第02話 雨の日
その日は朝から小雨が降っていた。
授業も終わり下校時刻。部活には入っていないので、少しでも運動の足しにしようと徒歩で家路につく。毎日往復13キロの登下校、今日みたいな雨の日は少し憂鬱だ。
最近は色々な通りを歩いてアルバイトも探しているのだが、対人関係構築に難アリのロンリーウルフ番長が出来そうな仕事は果たしてあるのだろうか?
国道からの脇道へと入る。道幅は、車がギリギリすれ違えるくらいの住宅路。
深い用水路を跨ぐ形になる十字路に差し掛かった時、10メートル位先の道の端に何かが見えた。差している傘を少し上げてよく目を凝らす。
猫が……横たわっている。動く気配は全くしない。一歩、また一歩と近づくにつれ、予感が確信に変わってしまう。死んでいる。口元の小さな血溜まりは、まだ雨に流されずそこにあった。つい今しがた、車に撥ねられたのだろうか。
首輪はしていない。濡れてはいるが荒れた毛並みから察するに恐らく野良猫だろう。
交通事故。交通事故……か……
茫然と事切れた命を見つめ、これ以上雨にあたらぬよう傘を差し掛けた時、不意に「みぃ〜」という鳴き声が聞こえた。
道路の反対側、茂った草むらから顔だけを覗かせて、こちらの様子を伺いながら子猫が鳴いていた。
「みぃ〜」
ああ……お前、たった今親を……失ったのか……
視界が少しぐらりと揺れて、吐きそうになった。
子猫は近づいて来ようとはしない。けれど同じ調子で何度も鳴き声を上げていた。
亡骸から5歩程度距離を取る。
「みぃ〜」
まだ出ては来ない。さらに5歩離れてそっぽを向いていると、ザサッと草を掻き分ける音がした。見ると子猫は親のすぐ傍で、話しかけるように「みぃ」と短く鳴いていた。
その姿がかつての自分、何が起きたのか理解ができなかった自分と否応なく重なった。
あの時の……俺がいる……。
そう思った瞬間、呼吸が浅くなり、両足から力が抜けて、へたり込んでしまいそうな虚脱感に襲われる。この感覚はまさしく、あの時の自分そのものだった。無意識に、フラつく足で子猫へ近づく。2歩、3歩。子猫を何とかしてやりたい。子猫の為に? いや……恐らくは自分の為に。
遽に雨が強くなり土砂降りの様相を呈してきた。辺りも途端に暗くなって見通しが効かなくなる。雨音が激しさを増して子猫の声もわずかにしか聞こえなくなった時、突然目の前が真っ白に染まる。
原因はすぐに判明した。車が前照灯をハイビームにして向かって来たのだ。それも、こんな住宅路では必要のない過剰な速度で。子猫の姿勢が変わる。今にも走り出しそうな体勢だ。まさか道を横断するのか!? 元来た場所に、反対側に住処があるのか!?
猫という生き物はなぜ、ギリギリまで動かないくせに最悪のタイミングで走り出すのだろうか。道を渡る時は特にだ。ただ、まあ今回は俺も同じだからとやかくは言えないか。
ほぼ同時に飛び出し、子猫に手が触れたと思った瞬間、浮遊感と同時に体中の力が全て抜けた。世界がぐるりと、ゆっくりと回った。
雨が……正面から降ってくる……いや……俺が仰向けに倒れているだけか……
養父母の顔が浮かぶ……迷惑……かけて……ごめんなさい……本当にありがとう……ございました……
子……猫……無事……だと……いい……の……だ……が……
視界が、意識が、黒く染まっていく。やがて何も考えられなくなり、何も感じなくなった。




