第18話 模擬戦と呪いと極意
──翌日。
まずは、もはや日課となっている丘登りダッシュ、腕立て腹筋それぞれ百回でワンセット。これを十本こなす。慣れてきているとはいえ、やはりまだまだシンドイ……が、良い回復アイテムが見つかったのだ。それは──
八百万樹の樹液──である。
俺が二日間眠りこけた後も、相変わらず爪が美味そうに舐めているものだから、なんとはなしに再チャレンジしてみた。すると鼻ツンワサビの味ではなく、なんと……レモン水のような、酸っぱい味になっていたのだ。そしてなんだか体が軽くなるような感じがする。疲労回復に効くクエン酸でも入っているのだろうか、なんつって。でも俺には酸っぱい味なのだが、お初さんは甘い味って言っているんだよなぁ……さらにあの人、肌にも塗っているし……美容にいいかもって……。爪にとってはどんな味なのか気になったので聞いてみたら、
「ニャム℃♨♯★ニ◎♫ャン」
──と、いう返事だった。 わ か る か。
とにもかくにも、八百万樹──その樹液のおかげで何とか元気を取り戻しつつ、特訓を継続していられるというわけだ。
昼を挟んでさらに十本を消化すると、だいたい元の世界の下校時刻くらいだろうか。少し休憩をとった後、お初さんが、「それじゃあ──」と、言って、俺と爪へ視線を送る。
そう……今日は、初の模擬戦なのである。
「改めて、確認なんだけど──万超と爪刀は心願様を救出するためにここへやって来た──だよね?」
「うん」
「み!」
「最終目標は打倒魔帝。けれども、そこへ辿り着くまでには五人の有爵者を倒さなければいけない。そこで伯爵、子爵、男爵との戦闘経験のある私から見て、二人が通用するレベルにあるかを判断する……現在はその段階──で、合ってる?」
「問題ナシ!」
「みぃー!」
「でも……私だって爵位持ちの誰にも勝てていないんだし、あまり偉そうなことは言えないんだけど……。それに魔技の修行でもないから、適切なアドバイスが出来るかどうかわからないわよ」
「いいよ!」
「みぃーゃん!」
「……アンタ達……少しは不安に思いなさいよ」
「お初さんの前向きさに感化されたんだよ」
「みぃみぃ」
「…………わかった。そこまで言うなら私も腹を括って付き合うよ!」
「そうこなくっちゃ! お願いしまス!」
「みゃーみんみゃんみゃむぅ」
──なんて?
「……爪刀って、なんかそのうち喋り出しそうよね……」
「う、うん。俺もそう思う……」
「み?」
「よし! それじゃあ模擬戦 いってみましょうか!」
いよいよだ……。
「まずは万超と爪刀、双方の実力が見たいので──〝はっけよほい〟──を、してもらいます」
「はっけよほい?」
はっけよほい……はっけよほい……はっけよぉい──相撲?
「あれ? 知らない? はっけよほい。ガチンコの異種格闘技戦」
相 撲 じ ゃ な か っ た 。
「ただし、あくまでも訓練なので目潰しとか急所への攻撃は無しとします」
「そ、それ……爪の字はわかるのかな……」
「爪ちゃん、今のわかった?」
「み?」
あ、これ、わかってないっぽい……。
「わかったって言ってる」
「え!? 言ってたかな!? お初さん!?」
「勝敗はもちろん、倒れた方が負け」
「あれ!? そのまま行く感じ!? う、ん、よ……よーし!」
「みぃぃーっ!」
「あ、そうだ。忘れているかもしれないけど、どちらかが倒れたら、双方に〝呪い〟が発動するからね」
「──! ……完全に忘れてた……でも、元に戻るんだよね?」
「そのはず。けど、戻らないかも……」
「も……どらな……かったら……まぁ、その時に考えればいいか! 悩んだトコロで結局、やってみなけりゃわからないことなんだし」
「いい覚悟。爪刀もそれでいい?」
「 み! 」
そして、俺と爪は互いに十メートル位の距離を取って向かい合う……。
「ンナァァーゴ!」
爪がムククとデカくなって、体勢を低くして身構える。
ああ……あんなに小さかった子猫が、こんなに大きくなって──と、しみじみしてしまうと同時に、結構な威圧感をビリビリ感じる。
「ではっ! はっけよほぉぉぉい────の こ ほ っ た !」
のこほったってなんじゃい! ──などとツッコむ間もなく爪が一直線に向かってくる! うおおっ 速ぇぇ! 十メートルの距離はあっという間に半分となり、さらに爪は、そこからジグザグに動き出して俺を撹乱してくる! だが! 俺が何の考えもなしにここにいると思うか! 来るがいい! そして驚け!
タイミングを見計らい、爪の顔の前で、勢いよく両の手を叩く!
くらえぃ! 必殺の!
『 パ ァ ン ! 』
猫 騙 し !
──気付くと俺は宙を舞っていた。あれ? どして?
「 ギ ャ フ ン 」
猫騙しの両手を合わせたままの状態で空中を回転し、そのまま地面に背中から落ちるという……端から見れば爆笑必至、我ながらマヌケな姿を晒してしまった。背中が痛ったい……受け身を取れよぉ、俺ぇ。
でも今、何が起きたんだ? 全然わからなかった……。
「勝者! 爪〜刀〜!」
「ニィーヤーッ」
ぐぞぅ……負けた……。
──と、次の瞬間、突然上から真っ直ぐに押し潰されるような感覚に襲わ れる……い や、こ れは感覚 じゃなく、て…… 実 際に……
「う お おっ……」
「み、みぃぃぃ……」
グ……グ……グと、地面が近くなる……。これ が……呪 いか……!
…………。
一分ほどで、その現象は収まった……。
「こ……これはなかなか強烈……。お初さん、俺、どうなってる?」
「うん……、やっぱり半分くらいになってるね」
「そうか……これが〝フトウフクツ〟の呪いか……」
爪も半分くらいの大きさになってしまっている。
「ンナァァーゴ! ンナァァーゴ!」
大きくなろうと〝気合い鳴き〟をするも、何も起こらない。どうやら人だけでなく、猫も……いや恐らく他の動物も呪いの対象なのだろう。
「ニャァ……」
「今日はここまでにして、時間が経ったらちゃんと戻れるか検証しましょう」
「わかった。確か数時間だったっけ?」
「そのはずよ」
「ニャーニャフニャッフ」
「樹液? わかった。行っといで」
……お初さんはもう、爪刀語を理解しているな……。
俺は縮んだ姿で歩き回ってみたが、特に違和感は感じない。腕立て、腹筋、走ってみても支障はなさそうだ。
「どう? 呪いの感想は」
「最初の、上からくる押し潰されるような圧力はスゴかったけど、それ以外は……今んトコ特には」
「そうそう。あれ、ビックリするよね」
「そうか、お初さんは事前情報もなかったから尚更か……」
「まぁね」
「今日って、元の姿に戻っても訓練終了?」
「その方がいいんじゃない? 元に戻った後、なんらかの反動や異常、そういうものが有るのか無いのか、しっかり確認した方がいいと思うし」
「それもそうか……あ、そうだ、模擬戦! 俺、どうやって負けたの?」
「すれ違いざまに、万超の足を爪刀がシッポで搦め捕って一回転させたのよ」
「ぜ、全然見えなかった」
「キミ、なんか拝みながら止まってたもんね」
「いや、アレは〝猫騙し〟という、相手を一瞬怯ませる技なんだけど……」
「爪刀、怯まなかったよ?」
「怯まなかったねぇ……」
シッポで俺の足を……爪刀スゴイな……。
「俺は……追いつけるんだろうか……」
「追いつく?」
「ああ……なんか随分遠くに行かれちゃった気がしてさ……。一緒に女神様をお救いするつもりが、このままじゃ、俺が足手まといになっちゃいそうで……」
「昨日もそんなようなこと言ってたよね……あ! 焦ってるとか追いつくとかって、爪刀に対してだったのか」
「……まあ……うん」
本音を言えば爪だけじゃなく、お初さんに対してもだけど……。
「なるほどー。でも神獣の爪刀と比べるのって、なかなか無茶じゃない? さっきの動き見たでしょ?」
「うーん……、お初さん、もし今、魔技が使えたとしたら──爪の素早さにどう対応する?」
「どうって……どうだろ? やってみないとわかんないけど……そうだなぁ……まずは、近くに来させないことを第一に考えるんじゃないかな。突進に対して、足元に火炎を二、三発放って牽制しつつ、自分の足には風を纏っていつでも飛べるようにしておく……とか?」
「風を纏う?」
「うん。天魔導士の飛行って、風の力で自分を吹き飛ばすことだからね」
「そ、そうなの?」
「だから体がヤワだとすぐに怪我しちゃうんだよ」
「ああ、それで入門時でも、あの特訓メニューなのか……」
意外と体育会系なんだな、天魔導士。
「それでその後は?」
「んー……土の魔技で足元を不安定にさせて、隙をみて風で転ばせる……って感じかなぁ。あの素早さ相手に、そんな上手くはいかないだろうけど」
「そうかぁ……俺もそういう戦略を立てられたらなぁ。何にもないからなぁ……」
「でもね、戦闘ってのは基本、アドリブだよ」
「アドリブ? 瞬時に考えて対応するってこと?」
「私がお師匠からいつも言われていたのは──〝考えているうちは半人前〟」
「──?」
「〝考えと同時で一丁前〟」
「同時で一丁前……」
「そしてその先、練達の士っていうのは──」
「…………」
「 自分の思考を追い越す 」
────ゾクッとした。
なぜだかわからないけれど、突然目の前が開けたような……光が見えたような気がした。
鼓動が速くなる。
居ても立ってもいられず──
「ちょっと走ってくる! ありがとう! お初さん!」
「え!? あ、万超!?」
なんだろう……この気持ち……。ムズムズするような、ワクワクするような……。何かトンデモない極意を教わった気がする。
くうぅーっ! もっと爪のヤツと模擬戦がしたい!
…………………………
………………
……
「ゼェ……ゼェ……」
「あ、やっと帰ってきた」
「ニャー」
「ゼェ……ハァ……爪も……いるのか……」
「……疲れすぎでしょ。何やってんの、まったく」
「どの くらい……経った……?」
「んー、一時間くらいかな?」
──と、その時である。急に身体の真ん中が急激に膨らむ感覚に見舞われる。
「おわっ! なんだコレ!?」
「ニィヤッ!?」
それは一気に手足の指先、頭のテッペンまで広がって──自分が 風船にでも なったみたいに──マズイ! このままじゃ破裂──破 レツ──ハ……レ ツ────しぃ…………しなかった。
「おおぉー、なんだ今の……怖ぇ……」
「ニィニャァ……」
お初さんは平然とした顔をしている。
「……今、俺達どうなってた……?」
「え? 爪刀の時みたいにムククーって感じで元に戻ったように見えたけど……」
「そう……なの? 俺は身体が破裂するかと思ったよ……」
「えぇ、なによそれ……コワ」
「うん、ビビッた」
「──で、どこか異常を感じたりする?」
「……いや……特には……」
腕を回したり、跳ねてみたり、首を回してみたりしてみた。
「どこも大丈夫そう」
「爪ちゃんは? どう?」
爪がゴロゴロしたり、伸びをしたり、軽く走ったりする。
「ニャンニィーニャ」
「そう、良かったー」
──なんて言ったの?
お初さんの聞いていた話通りとはいえ、元の姿に戻ることができたのは、やはりホッとする。
「とりあえず一安心、かな。呪いが一時的なら、これからも模擬戦で修行ができる」
「そうね……万が一にでも元に戻らなかったら目も当てられなかったし」
「ニャー」
「じゃあ、爪の字! もういっちょ勝負すっか!」
「ニャッ!?」
「コラコラ、何が〝じゃあ〟よ。今日はもう終わり。じきに日も暮れるでしょ」
「えー」
「そんなに元気が有り余っているなら、明日からもっとメニュー増やそうか?」
「やった! ありがとう、お初さん! そんじゃ、俺、寝る! おやすみ!」
「ちょ、寝る!? ──って、行っちゃったし……。どうなってんの……アイツってば……」
「ニャアァ……」
「でも、なんか吹っ切れたみたいだし……ま、いっか。爪刀もお疲れサマ。アンタの相棒、やる気 漲ってるわよ〜」
「ニャーフゥゥ〜」
「あはは、頑張ってね」
縮んだ身体で小一時間走りながら、俺はずっと考えていた。
〝自分の思考を追い越す〟って、どんなだろう──と。
その領域は、一体どんな世界なのだろう──と。
どうしても見てみたくなった。
辿り着きたい。
そう考えるだけで、不安や焦りはドキドキとワクワクに変わっていた。
心が嘘みたいに軽い。
ぃよぉーし!
明 日 も 頑 張 る ぞ ぉ ー ! う ー お ー っ !




