第11話 渾名・通り名・二つ名
睨まれている……謎の生き物(?)に……。
その変な生物(?)の外見はというと、大きさはサッカーボールくらいの球体。小枝の様に細っこい腕と足が、ニュッと生えている。上部、下部には恐らく髪と服? が、クレヨンを使ったお絵かきみたいに描かれている。そして中央の部分なのだが……これは表現が難しい……。〝福笑い〟の眉、目、鼻、口をペタリと貼り付けたとしよう。それが5〜10センチ程、浮いた状態で……表面から離れた位置で固定されている……そんな生き物(?)なのである。
瞳は動くし、瞬きもしている。話せば口も開くし閉じるし……。
その丸い人(仮)は訝りながら俺をジロジロと観察し、警戒をしているのか寄っては来ない。
「見た所、〝魔邪者〟ってわけじゃなさそうね……」
……マジャモノ?
「で、アンタ何? 変な格好以外は普通の人間に見えるけど、こんな場所に何の用? 私を笑いにでも来たっての?」
「笑う? ──いや、自分はその……ちょっと遠い所から来た者で……」
「……………………」
……すんごいじーっと見られてる……。
「何しに?」
「目的地はここじゃなくて……あの……心願の女神様をお救いする為に……」
「はぁ? アンタが心願様を!? 何でよ」
「それは……えーと、女神様と約束したので……」
「心願様と話したの!? いつ!?」
グ……グイグイ来るな、この人(?)……。
「さっきというか……なんというか……」
「そんなわけないでしょ! 心願様は、魔帝の野郎に取っ捕まっちゃっているんだから!」
女神様を心願〝様〟と呼んで、魔帝の〝ヤロー〟ってことは、この人(?)は敵ではない……というか、少なくとも魔帝側に与する者ではないってことか……。
……はっ!
そうだよ、誰が敵で誰が味方かも分からないのに、女神様を助けるなんてあっさり口にして、軽率もいいところだぞ 俺! 観光に来たんじゃない! 何を浮かれているんだ!
『 バチーン! 』
自分で自分の両頬を、平手で思い切り引っ叩いた。
「何してんの」
「ちょっと、気合の入れ直しを」
「……それで、どこで会ったの」
「ここに来る途中で……」
嘘ではない。
「………………」
「………………」
「心願様はどんな姿だった」
「え……と、髪の両サイドが上に……こう、逆立ってて、長い純白のドレスの様な……それで、赤い紐が……」
──と、身振り手振りを交えて特徴を伝える。
「ふーん……」
お? 警戒感が少し和らいだような……。
「どんな話をしたの」
──どうする……自分が死んで生きてるっていう〝理〟の事も言うか? いやでも、それってこの異世界の常識で、みんなが知っているような事なのだろうか……。もし、そうではないのなら説明がややこしくなるし、上手く伝える自信はゼロだ。ヨシ、それ以外の話で何とか信じてもらおう。
「魔帝に封じられている……ということとか……」
「…………」
……じーっと見てる。
「普段は18メートルとか……」
「…………盛って言う時のやつだ……」
「ドヤ顔」
「…………よくする……」
「思念だけで顕現したから、小指くらいの大きさだったり……」
「……思念で……」
「えーと、願いの強さに……可能性を感じた……とか」
「へー」
「……あと……威厳がなくなるって人の子に怒られたとか……」
「────!」
あれ? なんか驚いてる?
「……アンタ、心願様を救うって本気なの?」
真剣な表情だ。
「 本 気 」
俺は真っ直ぐ見つめ返して、そう答えた。
この覚悟に一点の曇りもない。
謎の人(?)は、「ふぅ」──と、ひとつ息を吐いて、
「どうやら心願様と会って話したのは本当みたいだね」
──そう話す声音は、随分と穏やかになっていた。
「信じて……もらえたのかな?」
「信じるよ。だってその怒った人の子って私だもん。あの時は二人きりだったから、それを知っているのは心願様と私だけだし」
人の子って……。
「あのー、君は……人間……なの?」
「………………」
「………………」
「 人 間 に 決 ま っ て る で し ょ ! しっつれいね!」
「ああっと……いや、君みたいな人を初めて見たもんで……」
ひょっとして、この世界の人間って全員こういう感じだったりする!? 俺の方が普通じゃないとか!?
「この姿は魔帝の野郎の〝呪い〟のせいだよ!」
の、呪い!?
「アンタ本当に知らないの? いや……遠くから来たって言ったよね……。もしかして、すっごい僻地の田舎者……とか?」
──これだ!
「そ、そう! ここの事、何にも知らない田舎者! その知らなさたるや赤子の如し! 田舎っぺの赤ん坊だと思って色々教えて欲しい!」
「赤ん坊って、アンタね……」
「 ば ー ぶ ー ! 」
「あははっ。 全 っ 然 可愛くない」
「 ばぁーー ぶぅーー ! 」
「わかった! わかったからそれをやめなさいって!」
「ばぶ!」
「まったく、変なヤツね……それでえーと、教えるのはいいけどアンタの……」
「あ、自己紹介がまだだった。俺の名前は──
「ちょっと待ったぁぁ!!」
「……え?」
「アンタさ……田舎者なんだよね?」
「うん。紛うこと無き、田舎者」
「色々良く分かってないんだよね?」
「ばぶ」
「今、本名を名乗ろうとした?」
「え……したけど……」
「やっっぱり! あのね、本当の名前、〝真名〟ってのは家族とか親しい人にしか明かさないものなの!」
「そうなの!?」
「そうなの!」
そういえば昔の……武士の時代とかに、そんな風習があったって聞いたような……。〝諱〟……だっけ? 忌み名ともいわれて生前、無闇に呼ばれたり、他人に明かしたりすることは憚られたとかなんとか……。
「あっぶないわねー。人によっては 真名を明かされた = プロポーズ ってなるから気をつけなさいよ!」
「 プ ロ ポ ォ ズ !? 」
「初対面で求婚とか正気を疑われるか、馬鹿にされたと思ってぶっ飛ばされるわよ」
「た、確かに……でもそれじゃ、どう呼び合えば……」
「それは当然〝渾名・通り名・二つ名〟でしょ。自称でも、他人からの呼名でもいいし。アンタも何かあるでしょ?」
渾名かぁ……。あるにはあったけど……。
「お、その表情、あるって顔だね。自称? 他人から?」
「他人から……」
いや、でもな……。
「なによ、言い辛いの? 大丈夫、変なのでも笑ったりしないから」
これ、絶対に笑う前フリだよな……。
「ロ……」
「ロ?」
くぅ! やはり小っ恥ずかしい! ──目をギュッと瞑り、一息に告げる!
「 ロンリーウルフ番長! 」
………………。
……あれ? 反応が無い? 片目だけ開いてみると、丸い人(仮)は驚いた表情でワナワナと震えている……。んん? 溜めてからの大爆笑……いや、失笑か?
「万……超えし……孤高の……狼……」
え? なんて? よろず……こえし……?
……………………。
万 超 !?
字 が 違 う !
「しかもそれを他人から渾名されるなんて……。ふっ、恐れ知らずの無頼漢ってトコかしら……。心願様を救うっていうのも伊達じゃないってコトね」
「いや……ジガチガウ……」
「わかったわ! アンタは〝 万 超 〟ね!」
「ジガ……」
「ヨロシク! 万 超 !」
決 定 し て し ま っ た よ う だ 。
「──で、ずっと気になってたんだけど、その可愛い生き物は?」
「子猫のこと?」
「 ね こ !? 」
──うおっ、びっくりした。急に大声出して……どうしたんだ?
「初めて見た──っていうより、絶滅してなかったんだ!」
「ぜ、絶滅!?」
「大昔、猫は〝神獣〟って呼ばれてたのよ! 愛らしくも猛々しい神々の懐刀とも!」
──懐刀!?
「その爪は、どんな業物の名刀よりも鋭い切れ味を誇ったという……付いた二つ名は爪の刀で〝 爪 刀 〟! この子、爪刀って呼びたい! 呼んでいい? いいよね!」
「俺は……いや、俺よりも子猫はどう思っ……」
『ゴロゴロゴロ……』
「わぁ! 気に入ったみたい! かわいいねぇー!」
……喉を鳴らして懐いている!? お……お前って奴は……!
「万超と爪刀か。──ヨロシク! 私は……」
…………。
「……えっと……」
…………?
「私は……」
…………なんだか、すごく悲しそうな顔をしている……。
「私の呼名は万超、アンタが決めなさい!」
「ええっ!? なんで!?」
「なんでもいいから!」
「でも俺、君のこと全然知らないし!」
「だ か ら、それが良いんだって! ホラッ! 直感で!」
──どうする! ああ言ってるけど、気に入らなければ絶対怒るぞ! 多分!
まるっ子、 玉っちょ、 コロリンパ、 福笑いちゃん……ダメだ! 間違いなくぶっ飛ばされる!
「どしたぁ。ヘイヘイ、バンチヨォー」
ええい、気が散る! 異世界に来て〝初〟めて出会った人(?)だから……初……初ぅ……
サアアアァ
……風。
──初 風。
確か新年の季語で、新たな年に吹く最初の風。新たな命、新たな世界、始まりの風が吹く丘で出会った最初の人(?)! これは良いんじゃないだろうか!
「え、と……〝初〟めて会って……今……いい〝風〟も吹いたことだし……は……〝 初 風 〟とか……どうスか……?」
「………………」
「………………」
「いいじゃん! 全員に〝刀〟って字も共通してるし、やるじゃん!」
──良かった! もちろん、そこまで考えてはいなかったけれど!
「まぁ私、刀とか使ったことないけどね」
俺も。小学生の時に剣道やってたくらいで……竹〝刀〟なら多少は……。
こうして、俺達、それぞれの呼称が決まった。……決まってしまった。
万超、爪刀、そして初風さん……〝お初さん〟って呼ぼうと思ってる。
万超なんて身の程知らずな感じもするけれど、女神様をお救いする覚悟の証としてなら、この名は相応しいのかもしれない。初心忘るべからずってやつだ。
「──で、万超と爪刀は、心願様を助けに来たんだよね?」
「是が非でも」
「それには魔帝を倒さなきゃいけないわけだけど、何処にいるか知って、ここにいるんだよね」
フルフルと首を振る。
「はぁー、やっぱりかぁ。変なヤツだなぁ。ちょっとこっち来て」
そう言って、お初さんが丘を上り始めたのだが……
『 キュピッ キュピッ 』
足 音 が お か し い で しょ !
「お 初 さ ん!」
「え!? なに!? それ私のこと!?」
「そう! そしてその足音どーなってんの!?」
「ああ、これね……この姿になってからこうなのよ。アッタマくるよ、ホント。文句なら魔帝の野郎に言ってよね!」
「でも、さっきお初さんが現れた時、そんな音しなかったけど……」
「それはそうでしょ。バレないように転がって近付いたからね」
「転がっ……! な、なるほどぉ」
そうして、お初さんはプリプリと怒り、一方でキュピキュピとファンシーな足音を立てながら丘を登っていく。
俺と爪の字もその後に続く。下駄がしんどいぜ。
そして登り切った先で、お初さんは遠くを見遣り、言った。
「魔帝がいるのは……あの天辺だよ」
「────ッ!?」
見ると──遥か向こうに……とてつもなく巨大な……山のように大きな建造物が聳え立っていた。
あの頂上に……魔帝が……そして女神様が──!?




