第17話 成長期
「ニャッフ」
「ニャッフってお前……」
爪刀がデカくなっている……。そして俺は丸二日も眠っていたらしい。
「お初さん……これは……」
「ああ、そっか、知らなかったんだっけ。万超が寝ちゃった後、直に爪刀が目を覚ましたのよ。それでグーッと伸びをして、一鳴きしたらムクク〜って大きくなったんだよね」
「一鳴きしたら……ムクク……?」
「──そう。それでキミを寝袋で包んでから、あの部屋へ運ぶのを手伝ってもらったってわけ」
俺は猫を飼ったことがないので知らないのだが、二日でこんなに成長するものなのだろうか……。
──ハッ! さては 成 長 期 !
うふふっ、爪刀め、ビックリさせやがるぜ。なぁんだ、俺が知らなかっただけか。子猫ってのは数日もあれば大型犬並のデカさになるんだ。
…………………………。
ん な わ け な い っ し ょ 。
「なんか信じられないって顔してるね」
「うん。してる」
「爪刀、見せたげて!」
お初さんがそう言うと、爪は猫のする座り方、その一つであるところの〝エジプト座り〟をして──
「ニャッキシッ」
──と、クシャミをした。するとどうだ……風船が萎むように体が縮んで……
「みぃー」
……俺が知っている、見慣れた子猫の姿になった。
「すごいでしょ。カワイイよね! それでこっから……」
「ンナァァーゴ!」
今度は猫同士が喧嘩をする直前の睨み合い、威嚇合戦の時のような鳴き声を発すると──ムクククッ──と、再び大きくなった。
……も……もののけじゃ! もののけがおるぞぉ!
「ね! すごいでしょ」
「ん な ぁ ぁ ぁ ー ご お ぅ ! 」
「うわっ! びっくりしたぁ……どしたぁ、突然」
「いや……俺も大っきくなるかなって……」
「なるかぁ! もー、おどかさないでよね」
「やっぱダメかぁ」
「しっかしさっすが爪刀、神獣と呼ばれるだけのことはあるわよね!」
うーむ……俺も同じ異世界から来た存在として、ワンチャンあるかと期待したのたが……残念。
──にしても爪の字、普通の猫じゃ……ないのか? それとも異世界に来て、何か変化が? まさかホントに神獣……
「ニャーニャフニャッフ」
「え? なんて?」
「おー、頑張って!」
「──ッ!? お初さん、爪刀の言ってる事わかるの!?」
「わかんない」
「わかんないんだ!」
「わかんないけど、これから何をするかはわかるよ」
「これからって……」
爪の字はトットットッと八百万樹へ歩いてゆき、シュタンシュタンと大きな根を駆け上がり、シャリシャリと幹でツメを研ぎ始めた。
「ツメ……研ぎ……?」
「いいえ、あれは恐らく……修行の一環よ」
「修行? あれが?」
「ええ。この二日、爪ちゃんは暇さえあればああしているの」
「──爪ちゃん!?」
「研ぎ過ぎちゃうんじゃないかって心配でツメを見てみたんだけど、そんなことは全然なくて」
「そうなの?」
「ええ。ひょっとするとアレはツメを研いでいるのではなくて、八百万樹の神気を蓄える行為なのかもしれないなって」
「神気を……」
「覚えてる? 八百万樹は神気を帯びているって」
「ああ、そういえば……」
爪の体勢が変わる。猫のする座り方、その一つであるところの〝スコ座り〟をして後ろ足のツメを研ぎ出した。なんだか……シュールな眺めである。
「大昔の猫様もああいう風にしていたのかしらね……。私は今、古の光景を目の当たりにしているのかもしれないわ!」
「おっちゃんが気怠そうに座って、足をモゾモゾしているようにしか見えないんだが……」
「やめて……。なんだか私も……そうとしか見えなくなってきちゃうからヤメテ!」
とはいえ、爪のヤツになんだか差をつけられた気分だ……。妙に焦りを感じてソワソワし、無意識にその場で足踏みをしてしまった。するとお初さんが──
「なに? トイレ?」
「いや、違うけど……違わないかも」
「どっちじゃい」
そういや俺、二日間、トイレはどうしていたのだろう?
「その様子じゃ覚えてなさそうだね。寝惚け眼の万超にトイレの場所、何回か教えたんだけど」
「え、そうなの?」
「ついてきて」
そう言ってお初さんは、俺が先ほど出てきた地下の部屋へと入っていく。
「この場所ってお初さんが?」
「んーん。実はここって、天魔導士の共用の隠れ家なんだよね。八百万樹にはだいたいあってさ。これは内緒だよ、いい?」
「わかった」
「水と土の魔技、それと煌卵石で作った、本来は一時的な仮宿なんだけどね」
「きらいし?」
「〝煌〟めく〝卵〟形の〝石〟で煌卵石。壁とかに光る石があったでしょ? アレのことよ。半日も陽に当てれば一週間は光ってるのよ」
「へぇ、そりゃスゴい」
「階段気をつけてね」
「実はさっき──
──ズリッ! ズダダダダダッ!
「 痛ィィィーッタイッ 」
……って……さっきも滑ってコケて、肘と脛を……今は……シリをぉぉ……」
ブツかる刹那、お初さんは華麗に俺を躱したのだった……。
「──もう、気をつけてって言ったのに」
「う、受け止めて欲しかった……ガクッ」
「こんな姿の私に無茶言わないの。ひょっとして……漏れた?」
「モレテナーイ! ギリ! モレテナーイ!」
「ホラ、あの間仕切りの向こうの向こうがトイレ」
「向こうの向こう……」
お初さんが指さしたのは、布で仕切ってある場所だった。目覚めた時に見たけれど、そういや確認はしなかったっけ。
──シャッ
中に入るとそこは洗面所で、大きめの煌卵石が三つあって充分な明るさだった。
洗面台は二段になっていて、上段の──洗面器を模した窪みに水が溜まっている。簡易な蛇口がついていて、捻ると下段の──コチラも洗面器を模しており、上段よりも大きい窪みへと流れるのだろう。石のような物が敷き詰めてあり、これが排水装置なのかな? この洗面所の隣……もう一つの仕切り布の向こうがトイレか、どれどれ──
──シャッ
入ってみると、丸型蛍光灯みたいに加工された煌卵石が左右に二つあって、ここもしっかり明るかった。そして、便器はというと──
「こ……これは……」
和 式 が 登 場 !
これは紛れもなく和式の便器だが……当然、水洗ではなく、いわゆるボットン便所。深さは四、五十センチだが……。
「こ、ここで用を足していいの?」
「ああ、それは〝下吸陶〟って言って、排泄物だけじゃなくてニオイまでもみんな吸い取ってくれちゃう陶器だよ。ものの数分もすればキレイに無くなるから安心して」
「そ ん な 便 利 な モ ノ が !?」
「そのサイズで半年くらい保つし、使い終わったら砕いて土に撒けば肥料にもなるしで、なかなかの優れモノよ。トイレの紙は下吸陶に吸収されやすいように草を加工したヤツだから落としていいよ。あと、洗面所の水は魔技で地下の水脈から引き上げて、濾過もしてあるから綺麗だよ。手、それで洗ってね。タオル使っていいし、石鹸もあるから。それじゃ、私は外に出てるからごゆっくりー」
そう言って、お初さんはキュピッキュピッと出て行ったのだった。
「ごゆっくりって……今、デカイ方はしないんだけど……」
用を足して驚いた。音がしなかったのだ。陶器に当たったそばから吸収されてしまうらしい。ちょっと感動してしまった。
手を洗い、再び外へ向かう。
うーむ、お初さんには世話になりっ放しで申し訳ないな。一宿一飯……いや、既に二宿一飯の恩か……。俺も早く成長しなければ……でも、一体どうすれば……。
外へ出た俺は、暫し考える……。そして──
「お初さん!」
「あれ? 早かったね」
「俺に修行をつけてくれ!」
「んん? いきなりどした?」
「お初さんに、修行の指南を頼みたい! お願いします!」
「え……いま私、魔技使えないけど……」
「いや、魔導士の弟子入りじゃなくて、なんていうか……んー、爵位持ちとの戦闘経験者であるお初さんから見て、俺は通用するのかどうか、足りていない部分はドコなのか、それを指導してもらいたいんだ」
「あー、そういうことか。それくらいなら……。でも……私はてっきり、万超ってば何か秘策があってここに来たのかと思ってたけど……神獣の爪刀とも一緒だったし……」
「いや! 今の俺はただのモヤシだ! 爪刀とは偶然、道で会った!」
「ぐ、偶然!? 道で!?」
「そう! たまたま! ──なもんで、よろしくお願いします!」
「わ、わかったわ。そうなんだ……んでモヤシって……随分と胸を張って言うのね……。じゃ、じゃあ……まずは、どのくらい体力があるか……」
お初さんの出したメニューは、
・ここから百メートルほど下り、ダッシュで登ってくる
・登ってきたら、腕立て百回、腹筋百回で一本
・それを合計十本
──だった。
これを聞いた時、正直眩暈でクラッときたが、天魔導士の入門訓練も似たようなモノだと知らされて俺は俄然やる気になった。つまり、幼い頃のお初さんはコレをこなしてたってことだ。 負 け て ら れ ん ! 下駄を脱ぎ捨て裸足となり、丘を下る。そして──
「ウオオオオオオオオオオッ!」
「ヌオオオオオオオオオオッッ!」
「フンヌリャアアアアアアアアッ!」
………………………………
……………………
…………
「おえぇぇぇぇぇぇぇ……」
「呆れた……まさか一気にやるとは思わなかったし」
「おぅえぇぇぇぇぇぇ……」
「やりきれるとも思わなかったけど……」
「へへ……爪の字に負けてられなおえぇぇぇ……」
「今のメニューって、一日かけての内容だったんだけど……」
「──っっ!? 先 に……言って……ほしかっ た……パタリ……」
ああ、意識が遠のく……。
「……全然モヤシじゃないじゃん」
お初さん……なに か……言っ た……?
翌日、筋肉痛がエライことになっていた……
──が! 休むつもりは、 毛 頭 な い !
「オオオオオオオオオオッ!」
「ムオオオオオオオオオオッ!」
「ズオオオオオオオオオオオッ!」
………………………………
……………………
…………
「ぜヒューッ、ぜヒューッ」
昨日のメユーを午前と午後で二回こなした……。少し要領を得たのか、吐かずに済んだぜ……。
「無理し過ぎじゃない?」
「な……なんか……焦っちゃって……」
「焦る?」
「ああ……お初さんに 迷惑 かけてるし……爪の ヤツにも 負けたく ないし……フゥゥー」
「ふーん。迷惑だなんて思ってないけど」
「あ りが とう……。そういや 爪刀って 今、なに してる?」
「さっきまで研ぎ研ぎしてて、今は樹液飲んでるよ。出てくる樹液の量が増えてるみたい」
そう か……急激な成長は 樹液の おかげなのかも な……。
そうして、一週間も経つ頃には筋肉痛もなくなり、ペース配分も出来るようになっていった。
「今日は休みなさい」
──そう言われて本日の訓練は禁止となってしまった。そうなると他にすることもないので、服を洗濯したり、体を拭いたり、爪を洗ったりしたのだった。着替えは地下部屋に常備してあった長袖と七分丈のズボンを拝借した。
そういえば学校の勉強……いざやらなくなると、なんだか不安になってくるな……。
「お初さんって、学校とか行ってたりしたの?」
「学校かぁ……私は行ったことないんだよね……天魔導士って専門職みたいなモノだからさ……。あ、でも、心願様とお師匠に、いわゆる一般教養は教わったよ。あとは〝オルブクス〟っていう本の国があるんだけど、そこの大図書館一棟分の本、全部読まされたっけ」
「一 棟 分 の 本 !? それって何冊くらいなの……」
「数えてないよ。必死だったし」
あれ? お初さん、ひょっとして……ものスゴく賢くていらっしゃる? そういえば昔話も空で覚えていたし、魔導士は知識の量がモノを言うとも……ああ! ますます焦る! さらにさらに、心願の女神様との関係も気になる……けど……。
「なに? 心願様と私の関係が気になる?」
な ぜ わ か る 。
「気にはなるけど、プライベートなことは聞かないでおく」
「ふーん。その代わり、自分の事もあまり聞いてくれるなって?」
「お初さん……スゴイね……」
「キミは全部、顔に出ちゃうタイプだからねー」
な、なんてこった……。
「それになんか、ずーっと落ち着かない様子だし」
「……正直、色々余裕がない……」
「そっかぁ………………うん。じゃあさ」
「──?」
「明日から、爪刀との模擬戦もメニューに加えようか!」
「え?」
「ニャ?」
模擬戦?
──爪と目が合う。
「ニャッフッフ」
尻尾を手招きするように、クイックイッときたもんだ。
へへっ、面白い……!
ギャフンと……いや! ニャフンと言わせてやるぜ! 爪の字!




