第16話 魔可不至技
「それじゃあ、魔技編を──」
「その前にお初さん」
「どした?」
「〝瑞意召魂〟──俺でも使えたりする?」
「むふふ……残念。最初に血を込めた人専用よ。まぁ、一度でも血液を取り込むと、もう八百万樹そのものにはならなくなってしまうんだけどね」
「ちぇーっ」
「なに? 興味あった?」
「そりゃあ、あんなスゴいもの見せられたら、自分でもやってみたいと思うでしょ」
「ふ〜ん。魔導士はイメージ良くないんじゃなかったの?」
「だって……あの話の後じゃなぁ……」
「そうよねぇ……あの話の後じゃねぇ……」
「え……そこは怒るところじゃないの……? 私も魔導士なんですけどぉ? ムッキィー、って」
「うーん……万超に言われて思い出したんだけど、私も魔学史を勉強してる時に同じこと考えてたなぁ……って。でも、いざ自分が魔導士になったら、いつの間にか忘れちゃってたなぁ……ってさ」
「そ、そうなんだ。なんか……ゴメン」
「いやいや、初心に立ち返るのも大切なことだよ。あの頃の自分がいて、今の自分があるんだしね」
「お初さんって前向きだよなぁ。元気をなくしたりとかないの?」
「あるよ」
「え!? どんな時!?」
「お腹空いた時と、眠い時」
「…………ふっ」
「 ム ッ キ ィ ー ! 」
面白い人だなぁ。
「話の続き 聞くの!? 聞かないの!?」
「聞 き た い」
お初さんの「ムッキィー」で一瞬目を開けた爪だったが、尻尾をユラリと一往復させると、再び眠ってしまった。
「それじゃ続きは……えーと……あ、思い出した──老魔導士とその弟子の発見は、正に魔導の革命と言っても過言ではなかった。なにしろ樹紋も詠唱も必要ないんだからね」
「思い描くだけでどんな魔法も出せたの?」
「いいえ。これは後で判明することだけれど、〝自分が経験したこと〟しか発動はできないの」
「経験したこと……」
「例えば、火で火傷をしたことがある人は、〝火を経験している〟と、いうこと。ま、火傷までいかなくとも、焚き火にあたる、とかでもいいんだけどね」
「俺、火傷したことある」
「水に浸かったり、泳いだりしたことがある人は、〝水を経験している〟──そして、風に吹かれたことがあれば〝風を経験している〟ことになるのね」
「ふむふむ」
「今言った三つを経験している人は、〝瑞意召魂〟を使えば火、水、風の魔法を発動することができる」
「な、なんか随分と簡単じゃない?」
「だ か ら、革命なのよ。そして基本ができたら次は応用」
「応用?」
「大きな火をイメージして火炎、さらに大きな爆炎──というように少しずつレベルアップしていくの。まあ、爆炎を直接経験していれば、一足飛びにすぐ使えるようになるけどね」
「爆炎を経験って……死んでしまう」
「さらに火と水で蒸気や、火と風で爆風とかの複合魔法なんてことも可能よ。そこは知識の量がモノを言うわね」
「知識かぁ……」
「なので〝瑞意召魂〟を使う魔導士は、二人一組での修行が有効だね。お互いに魔法や知恵を出し合って、経験を積んでいく」
「なるほど。となると、魔導書使いはもう敵ではない?」
「そうでもないんだよね」
「──と、いうと?」
「弱点……というか代償が大きいの」
「代償?」
「〝瑞意召魂〟による魔法の発動は、〝血〟を使うのよ」
「げ……あの赤い泡……」
「そう。さっき見せた赤い泡──血液を消費して発動するの。だから考えなしにポンポン魔法を撃っていたら……」
「血が……足りなくなって……」
「絶命するわ」
ひぃ……。
「でもこれも修行を継続していれば、使用する血液をある程度までは少なくできる。こればかりは一足飛びはないわね。毎日地道にコツコツと続けるしかないわ」
ランニングとかも毎日続けていれば、少しずつ長く走れるようになる……みたいなもんか。しかし、血を使うとは……魔力とかだと思ってた……。
「老魔導士とその弟子は、多くの魔邪者を退けた英雄として、人々に持て囃されるようになる」
「おおー」
「こうなってくると面白くないのは当時、権勢を誇った三大魔導大国ね。彼らはそれぞれ個別に、魔導書を必要としない魔法の秘密を手に入れようと二人に接触してきた」
「力ずくで?」
「勿論それもあっただろうけど、二人には敵わなかったでしょうね。だから格別の待遇で自国へ迎え入れようとしたらしいわ」
「当然二人は……」
「ええ。そんな話を受けることはなかった。あくまでも市井の人々と共に在ろうとしたのね」
「さすがだぜ」
「そんな二人は、昔話のマカフとシギの再来と称され──これがキッカケとなって師匠をマカフ、弟子をシギと呼ぶ伝統が、今に至るまで続いているの」
「おお、二代目マカフ。二代目シギ」
「イイわね、それ。二代目マカフ、二代目シギ」
「でしょ」
「そしてこの頃に二代目達は、雷、火、風、水、土に、〝光〟と〝闇〟を加えて、〝天地の魔導〟を極める。瑞意召魂を使う彼らは〝天魔導士〟と、後に呼ばれるようになるわ」
「おお、天魔導士……カコイイ」
「ただ、〝光〟と〝闇〟は、現在では失われているんだけどね」
「なんで?」
「それは後で話すよ。二代目マカフ、シギは各地を巡る中で、誠実で才を有し、権力に阿ることのない人材を見出して、その技法と瑞意召魂を密かに伝授していったわ」
「密かに?」
「ええ。魔導書がそうであったように権威化するのを防ぐ為ね。二人が育てたかったのは魔邪者に対抗する魔導士であって、権力者ではなかったのだもの」
「なるほど」
「ち な み に、師弟の関係は極意を授けられ、皆伝となると弟子をとることが許されるのよ」
「──てことは、お初さんもシギなの? それとも、だった? 実はすでにマカフとか……」
「私は今でもシギ……だと思うんだけどなぁ……。私のお師匠がマカフって呼ばれるの嫌いでさ、ブチギレるのよ。〝お前もシギだなんて思うな。弟子は弟子だ〟──って」
「……そうなんだ」
俺はなぜか、先ほど見たお初さんの鬼教官モードを思い出していた……。
「そうして月日は過ぎてゆくのだけれど……ある時、〝巨裂牟〟が数十体も出現するという大事件が起きる」
「巨裂牟って確か……人型で、巨大岩石の魔邪者……」
「そう。この事態には十人以上の天魔導士が対処にあたり、見事退けることに成功。人々は彼らを称賛したわ」
天魔導士……カコイイ。
「けれど、これがよくなかった」
「……え?」
「今まで、目立たぬよう魔邪者に抗してきたのに、この事件で大注目を浴びてしまった」
「あ……」
「彼らの噂はやがて三大魔導大国の耳にも入り、国家総出で我先にと幾人もの天魔導士を捕え、その秘密を暴き出した」
「ああ……」
「そして瑞意召魂の存在を知り、自分たちも手に入れようとしたけれど、どこの八百万樹にも見当たらない」
「見当たらない?」
「実はこういうことが起きてしまう可能性を考慮して、二代目の二人は主だった八百万樹から瑞意召魂を集め尽くしていたの」
先見の明ってヤツだな。起こって欲しくはない事だったろうけど……。
「すると三つの魔導大国は捕まえた天魔導士達を人質にして、持っている全ての瑞意召魂との交換を要求してきた」
やり方が汚い……。
「二代目の老マカフは激怒したわ。まず一つの魔導大国、そこに属する手練れ百人の魔導士──通称〝百魔〟を、わずか半日で屠った」
「ほふ……!? みな……ご ろ……し?」
「……ええ、そう伝えられている。さらに彼の使った魔法は今まで誰も見たことのない、天地の魔導とも異なる──禍々しいモノだったとも伝えられているわ」
……ゴク リ……。
「残る二つの国は共同戦線を張り、総勢三百名を超える魔導士で迎え撃つも結果は同じ……彼らは全滅」
凄まじい……。
「そしてこの戦で、ほとんどの魔導書が失われたという話ね」
魔導書……権威の象徴が、あっけなく消え去ったのか……。
「二代目のシギが後世に残した記録、通称〝シギ記〟によると、この時の二代目老マカフはもう……正気ではなかったらしいわ」
「正気ではない?」
「天地の魔導、その最後に加わった〝光〟と〝闇〟──この二つは絶対不可分な表と裏。そして〝闇〟が新たな領域への扉を開いてしまったというの」
「そ、それは……」
「終わり、滅する──〝終滅の魔導〟──シギ記にはそう記されている」
「終滅の魔導……」
「昔話から始まったマカフシギは、〝魔〟導をして〝可〟能ならしめる〝不〟滅へと〝至〟る〝技〟──〝魔可不至技〟として、更なる変貌を遂げてしまった」
「不滅へと至るって……」
「不滅を以て終滅せしむる 。それが終滅の魔導。扱うは〝終魔導士〟──二代目マカフの最終的な呼び名は〝終の魔導士〟」
「どうしてそんなことに……」
「わからない……その境地へ到達したのは二代目マカフとシギの二人だけ。そしてシギは〝光〟と〝闇〟を後の世へは伝えなかった」
「あ、さっき言ってた失われているってのは──」
「そう、こういうことがあったから。だから現代の天魔導士が使うのは雷、火、風、水、土だけ。その魔導は二代目達の流れを汲んでいることから、〝魔法〟ではなく魔可不至技──略して〝魔技〟になったのよ」
それが魔技の由来……か。
「それで、その後二人は……」
「色々な話があり過ぎて……。例えば──老マカフは暴走の果てに幾つもの国々を滅したとか、いやいや、それらは全てシギが阻止したんだ……とか。──師弟の対決は伍して相打ち、共に無へ還ったとも……。他には、魔可不至技の不滅とは魔邪者のことで、マカフは魔邪者の王になったんだ──とか」
まんざら眉唾ってわけでもなさそうな……。
「当時は大きな影響力を持った国々が突然その力を失い──また、大規模な大陸移動も重なる混乱期にあって正確なことは伝わっていないの。二代目のマカフとシギは同じ頃に行方がわからなくなったこと以外は、誰も何も知らない──というのが正直なところね」
「なんか……悲しい最後だな……」
「そうね……」
本当に不滅へと至ったのなら、ひょっとして今もどこかに──
「──と! ゆーわけで、〆のおさらいをすると!
現代の魔導士は〝天魔導士〟!
〝瑞意召魂〟を使い!
操るは雷、火、風、水、土の〝天地の魔技〟!
呼び名は〝天地〟でも可!
──ってトコかしら。以上で魔技編、終わり!」
「ありがとう。スゴイ勉強になった」
「フフ〜ン」
「あ、気になったんだけど、瑞意召魂って今はたくさんあるの?」
「 そ れ は 秘密ーッ!」
ああ……そうか、ペラペラ喋っちゃマズイもんな。力の権威化なんて、過去だけの話じゃないだろうし……。
お初さんの授業が一段落したこのタイミングで、どっと疲れが押し寄せてきた。
「ふあああ〜」
大きなアクビが出てしまった。
「お、さすがに疲れたみたいだね」
「…………ぅん」
考えてみると……とんでもない体験や、てんこ盛りの知らない話で集中しっ放しだったもんなぁ……。
「あれ? 万超?」
イカン……緊張の糸が切れて……眠く……というか 意 識が…………
「万超? ちょっと!? 寝るなら──! ──ッ!」
パタリ…………
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………………………………
……………………
…………
──パチリ。
俺は知らない場所で目が覚めた。暗がりではあるが、真っ暗闇ではない。ここは部屋……だろうか。壁に触れてみると少しヒンヤリする。これは、土? 地下か?
辺りを見回す。壁には青く光る小さな石がいくつも埋め込まれており、常夜灯のような役目を果たしている。なんだかちょっとしたプラネタリウムみたいだ。少し大きな石はオレンジ色に輝き、足元灯のようだ。
それらの明かりを頼りにもう少し観察すると、どうやら俺は布製のモッコモコ寝袋で寝ていたらしい。すぐそこには大きなバックパックみたいな物もある。……お初さんの荷物だろうか?
部屋の大きさは十二畳くらいで金魚鉢のような丸みを帯びている。他にも部屋がありそうだが……布で仕切られているのでここからは見ることが出来ない。
その仕切りの隣に階段……のようなものがある。そして、その上の方から声がする……。この声、お初さん?
少しフラフラとするものの、俺はその階段……段差にかなりのバラツキがあり、踏板に当たる箇所は下りる側へ傾斜がついているので滑ったら──
──ズリッと
「──ッ!」
──ガツッと
「──ッ!」
──このように、肘を打ち、脛をブツけるのである。あぐぅ! 痛っったい!
天井には木で編み、草でカモフラージュしたような蓋がしてあったが、手で簡単に押し上げることが出来た。
俺は外へ出た。
やはりさっきの部屋は地下に掘られたモノで、その入り口は八百万樹の大きな根にうまく隠れるように拵えられていた。
あ、お初さんがいる。なんか大型犬くらいのモッフリした動物と戯れているな……。
「あー! 万超、やーっと起きた!」
「オハヨウ」
「オハヨウ、じゃないわよ! アンタってば丸二日間もずっと眠りっ放しだったのよ! もー! 心配しちゃったじゃないか!」
「丸二日!?」
「息はしてたし、寝てるのに笑いながらオナラとかするから、とりあえずそのまま様子見してたけど……」
「イヤー! ハズカシー!」
「それにあんなトコロで寝ちゃってさ、流石に一人じゃ運べなくてどうしようかと思ったわ──けど爪刀が手伝ってくれて、ホント 助かったわよ」
「それは……何というか、ゴメンとアリガトウを告げるよ。そして寝っ屁のことは忘れてほしい。──で、その爪刀は?」
「目の前にいるじゃない」
「──? いないじゃない」
目の前にいるのは……秋田犬の成犬くらいの大きさの……モッフリとした……灰茶色の……尾の長い…………え?
「お、お前──爪刀か!?」
「ニャッフ」




