第07話 世星界海
女神様は俺の耳元から顔の正面、少し離れたところへ移動なさった。
「(聞こえますよね?)」
「(聞こえます。大丈夫です)」
この小声でのやりとりに耳が慣れたのだろう。問題なくお言葉を聞き取ることができた。
「(──では)」
女神様の御講義が始まる。
心して拝聴せねば。
「(先ずは、世界の在る形を説明しましょう。汝は、異世界と聞いて何を想像しますか?)」
「(異世界……そうですね……パーティー、とか……大人数で楽しく騒いだりする空間、です。未知の異世界です)」
「(──成程、そう来ましたか)」
「(もし自分がその場にいたらと考えると……ご、ご覧下さい……て、手がふるえ……震えて参りました)」
「(これは手強い。なかなかに骨が折れそうですね)」
「(あ、あと海の中、海中です。特に深海などは、やはり異世界だと思います)」
「(嗚呼良かった。一時はどうなることかと。──けれども、汝が今言った宴会や海の深淵、其のどちらも現実の世界での話。世界観をもっと拡大しましょう)」
世界観を拡大……?
「(そう……例えば天国や地獄は、ある意味、異世界と言えるでしょう)」
「(それは──生きている人間には行けない場所、という意味ですか?)」
「(然り。汝の言う通り生身での往来は不可能。然れども霊魂であれば移動は可能。故に此れら天国、地獄は異世界ではなく、現世と同じ世界──あくまでも一括りの世界に内包された存在であると定義します。便宜上、〝まるっと世界〟と呼称しましょう)」
「(ま、まるっと世界、ですか?)」
「(天国、現世、地獄などが、〝まるっと一つに纏まった世界〟のことです)」
「(わ、分かりました……まるっと世界……)」
「(実は此の〝まるっと世界〟は数多存在しています)」
何と……まるっと世界が無数に……
「(但し其れらは何れも似て非なる〝まるっと世界〟であって、其々が唯一無二。仮に、完全に同じものが二つ在ったとしても同時に存在することは不可能であり、此の理は絶対です)」
「(絶対の、理──)」
「(では改めて異世界とは──其れは自身の在る世界とは〝異なるまるっと世界〟の事。以後、吾のいう異世界とは其の様に解釈なさいな。良いですね?)」
「(分かりました。なるほど……それが異世界……呼び名は〝異るっと世界〟になったりするのでしょうか!)」
「(な……り、ま……せんけど……〝異世界〟って言いましたけど……)」
──────ッ!?
「(其の驚いた顔は何なのですか。もー、話を続けますよ)」
「(幾千もの〝まるっと世界〟達は、大抵は離れ離れですが、時に重なり、時に隣り合って存在しています)」
重なったり、隣り合ったり……。
「(〝まるっと世界〟達の集合体、即ち〝まるっとまるっと世界〟を包含する極超巨大領域をセイカイ──星の海で 〝星 海〟 ──と、吾らは呼慣わしています。幾〝千〟の〝異〟世〝界〟──という意味も兼ねての〝セイカイ〟というわけです)」
「(あ……以前に仰った せせかいかい というのは──)」
「(然様。二つの──世界と星海を合わせて世星界海。)」
「(なるほど……まるっとがまるっとまっとるがでせがかいカイ……)」
「(背中が痒そうですね)」
「(女神様、質問が御座います)」
「(汝、聞いていませんね?)」
「(時に重なると仰いましたが、その場合、衝突したりはしないのでしょうか?)」
「(基本的に其れは起こりません。なぜなら 〝存在の軸〟 が、ズレているからです)」
「(存在の、軸……ですか?)」
「(そうですね……汝、独楽は知っていますね?)」
「(正月の羽つき、かるた、独楽回しの独楽ですか? ……巻き付けた紐を、一気にブリィィンと引いて回すあの──)」
「(然り。其の独楽の中心に在る心棒を存在軸としましょう。独楽の胴体がまるっと世界、心棒が存在軸です)」
「(女神様、巻きつける紐はどう致しますか?)」
「(どうもしませんし、要りません)」
──────ッ!?
「(独楽が心棒を中心として回るのと同様に、まるっと世界は存在軸を中心に回り、星海を廻っています)」
──紐も──無いのに!!
「(先にも述べた様に、其々のまるっと世界は時に重なって隣接しますが、存在軸がズレて在る限り干渉し合うことは無いのです)」
「(存在軸がズレるというのは、角度……とかでしょうか?)」
「(其の認識で良し、です。複数の独楽が回って在るとします。心棒の角度が異なっていれば、互いの胴体はぶつかることなく通り抜けてしまう──という具合です)」
「(お互い、相手が透明になっている──という感じなのですね)」
「(──です)」
「(それは安心ですね)」
「(安心してはいけません)」
「(二度と安心はいたしません)」
「(基本的には起こらないと言いましたが、ごく稀に、複数の異世界の存在軸、其の傾きが限りなく近付くことがあります)」
「(一大事──ですね)」
「(そして一致し、激突します)」
──────ッ!?
「(然う、此処は驚いて良いところなのです。フフフ)」
「(だ、大惨事ではないですか……)」
「(正に。──突然ですが、汝は〝既視感〟を経験したことはありますか?)」
「(──え? あ、はい。不意にやってくる……〝あ、この瞬間のこの光景、以前にも見たことがあるような〟──という感覚ですよね?)」
「(其れです。激突時に発生する衝撃波は波紋の様に広がります。其の波に触れた万物は〝存在核〟が一瞬揺らいでしまうのです)」
「(存在核が、揺らぐ……?)」
「(〝存在核〟は其の名の通り、存在の核。此れを失った存在は忽然と消えてしまいます。所謂〝神隠し〟なのです。そして〝揺らぐ〟というのは、んー、……安定感を失って つんのめる といった感じでしょうか。ヨロめいた自身の〝存在核〟が体勢を立て直した其の瞬間に、既視感という錯覚に陥るのです。〝揺らぎ〟は、本当に刹那的な現象なので認識は出来ないでしょう。然し、知能を持った生命は〝既視感〟という別の形での知覚が可能というわけなのです)」
「(で、では既視感を感じた時というのは、自分達の世界が一大事で大惨事だった、ということなのですか!?)」
「(フフフ。〝一〟大事 × 大〝惨〟事 = 既〝視〟感。フフフ)」
「(女神様、そこは足し算をしていただきませんと)」
「(──────ッ!?)」
「(め がみ……さ ま……?)」
「(……だって……汝があんまり楽しそうだったので、吾もやってみたいなーって)」
「(私は真剣だったのですが……で、では、せっかくですのでご一緒に……)」
「(やった! ──せーの!)」
「「((──────ッ!?))」」
「(ふふふっ)」
「(あれ? でも既視感を感じたにもかかわらず、世界は無くなったり、壊れたりはしていないような……衝突したはずなのに……。女神様、これは一体全体どういう事なのでしょうか?)」
「(むむっ、人の子よ、良い着眼点ではないですか。然う、実は先程の〝激突〟とは、 〝グシャり〟 ではなくて 〝ごっつんこ〟 なのです。全面衝突と言うよりは一点衝突ですね。そして異世界同士が接触した瞬間、衝撃波と同時に発生する 〝或るモノ〟 によって互いの世界は弾き返され、破壊や消滅を免かれている、というわけです)」
「(女神様、その或るモノとは……?)」
「(其れこそが、今吾らが在る 〝此の空間〟 です)」
──ここ……が!?
「(此処は謂わば、異世界間の激突を回避する為に生まれる緩衝材の様な空間なのです)」
「(緩衝材……クッションみたいな物、でしょうか?)」
「(然り、です。けれど、くっしょん よりは ごむ鞠 の方がより近いかもしれません)」
なるほど……弾き返すと仰っていたし……。
「(泡の様に生まれ、衝突を回避せしめ、自らに当たらせた反動で異世界達の存在軸、其の傾きを再び大きく違えさせる。そして役目を終え、虚無へと還るのです)」
……虚無へ還るって事は……やっぱり聞き間違いではなかった……。この場にいたら、直に死──
「(汝の考えている事は解っています。けれどもその前に、汝らは何故此処に在るのか、其れを知らなければ)」
「(た、確かに仰る通りです。どうして……こんな場所に……)」
「(其の答えは、この空間の 〝もう一つの役割〟 が関係しています)」
「(もう一つの役割……)」
「(汝らに起きた事象を説き明かすには、世星界海、其の在り方を先ずは知ってもらう必要がありました。長くなりましたが……理解はできましたか?)」
「(その……壮大なお話だったのでピンとはきていませんが──理解は、できたつもりです)」
「(良かった。何よりです)」
そう仰って微笑んだ女神様の表情が引き締まる。
「(それでは話しましょう。汝らに何が起きたのか。何故此処に在るのかという事を……)」
「(──お願いします!)」
「みぃ〜」
お? 急にどうした子猫よ。
肩で少し爪を立てて踏ん張る足は小刻みに震えている。
──分かるぞ。お前も緊張してるんだよな。ここから先は俺とお前の運命を決めるかもしれない話だもんな。お互い覚悟を決めようぜ。
そうして、俺と子猫は女神様のお話に全身全霊で耳を傾けるのだった──。




