第06話 威厳
『ペシッ』
ハッと我に返る。ああ、子猫が俺の左頬を張ったのか……。
そうか……やっぱり俺……死んでたんだ……という事は子猫も……。
「……ゴメンな、助けられなかったんだな……」
自分の不甲斐なさを詫びつつ、子猫の頭を撫でる。また引っ掻いてくるかと思いきや、目を閉じ、今までとは打って変わって静かにしている。そして驚いたことに一度だけ俺の指先を舐め、それからプイとソッポを向いた。そのザラリとした感触は、素直ではなさそうな子猫の性格を表しているみたいな気がして、何だかとても心地よかった。
……ザラリとした感触?
ふとした疑問が湧き、女神様にお尋ねする。
「(女神様、今の私のこの体は──その……幻覚か何かなのでしょうか?)」
「(否。汝らは生きて在ります)」
……生きて……ある? ……生きてるってこと……だよな……?
──止まっていた感情が、再び脈打ち出す。
生きて……る? ──のか? 俺……んん?
「(汝、心も得ずは宜なるかな。言い分くは難き事なれど、確と付いてくるのですよ)」
「(あ、あの! ──憚りながら、お願いが御座います!)」
なんだか時代劇みたいな言い回しになってしまった。神様に対して、これは正しいのだろうか? うぅむ、慣れない話し方は難しい。
「(女神様のお言葉を──、その……もう少し、私にも理解できるようにお話し下さいますよう、か、恐み恐みも白す)」
俺は思った。[神様との会話 リアルタイム 口調 正解]で、検索をしたいと。本気で思った。
「(ふふっ。汝、然様畏まらずとも、在るが儘で良いのですよ)」
「(あ、有り難うございます!)」
直立不動になっている自分に気付く。長らく他人との会話から遠ざかっていた。久方振りの話し相手がよりにもよって女神様とは、緊張も一入である。
「(然れど吾が言の葉……大事ないが……威厳が──)」
……威厳?
「(然らぬだに吾が態は今、矮小さ斯くの如く……。更に声遣いも……となれば女神の威厳、損われはしませんか……?)」
た、多分だけど、女神様は今こんなに小さいのに、話し方を俺に合わせたら威厳が無くなってしまうのではないか──と、仰ったのかな? なんか、お言葉の最後の方は、いつも分かり易い気がする。
「(なぜそのように、お思いになるのですか?)」
「(だって……)」
──だって?
「(其処な幼き命は先刻、吾が態を猫じやらしと見紛うたようですし……)」
……………………。
…………。
あっ。
コラッ! コネコ! お前がブンシャブンシャしたせいで、女神様は猫じゃらしに間違えられたとしょんぼりしておいでだぞ! だからやめろって言ったのに! 本当に! おまえは! 全く! もー!
子猫を窘める意味も込めて、眉間を上からグニーッと押して変な顔にしてやった。
『ザリッ』
痛って! 反省しなさい! おまえは! もー!
ヒリつく手の痛みを打っ遣って、俺は心からの言葉をお伝えする。
「(女神様はそのように小さなお姿でも、とても神秘的で神々しく有らせられると、私は思っていました!)」
「(………………)」
……ぎ、凝視 されて い る 気がす る。
「(……真か?)」
「(誓って真であります!)」
これは本当にそう思っていた事だし。
「(〜♪)」
どんよりとした雰囲気が華やいだそれに変わり、ホッと胸を撫で下ろす。
「(相分かった)」
女神様はそう仰ると、コホンと一つ咳払いをなさって──
「(汝らに起きた事、今より吾が説明しましょう……此のような感じでどうでしょうか?)」
「(感激です!)」
「(フフ〜ン♪ 実は吾も、此方の方が馴染みのある口調なのです)」
「(……? ご無理をなさっておられたのですか?)」
「(然り。話す言の葉が人に寄り過ぎですよ、威厳が無くなりますよと怒られまして)」
「(怒られた? 他の神様にですか?)」
「(否、人の子に)」
に、人間に!?
「(さて! ではいつもの調子に戻ったところで話の続きです)」
おお、そうだった。それが一番肝心な事だった。
俺は確かめなくてはならない。死んだと思った自分が、まだ生きているかもしれないという事を。
女神様の仰った、〝生きて在ります〟──それが聞き間違いではなかったという事を。
「(それに急がねばこの空間が消滅し、汝らが再び亡き者となってしまいますからね)」
……何か……聞こえたような……気がする。俺は目を細め、遠くを見遣りながら思う。
──今のは どうか 聞き間違いで ありますように。




