第14話 八百万樹
お初さんが足取り軽く、『キュピップキュピップ』と先頭を行き、その隣を爪がピョンタカピョンタカ並んで進む。そんな後ろ姿を眺めつつ、下駄を手に持った俺が裸足で歩いてついていく。素足で草を踏みしめるなんていつ以来だろうか……久し振り過ぎて新鮮な感覚だ。たまにはこうして歩くのもいいもんだなー。
〝やおよろじゅ〟までの道すがら、ふと気になった事をお初さんに質問する。
「お初さーん」
「なんだーい?」
俺が声をかけたのでお初さんは進むペースをやや落とし、歩きながらでも話せる間隔にしてくれた。
「普通の人同士で──例えば喧嘩とかして、片方が倒れたりしたらどうなるかは知ってる?」
「私は直接見たわけじゃないけれど、やっぱり縮むらしいわよ。最初は背が半分くらいになって、次に二頭身、で、一頭身。私の時と同じだね」
「そうなんだ……」
「ただし、倒した方も縮むらしいよ」
「え? 喧嘩両成敗的な?」
「両者を縮めた方が、問題行動を起こした者を把握し易いんだってさ。倒したり倒されたり……それって身体に危害が及ぶってことでしょ? そういうのはご法度らしくて、誰かが縮むと領主──爵位持ちが出張ってきて何があったのか審議するんだって」
「へぇ」
「一方的に絡まれた、とかでお咎めナシの場合、数時間で姿は元に戻るらしいよ」
「戻れるのか……。お咎めアリの場合は?」
「その場合でも一応は元に戻るみたい。──とはいえ、お咎めアリなのだから、何のペナルティも無いはずもなくて、領主の判断次第で情状酌量、ブラックリスト入り、追放──などがあるって話ね。私の姿が固定されているのは、やっぱ有爵者と直に遣り合ったせいかな……」
「なるほど……」
「お行儀のいい人は、入国だったり上の領地への往来、移住が許可されるって話だけど……」
「……だけど?」
「品行方正とか協調性って、もちろん良いことだし、大切なことだと思うけどさ……〝そうしなさい〟って言われると、なんか、こう……」
「言われんでもわかっとるわい、みたいな?」
「そう、それ。こういうの天邪鬼っていうのかなぁ」
「普通だと思うけど。それくらいのヘソの曲がり方なら」
「あはは。なら良かった」
「〝フトウフクツ〟の影響って、やっぱり世界中に及んでいるのかな?」
「どうだろ? そこまではわからないや。でも、及んでいなかったとしても、あの国──〝カーグカーデン〟が、どんどん領地を広げていけば、いずれはそうなるんだろうけどね」
「いずれは……か。あ、あと伯爵より上の二人っていうのは……」
「ゴメン。〝公爵〟と〝侯爵〟については全然わからないんだ。まるっきり聞こえてこないの」
お初さんでも知らないのか……不気味だな……
「ところでさ」
今度は逆にお初さんが俺に問いかけてくる。
「万超は八百万樹を見たのは初めてなの? 最初に会った時、珍しそうに爪刀と眺めてたけど」
「初めて見た。その名前ってやっぱり〝八百万の神〟の……?」
「そうそう。〝八百万の神が宿りし大樹〟──別名〝神夢座〟──神々が微睡んじゃう憩いの座って言われているの。すっごい頑丈な樹で、何をやっても折れないし、切れないし、傷ひとつ付かないんだから」
それはもはや、樹の形をした別の何かだな……。
「心願の女神様が大変な状況なのに、他の神様は助けに来たりはしないのだろうか」
「〝神々は気紛れに星の海を巡っている〟って心願様は言ってたな……。どういう意味かは知らないけど」
星の海……〝星海〟のことだろうか? 色々な〝異世界〟を渡り歩いているのかも……。
「まあ、要はいたり、いなかったりってことらしいわ。今は心願様の他には誰もいないんじゃないかな」
「なんてこった……」
「ホントよね。神様ってみんな、そんなふうなのかしら。まったくもー」
──と、その時だった。
『ズズズズ……』
お、地震だ。でも……妙な……揺れ方……だな。ユラユラ、グラグラではなく、グーッラ グーッラって、まるで一つの方向へ引っ張られているみたいな感じだ……。
────。
──。
そうして──
揺れは五分ほども続き、ようやく収まった。
なんだかちょっと……酔った……おえぷ。
「結構移動したね」
……移……動? 変な表現だな……。
「お初さん、この辺りって地震多いの?」
「この辺り? それを言うなら世界中でしょ。大陸が移動しているんだから」
……大陸が……なんだって?
「そういえば私の世界地図、いつのだったっけ……そろそろ買い替えないと使い物にならないかも……。いやでも、今は遠くへは行けないし、うーん……まぁ、また今度でいっか」
そんな勢いで大陸が移動してるの!? 地図が追いつかないくらいに!? すっごい世界だな!
「あ! わかった! 万超って〝隔絶島〟の出身なんでしょ!」
「……え?」
「大陸移動の中でも比較的、動く距離が少ない島だよ。そういう所の出身者は世情に疎かったり、昔の風習のままだったりするっていうし」
「あ……うん。島国育ちではあるよ」
日本だけど……。
「田舎者なんて言って悪かったわね」
「いや、俺は田舎者でありたい」
「あはは なによそれ」
そんな話をしながら、八百万樹へと戻ってきた。
「ちょっと待ってて」
お初さんはそう言って、大きな樹の根を器用に駆け上がり、俺の胸の高さくらいにある洞へと入っていった。
「改めて見ても……でっっかい樹だよなぁ」
その様子はというと──
樹皮は白樺のように真っ白で遠目にもすごく目立つ。表面はどこも、小さい笏状の割れ目があって脆そうだけれど、お初さん 頑丈だって言ってたし、剥がれたりはしないのだろう。
幹は〝く〟の字を書いて〝つ〟の字を繋げたみたいに躍動感たっぷりに曲がり、それが幾つにも分かれ、天へと伸びている。その直径は、一番太い所で十メートルくらいはありそうだ。〝神夢座〟か……本当に神様の揺り椅子みたいに思えてくる。
根は、所々で地表に飛び出しており、大蛇がうねっているかのようだ。
気になるのは……葉が、一枚として見当たらないこと。枯れかけてる……ってことはないよな?
「お待たせ」
──と、言ってお初さんが戻ってきた。自分の体より大きなバスケットを持って……いや、頭上へ掲げるようにして運んでいる。
「お、重くないの? 言ってくれれば手伝ったのに」
「それが重くはないんだな。こんな姿でも筋力は以前と同じみたいでさ」
「い、意外すぎる……」
「あれ? 爪刀は?」
「え? あ、ホントだ、いない。どこ行ったんだ?」
大きな根っこの陰にでも隠れているかと思いきや……
「みゃんゃ#&ゃ♩〜♫¥ん@%☆〜♪」
これは鳴き声……? それとも謎の歌……?
ふと見上げると、樹の幹に──ちょうど手の届く高さに平らな部分があり、そこに座って何かを舐めているようだった。
「あれは……樹液?」
え!? 樹液とかって子猫が舐めて良いものなのか!? 大丈夫か!?
「うそ! 八百万樹の樹液!? 初めて見た!」
お初さんが驚いている。
「だ、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ」
返 事 が 軽い! でも、そういえば……女神様は爪の食べ物は特に大丈夫って……それは、これのこと……? 神様の樹なら心配はいらない か?
「俺も舐めてみようかな……」
「私も私も」
指先で軽くひと掬いして、ペロリ…………おやぁ? なんの味も……って、あ゛っっ!! ご れ゛ ワ゛ ザ ビ ぢ ゃ ん゛ !! 鼻がぁ!! 鼻に゛づーん゛どぎだ!!
「あ、甘いね、これ」
「え゛え゛っ!?」
「なに泣いてんの」
「だっで……」
爪の字は引き続き、一心不乱に舐めている。お初さんは甘いって言うし……俺の味覚だけがおかしいのか?
「じゃあ私たちも食べよっか」
「あ゛い゛」
バスケットの中身はサンドイッチだった。パンに厚みがあって、具がギッシリ。ハム、チーズ、レタス、タマゴ、トマトもある。ツナ、ベーコンに、おお、カツまであるぞ。そして、一・五リットルのペットボトルサイズの瓢箪……これは水筒だろう。
「このサンドイッチ、お初さんが作ったの?」
「いいえ。八百万樹は各地にあってさ、その洞は互いに繋がっているの。──と、言っても、どこにでも通じているわけではなくて、やり取りが可能なのは一つ隣までなんだけどね。で、ここからは結構遠いんだけど、お気に入りのお店の近くにも八百万樹があってさ、注文書にお代を添えて送ると、店員さんがこうして品物を送り返してくれるってワケ」
まさかのウーバーイー樹……。
「一人分しかなくて、量はそんなにないけど。さ、食べた 食べた」
「お初さん、俺、持ち合わせがなくて……」
「ま、当面気にしなくていいよ。ホラ、好きなの取りなさい」
「ありがとう! この恩はいつか必ず! いただきます!」
「いただきまーす」
タマゴどっさりに齧り付く。あ、これ 美 味 い。
ここで、はたと疑問が生じる。お初さんはどのように食べるのだろうか。何と言っても、顔のパーツが浮いているのだ。一体どうやって……?
気になって見ていると、お初さんは──おもむろにサンドイッチを体に押し当てた。すると、ゴクリゴクリと水を飲むリズムで、みるみる吸収されていくではないか。
「お初さん……そこが口……なの?」
「え? 別にどこがってことはないよ。〝食べるゾ〟って、しっかり意識しながら体に押し込むと、こうやって取り込めるんだよね。味もわかるよ。あんまり食べた気はしないけどさ。もう慣れたもんよ」
「そ……そうなんだ」
「それより、どう? そのサンドイッチ」
「すごく美味い!」
「 違うわ! バンチヨ! 」
「──ッ!? ……びっくりしたぁ。違うってなにが?」
「本当にそう思ったのなら、〝美味い〟ではなく〝ダリシャス!〟でしょうに!」
「ダ リ……?」
デリシャスじゃなくて?
「段違いに美味しい料理、感謝です──の略よ! ダリシャス!」
「いや、〝美味しい〟って言葉入ってるじゃないスか」
「ダリシャス!」
「〝美味しい〟 どこ行っちゃったんスか?」
「ダ リ シャス!」
「………………」
「ダrrrrリィィィシャス!」
「……ダ……リ……ャス」
「聞こえない! さあ! せーの!」
「──ッ」
「「 ダ リ シ ャ ス !! 」」
これ……ホントにみんな言うのか……?
「それで私たち、何の話、するんだっけ?」
「えーと……なんだっけ?」
と、そこへ爪が帰ってきた。
「ニャップ……」
……それ、ゲップ?
「おー、爪刀お帰り。お腹一杯になったかい?」
『ゴロゴロゴロ……』
「あらら、寝ちゃった。寝顔もカワイイなー、キミは」
……自由なヤツよのぉ。
「あ! 思い出した! 〝魔技〟の解説、だったっけ」
「そういえば……」
「でも今、魔技って全然使えないわけだけど……それでも知りたいの?」
「知 り た い」
知っておきたい……この世界のことを少しでも多く。
「そう。じゃあ、えっと……魔技には〝魔素〟が必要で……って、〝魔素〟がどうやってできるかは……」
「ばーぶー」
「わかった。それじゃ、そっちを先に話そうか。割とイメージし易いはずだし」
「お願いシマス」
もぐもぐ……わかり易いのは助かるな もぐもぐ。
「さっきも言ったけど、神々の宿る樹──八百万樹は、その在り方の性質上、神気を帯びています」
お初さんが先生モードに。
「そして魔素ができるまでの過程は、植物の〝光合成〟──これの仕組みに別の字を当てることで、理解を早めることが出来ます」
「別の字を当てる……なんかそれって〝フトウフクツ〟に似てない?」
「……言われてみればそうね……。腹立つからやめようか?」
「た、頼んまスよ、先生」
「……今 なんて?」
「え? 先生……って」
「〜っ♪ いいだろう! よく聞けこのもぐもぐ小僧め!」
お初さんが教官……いや、鬼教官モードに。なぜ?
「〝光合成〟とは! 植物が〝光〟を利用して! 〝二酸化炭素〟と〝水〟から! 〝酸素〟を発生させ! 〝澱粉〟などが合成されることである!」
「押忍! それらを別の字に変換するのでありますね!」
「その通りだ! ムシャムシャ坊主! まず、〝光合成〟の〝光〟は〝神〟! 続いて〝二酸化炭素〟は〝忍〟〝惨め〟〝禍〟〝嘆き〟の〝素〟とす! 〝水〟はそのままで良し! そして〝酸素〟は燦然と輝くの〝燦〟と〝素〟! 最後に〝澱粉〟は〝天〟の〝粉〟!」
「も忍!」
もぐもぐもぐ!
「つまり! 八百万樹の行う〝神合成〟とは! 〝神気〟を利用して! 〝忍惨禍嘆素〟と〝水〟から! 〝燦素〟を発生させ! 〝天粉〟などが合成されることなのである! 〝も忍〟って何だ! パクパクボーイ!」
「押忍! すんません! 水もらいます! 押忍!」
「以上〝神合成〟説明終わり! ──ふぅ。いやぁ、先生やるのって体力使うねー」
……お初さんの教師像って一体……。
ゴクゴク、ぷはー。
「──と、いうわけで、八百万樹は〝燦素〟っていう正の〝源素〟を放出しているの。けれど……永く世に曝されると、あらゆる負の影響──それは、好ましからざる全ての事象──を受けて〝忍惨禍嘆素〟となる。〝魔素〟というのは、〝忍惨禍嘆素〟の別名なのよ。〝魔素〟が増え過ぎると、神々に〝穢れ〟が蓄積されてしまう。そうならないように補助するのが八百万樹の役割ってわけ」
「すっごく分かり易かった。お初さん、先生の素質 あると思う」
「やったぜ 私」
「でも、あのさ……俺、気になってたんだけど、その八百万樹に葉っぱが一枚も無いのは……」
「それはやっぱり……カーグカーデンの影響ね。この辺り一帯の魔素を根こそぎ吸い取ってしまっているらしいから、神合成が出来ないんだと思う。本来なら常緑樹を超える、永緑樹って呼ばれるほどの樹なのだけれど……」
「枯れ……かかってる?」
「まさか! ……とも言えないか。今の状態がずっと続いてしまったら、あるいは……。魔素は〝魔邪者〟からも放出されるけど、それだけじゃ全然……」
マジャモノ……最初に会った時にも言っていたっけ……。
「おっと! ダメだね、下なんか向いてちゃ! 神々の大樹なんだし、まだまだ大丈夫なはず! と、思う!」
おお……この前向きさは見習いたいぜ。
「ち な み に、〝天の粉〟──〝天粉〟は、薬と一緒に飲めば効き目は倍増、体に塗れば艶肌、玉肌。神様も愛用する逸品って話よ」
「おー。さっきの樹液にも含まれてるのかな?」
「──! 後でもう少しもらっておこうかしら」
でも樹液……俺にとってはワサビだったけど……。
手に残るサンドイッチ、その最後の一口を頬張る。もぐもぐ。
「それじゃ満を持して、〝魔技〟の話をしましょうか」
……ゴクリ。
ダ リ シ ャ ス!




