第13話 フトウフクツ
「五年くらい前、突然〝声〟が聞こえたの」
〝 フ ト ウ フ ク ツ 〟
──今この瞬間より、〝フトウフクツ〟をこそ、是とし 非とし 誉とし 罰とする。祝福たれ 呪詛たれ──
「──って。その声は不気味なほど低くて、まるで地の底が喋っているかのようで……精神にまで響いてくるみたいだった」
「〝フトウフクツ〟って……強い意志を持って、困難や逆境にも撓まず、挫けず立ち向かうっていう〝不撓不屈〟のこと?」
「私もそう思った。──で、私はその時ここからずっと遠い場所にいたんだけど、近くの街で話をしたら、皆も同じように聞こえたっていうの。別の街に行っても同じ。だから〝声〟がどこから聞こえたのか全然わからなかった。心願様の神気も急に感じられなくなっちゃうし……。私、心配になって……けれど、探そうにも手掛かりはゼロ。散々飛び回って半年後、ようやくこの付近の街へやって来たの。そうしたら遺跡だった〝カーグカーデン〟が、あの〝声〟が聞こえた直後、一夜にして復活したっていうじゃない」
「遺跡だった!?」
「そう。カーグカーデンは六百年も前に滅んだはずの国なんだよ」
「そんな前に……それが一夜で復活……」
「カーグカーデン復活の少し前に、心願様を見たっていう人もいてさ」
「……女神様って、そんな普通に現れるものなの……?」
「そうなのよねぇ、ちょーっとフレンドリー過ぎると私も思う。でも、心の願いの神様だから、人と距離が近いのは仕方がないのかも」
うーむ、女神様らしいな。
「突然途絶えた心願様の神気と滅亡した国の復活、この二つはきっと関係があると直感して、私はすぐさま乗り込んだわ」
「い、いきなり!? 一人で!?」
「ええ。一番高くて目立つ場所、当時はそれとは知らなかったけれど、魔帝城を目指して一直線に飛んでいったの。でも……」
……飛んでいった?
「あの敷地内へ入った途端に、〝魔技〟が使い辛くなって……」
……マギ……とは?
「高度を保てなくなって、伯爵領へ不時着したの」
「高度とか不時着って、空を飛んでいったみたいだ」
「空を飛んでいったわよ?」
「……え?」
「なによ?」
「飛んでったの!? 文字通りに!? 空を、ビューンって!?」
「飛んでったわよ。風の〝魔技〟を使ってバビューンって」
ヘ……へぇー。
「なんか……驚いているみたいだけれど……さすがに〝魔技〟は知ってるわよね?」
「あはは……は……」
「知らないんだ、嘘でしょ? 火を熾したり、風を疾らせたり……」
「それって……魔法?」
「なんだ、知ってんじゃん。でも〝魔法〟って随分昔の──まだ色々発展する前の呼び方だよ。万超の故郷じゃ、今でも〝魔法〟が主流なの?」
「ま、まあ……そう、かな?」
「わかった。じゃあ、現在の〝魔技〟の詳細はあとで解説するとして、話を続けるね」
「遮ってゴメン」
「いいよ。それより座ったら? まだ結構かかるよ?」
「あ、うん」
俺は下駄を脱いで腰を下ろし、胡座をかいた。そして爪の字に、
「来るか?」
──と、言って膝をポンポンと叩いてみせた。すると、「みぃー」と鳴いて俺の前を素通りし、お初さんの傍にちょこんと座った。
「よしよし」
「みぃ〜」
『ゴロゴロゴロ』
……何というか……爪刀……、オスよのぉ。
「──それで、私は伯爵領に不時着をしたわけだけど、あくまでも目的地は中央の塔の最上部。なので、とにかく急いで〝領地〟から上へと続く〝街道〟へ出ようとしたの。そうしたら突然、〝街道〟の石畳が……底が抜けたみたいに、バラバラに落ちていったのよ。海が割れるような感じで。けれど完全に落下したんじゃなくて、ずっと下の方で浮いて止まっていたの」
それはスゴいな……。
「そこへ現れたのが……」
「伯爵……」
「そう──〝シャンデリアン伯爵〟よ」
シャ、シャンデリアン伯爵!?
「女伯爵。優雅で高飛車、目力の圧が強くて、余裕の笑みがイヤ〜な感じだった。──で、その伯爵がこの先へは、自分が許可した者か通さないって言うの。でも私だって引かない。そうしたら、〝もしも自分を倒せたなら、通行は自由〟とか言うのよ、余裕の笑みで」
「倒すって……伯爵には手下とかいるんじゃ……」
「いいえ、一人だった。サシの勝負よ。私も魔技には少し自信があったから当然受けて立ったの」
話を聞いてるだけなのに……ドキドキしてきた。
「まず互いに名乗りを上げた後、伯爵は言ったわ。〝フトウフクツに異論はあるか〟──って。〝無い〟って即答した。だって、私は挫けることなんて絶対にないもの」
確かに……お初さんは凹たれるタイプではなさそうだ。
「そして伯爵の〝いざ〟──という言葉と共に地面の石畳の隙間が青く光り出したの。どうやらそれが、勝負開始の合図みたい」
おお……。
「伯爵は見たことのない、機械仕掛けの鎧で武装していた。下半身なんか、それこそシャンデリアのようなスカート型。それで魔技みたいな攻撃をしてきたの。驚いたわ。〝カガク力〟って言ってた」
「──科学力!?」
「知ってるの!? 〝家〟の〝学〟問の〝力〟だって」
「──いや、それは知らない」
「ま ぎ ら わ し い 反応しないでよ」
〝家学力〟って……紛らわしいのはこの異世界の方だと、オレハオモウ……。
「勝負は拮抗していたのだけれど、私の魔技はどんどん弱くなっていった。それを見た伯爵が、余裕の笑みで得意気に言ったの。〝ここでは魔素、そして神気は電念気へと変換されている。魔技使いの民がいつまでもつか、見物じゃ〟って」
「で、ででんき……? 電気……的な?」
「うん。私も後から知ったんだけど、電気の〝電〟と〝気〟──その間に思念の〝念〟が入って〝電念気〟──恐らく特殊な電気なんだと思う。あの塔の透明な部分は──仕組みはわからないけれど──魔素や神気を電念気というものへと変えて貯蔵や送電念をする為の装置みたいなの」
──家学力、変電念、蓄電念、送電念、デデデンデン……やっぱり〝カーグカーデン〟は家具家電念……間違えた、家具家電か……? そう考えればあの国を想像し易いかも……。技術はだいぶトンデモないけど……。
「思うように魔技が使えず、私はどんどん押されていって……伯爵の放った攻撃の爆風で吹き飛ばされ、転がりながら倒れたの。そうしたら……」
「そうしたら……?」
「さっきまで青かった地面の光が突然赤くなって、伯爵が〝勝負あった〟って」
「……え?」
「〝倒れし者には罰を〟──そう伯爵が言うと、急に上から押さえつけられるような感覚がして、気がつくと……私の頭身は縮んで、背が半分くらいになっていたの。訳が分からなかったわ」
「た、倒れただけで?」
「──そう。たった一度倒れただけで」
「伯爵は一度も……倒れなかった……?」
「悔しいけど……そうよ」
一回倒れただけで負けって……シビア過ぎるだろ……。
「そうして、私は子爵領へと下る街道に追い出された。さっきみたいに石畳が抜け落ちて、伯爵領へは戻れなくなった。風の魔技で飛翔すれば辿り着くことは出来ただろうけど……それをしようにも肝心の魔素が全然足りなくて……」
力を出し切れないってのは……歯痒かっただろうな……。
「一旦態勢を立て直す為にカーグカーデンの外へ出ようと考えた私は、止むを得ず、歩いて子爵領まで下っていったわ」
子爵領……。
「着いた先、子爵領に居た人達は……元は遺跡の調査や発掘をしていた研究員だったり、近隣の街や村々の住人だったらしいの。半年前、気がついたらこの場所にいたみたい。研究員の人達はこの国に興味津々で喜んでいたけれど、街や村人の中には帰りたい、ここから出たいって言う人もいてさ、それなら一緒に行こうとなって。でもそこへ〝ならぬ〟と、言って現れたのが──」
「次の相手……」
「──そう、〝カペット子爵〟よ」
カ……カーペット……かな?
「なぁにが〝ならぬ〟だってのよ。続けて子爵は〝シャンデリアン卿が言っていたのはオマエだな? なんだ子供じゃないか〟──とか言うわけよ。だから私は〝アンタだって子供でしょーが!〟って返したら、〝うるさい!〟ってムキになっちゃってさ」
「こ、子供だったの……?」
「たぶん私より年下だったね、アレは」
「お初さんって今いくつ?」
「十七歳。万超は?」
「……ジュウロク」
「 ふ っ ふ ー ん 」
そのドヤ顔……女神様を思い出すなぁ。──いや、ちょっと待った。
「じゃ、じゃあ当時十二歳で、単身乗り込んだってこと!?」
「うん。そうだね」
こ……この人も相当トンデモないな!
「それで、相手がムキになっていきなり勝負に?」
「ううん。子爵のヤツ、〝領民を勝手に連れて行くな〟って。〝勝手に連れて来たのはそっちでしょ!〟──そう私が言い終わらない内に子爵は、わざと被せて、その場の人達に言ったの。〝安心しろ。そこの小生意気な娘のように問題を起こさぬ限り、この国、そして我が領地に於いて、良質で快適かつ安全な暮らしは保証される。領主が領民を大切に扱うのは当然のことだろう?〟──って。」
「イヤな子供だなぁ」
「でしょ! ──で、それでも食い下がる私にお子様子爵が言うわけよ。〝ならば勝負だ! フトウフクツに異論はあるか〟って。だから私は言ったわよ。〝あるに決まってんでしょ!〟〝では話にならん。おまえだけ立ち去れ〟〝卑怯者! フトウフクツってなんなのさ〟〝なんだとぉー! あ、いや……フン! 卑怯者とは失礼千万なヤツめ。フトウフクツとは何かだって? ……いいだろう、おまえの考えを言ってみるがいい。正解の時だけ返事をしてやる〟──って、 え ら そ う に 」
「お初さん、落ち着いて」
「私は答えたわ。〝……倒れては、いけない〟〝正解だ〟〝…………〟〝どうした? それだけか?〟〝不撓不屈って、どんな苦境や難局にも曲がらず、屈しないことでしょ!〟〝それも正解だ〟〝はぁ? じゃあ倒れてはいけないってのはなんなのよ! 不倒じゃ字が違うじゃない!〟〝んふふ〜♪ 質問には答えない〟── な に 笑 っ て ん の よ ! ──〝さぁさぁ、それで終わりか? どうするんだ、勝負か? 立ち去るか?〟って、子爵は畳み掛けてきたわ」
「 は ら た つ な 」
「落ち着け、バンチヨ。実際、腹も立ったけど、不安がっている人達がすぐそこにいて、置き去りになんて出来るわけがない。だから私は勝負を選んだの」
それでこそお初さんだぜ!
「互いに名乗り合って、例の異論が有る無しの問答の後、〝いざ〟の合図で地面に青い光、勝負が始まったわ。子爵も鎧で武装していたのだけれど、ズルいのよアイツ!」
「ズルい?」
「勝負が始まった途端に両肩から長ーい絨毯みたいなマントが出て来て、しかもそれが浮いてるの! その上に乗ってるもんだから〝地面の上〟には倒れなかったのよ!」
「倒せたの!?」
「一回だけ。あと少しだったんだけど……とうとう魔素が尽きたみたいで、魔技は殆ど使えなくなった……。結局私は倒されて、今度は二頭身になってしまったの。」
に、二頭身か……。
「あの人達も……一緒に連れては出れなくて……元気だといいな……」
「……そう……だったのか……」
「子爵のヤツ、倒されそうになったからって、物凄い剣幕で私を追い出したわ」
「最後は……男爵か」
「 そ う ね 男 爵 ね 」
「お初さん、男爵が一番嫌いでしょ」
「 あ れ ? よ く わ か っ た ね 」
コワイ。その笑顔コワイから。
「子爵に倒されて、私は門まで下りて来た。そうしたら、わざわざそこで待ち構えていたのよ」
「待ち構えてた!?」
「ええ。〝ガーテ男爵〟がね」
ガーテ、男爵……。
「私はただ外へ出ようとしただけなのに、男爵が一方的に勝負を仕掛けて来たの」
「え!? 名乗り合いや問答無しで!?」
「男爵が勝手に名乗っただけで、問答は無かったわね。正に問答無用ってやつよ。万超も覚えておくといいよ。アイツらはそういうことだって出来るって」
「……わかった。覚えとく」
「伯爵や子爵はそれでも、形式ってものを大事にしてたのかもね」
「なるほど……」
「で……男爵なんだけど、今にして思えば見せしめのつもりだったのかもしれない」
「見せしめ?」
「自分たちに歯向かった者がどうなるか。門前街にも人が結構いたもの。私がどうこうじゃなくて、その人達に向けたパフォーマンス」
「そ……んなこと……」
「でも聞いて! 私は倒したんだよ! 一回だけ!」
「え゛っ!? 二頭身の体で!? スゴイ!」
「そう! 門の外にはまだ魔素が残っていたの! 私にも意地があったからね!」
「おおっ!」
「でも! 男爵のヤツ、倒れたくせに……私の勝ちにはならなかった」
「なんで!?」
「それは私のセリフ! ズルよズル!」
そんな卑怯なことってあるか!?
「倒した筈なのに勝負は続行、持久戦になって……魔素もどんどん減っていって……私は倒されて、今のこの姿に……」
「お初さん……」
「男爵の笑い声、今思い出しても 腹 が 立 つ !」
気持ちわかるぜぇ! お初つぁん!
「そしてこの姿になると、倒れることが出来ない──倒れても転がったと見做されるから、もう二度と勝負を挑めないって……」
「元に戻る方法は……ない?」
「男爵は言ったわ。〝諦めればいい〟──と。〝撓まず、挫けず、屈しない限り、不撓不屈は貴様の呪詛たらん〟──って」
「呪詛……」
「〝潔く観念して我らが軍門に降るならば、その呪われた姿は立ち所に、元の体へと戻るだろう〟だってさ……」
うん。俺も男爵 嫌い。
「多分だけど……魔帝は〝フトウフクツ〟という言葉で世界を縛ったんじゃないかな。恐らく心願様の神力を利用しているんだと思う。問題は──どういう意味合いの〝フトウフクツ〟が、誉で、罰で、祝福で、呪詛なのか、全部は判明していないってこと」
「今、お初さんのおかげでわかっているのは、倒されると頭身が下がる〝不倒〟と、諦めない限り呪いが解けない〝不撓不屈〟くらいか……」
「──そうだね……」
「でも、俺が意外だったのは命を奪おうとはしないってことだな……」
「私はそこがミソなんだと思う」
「肝心要ってこと?」
「そう。もしも、大勢の人が家族や仲間を失えば、当然、失われた数だけ恨みは増えていく。でも生きていれば……諦めさえすれば、支配を受け入れることにはなっても姿は元に戻るし、禍根は残りにくい。実際、アイツらは領民を大切にしているらしいの。それに、なんだか便利な技術で、日々の生活が今までより楽だって評判らしくて……。そんな噂がどこからか広がって、門前街には各地から集まった入国希望者が溢れてるって話だし……」
お初さん視線が地面へと落ちる。
「……私には信じられないや」
俺は、思い出していた。俺なんかと話す女神様の楽しそうな顔を……。
別れ際の淋しそうな笑顔を……。
「俺も。だって、それって女神様の不自由の上に成り立っていることでしょ?」
「──!! そう! 私もそう思ってる! バンチヨ! アンタ話がわかるじゃない!」
「それに、お初さんは凄いよ。今でもまだ〝その姿〟ってことは、ずっと心が折れなかった証でしょ? 五年もの間、ずっと」
「そ……そんなこと、ないって……。私なんて、ホラ……なんの役にも、立たなかったし さ……」
「そんなことあるって! 女神様を想って……何とかしたくて、ずっと耐えて来たんでしょ?」
「……………………」
「……? お初さん?」
見ると……お初さんは大粒の涙を流していた。
な、なにか傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか!?
「ご、ごめん! 俺──」
「嬉しいなぁ…………嬉しいなぁ…………」
「……お初……さん?」
「みぃ〜〜」
爪がお初さんにそっと寄り添う。
「ありがとね……ソウチョー」
……と、爪の字を優しく撫でながら……
「万超もさ……ありがと」
──そう言って、『キュッピキュッピ』という足音と共に、俺へとやおら歩み寄り……
「もー! 褒めても何にも出ないんだからね!」
──と、言うや否や俺の足をベッチンベッチン叩くのだった。こ……この扱いの差は一体……。
『ぐぅぅぅぅぅ〜』
あ……腹が鳴ってしまった……。
「お腹空いてんの?」
「みぃー!」
「爪刀も? 何も出ないなんて言ったけど、食べるものなら少しはあるよ」
「え? いいの?」
「いいよ。爪刀は……なに食べるんだろ? ま、とりあえず〝八百万樹〟まで戻りましょ」
「やおよろじゅ?」
「さっきまで私達がいた大きな樹のことよ。はやく はやく」
──そう言って、爪刀と並んで歩くお初さんの表情はとても明るく、先ほどの泣き顔からは想像もつかないくらいの、晴れやかな笑顔だった。




