第03話 暗闇の中で
真っ暗だ。
目を開けると俺は真っ暗闇の中にいた。どこにも少しの明かりもない。漆黒。
確かに目は開いている……はず。右に左にと視線を動かすも何も見えない。俺……生きてるのか?確か車に撥ねられて、それで……。体に痛みは感じない。ここは……病院? いや……恐らく違う。病院特有のあの匂いもしない。それどころか辺りに何の気配も感じない。真っ暗で物音一つせず、空気の流れも感じられない空間。何だか少し息苦しくなってきた。視界がきかない暗闇では平衡感覚も怪しくなる。あれ……? 俺は今、立っているのか?寝ては……いないと思うけれど……。手と足の感覚はある。しかしその両方に何の感触も無い。空を漂っているようでいながら、その一方で固定もされているような不思議な感じ。頼りなく、不安になってくる。
ここで目が覚めてから、どのくらいの時間が経ったのだろう……。5分? 10分? 時の感覚も、自分が置かれている状況もわからない。「わからない」ということが、こんなにも心をかき乱すとは……。
ひょっとして……、これが死後の世界なのだろうか。暗黒の中で、意識だけが存在している。ただ独り、永遠に……。そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、背筋が寒くなった。思わず歯を食いしばる。「嫌だ!」という強烈な拒絶反応の現れだった。
「あ゛っ!!」
大きな声を出す。短く息を吸い、喉を使って音を出した。口内に一瞬の振動を感じ、耳にも聞こえる。大丈夫、今の俺は意識だけの存在じゃない。体を実際に、確実に使っている。拳を握り、今度は大きく息を吸って、さらに大きな声で叫ぶ。
「誰かいませんかー!!」
誰かいませんか……。散々他人を避けてきた自分がよもやこんな言葉を口にする時が来ようとは。情けないし、みっともない。本当に、馬鹿丸出しだ。丸出し馬鹿だ、俺なんて。願わくは、そんな馬鹿に免じて誰か返事をしてくれ。そろそろこの状況に耐えられなくなってきている自分がいる。
…………………………………………。
…………………………。
………………。
長い長い静寂。
そんな気はしてたけどさ、いざその通りになったらさ、これさ、もうさ、ああ……マズい。目に……熱いものが込み上げてきた……その時だった。
「みぃ〜」
息を呑む。一瞬、思考も止まる。
声……この声……あの時の子猫……?
途端に鼓動が早くなり、口の中はあっという間にカラカラに乾いた。
「ネコー! コネコー!」
声は近くから聞こえた。こんな暗闇の中で、上も下もわからないけれど、右も左も不確かだけれど、どこかその辺にいるはずだ。嫌悪を覚え始めた浮遊感に負けることなく体を屈ませ…多分ちゃんと屈めてると思うけど、手をペチペチと叩きながら呼び続ける。
「ネコーッ! コネコーーッ!」
「コ ネ コ ー ッ!」
「ネコ!! ネコ!! コネコーッ!!」
「コネコ! ネコ♪ ネコ♬ ネコ! ニャン!! ニャァン!!!」
どうした、俺よ。知らない自分が出てきてるぞ。完全に浮ついて舞い上がっているではないか。でも分かってほしい。表情は泣く寸前、必死の形相なのだから。俺……こんなに脆かったんだ。そしてきっと縋っている……自分以外の存在があるという事に。その嬉しさへ懸命に手を伸ばしている。そんな自分に自分で驚く。
しかし肝心の返事が……ない。……聞き間違い……だったのだろうか。でも確かに!……いや、気のせい……だったのかも…………だとしたら…………これから……俺は……
『ザグッ』
右の 尻が 痛い。
『ザグッ、ギギッ』
「痛だだだ!」
尻から腰、背中へとよじ登ってくる感覚。爪を立て、這い上がってくるのがわかる。これは! この感じは!!
「み゛ぃ……み゛、み゛ぃー」
うおおおおっ!ネコーー痛でででコネコーーー痛でででで!
そして、遂に肩まで登りきった子猫は一息つくように鳴いた。
「み゛ぃ〜〜〜」
「おおー! お前無事だったんだな! 何にも見えないけど! お前、子猫だよな! 良かったな! 良かったな! ヨシヨシ!」
『ザリッ!』
「痛でっ! 何でだ? ヨシヨ痛でっ再会を祝し痛って撫で痛ったるくらい「フシャァァァッ!」
「よしわかった悪かったごめんお前それ本気じゃんごめん。俺痛ったん落ち着くからお前も落ち着痛ってくれ」
柄にもなくはしゃぎすぎたようだ。急に恥ずかしくなってきた。それに引き換え子猫はどうだ。状況に動じず、我が道を行く見事な立ち居振る舞いっぷり。俺よりよっぽど大人じゃないか。
そんな大人な子猫に尻、腰、背中、手の甲に掌、あと顔と、満遍なく爪を立てられ、引っ掻かれた。どうやら子猫は元気なようだ。そして俺は一人じゃなかった。それが本当に嬉しくてたまらなかった。
しかし、この子猫まで居るとなると本当にここはどこなのだろうか。
「(……る……を…………のちよ……えま…………)」
ん?何か聞こえたような……。ふと肩の子猫に視線をやると、顔が…見える!俺たちの背後から光が当たっているような……「っ!」すぐさま振り向くとそこには、小さいながらも眩い光がわずかに上下しながら浮かんでいた。手を伸ばせば届く距離、りんごより一回り小さい大きさの綺麗な光。よく見ると中に……人のような……いや確かに人だ! ちょうど小指位の女の人がいる!
「(……ゅ……ね……い……だ……し……あ……が……か?)」




