得て再び唯一無二の存在となり、実体を持つに至ったのです。故に今、汝らは生きて此処に在るのです)」
そ、そうだったのか! ……けれど……んん〜〜……。
「(何だか釈然としないようですね)」
「(女神様、質問よろしいでしょうか)」
「(どんといらっしゃいな)」
「(〝同一存在核〟が〝同期していた〟のならば、〝糸煙が消えた瞬間〟──つまり〝死にかけの自分が実体化する〟と思うのですが……無傷なのは何故でしょうか?)」
「(そうですね……先ず一つ目に、汝らの〝異世界へ発現した存在核〟は、〝致命傷を負う寸前〟のものです)」
「(──はい)」
「(そして二つ目、〝理〟の〝逆もまた然り〟なのです)」
「(逆もまた然り……?)」
「(此処、〝理〟の空間が、〝異世界へ発現した存在核〟と共に虚無へと還った時、元の存在はどうなるか)」
「(──!)」
「(当然、諸共に消えたり、一部だけが無くなる様な事もなく、平穏無事。〝理〟の内と外とは〝糸煙〟で繋がっていてもまた特殊な関係なのです)」
「(な、なるほど!)」
「(汝らに起きた事は、謂わば〝理の逆〟──そして〝存在核〟は無傷の時のもの。此の空間に囚われていたからこそ、其の体は護られたと言って良いでしょう)」
「(納得しました!)」
「(むふー)」
そうか……自分達にそんな事が起きていたなんて……。
「(〝理〟は頑固一徹。唯一無二の存在を抱えたまま虚無へと還りはしませんし、出来ません。故に──汝らが在る──というのは甚だ迷惑な事なのです)」
こ……〝理〟に迷惑がられるって、なんかショック!
「(然し、此の空間も何れは消えて無くなります。其の時、汝らは何処かへ投げ出されてしまうでしょう。何とか間に合って本当に良かった)」
「(──! 女神様は助けに来て下さったのですか!?)」
「(いいえ?)」
「(ありがとうござ いいえ!?)」
「(あ、勿論汝らを安全な場所へと導きはしますが、其れは当然の事であって……吾が助けてもらいに来たのです。んー、来た というよりも、〝呼び寄せられた〟のですね)」
助けてもらいに!? 呼び寄せられた!?
「(忘れていませんか? 吾は〝心願の女神〟──心からの願いに応ずる存在)」
「(心からの……願い……)」
女神様の真っ直ぐで、優しい眼差しに見つめられる。
「(無自覚……いいえ、自ら眠らせてしまったのですね)」
俺の……願い……?
「(……在りますよ、汝には。狂おしいほど純粋で、心の奥底へと沈んでしまった……叫びにも似た願い事が……)」




