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対月曜日撲滅部隊

作者: こし餡
掲載日:2025/10/26

対月曜日撲滅部隊 ―Anti-Monday Division―


作者:こし餡



午前七時三十分。

鈍いアラームが、まるで遠くの警報のように鳴り響いた。

「ピピピピ――ピピピピ――」

黒瀬陣は、重たいまぶたを開く。

視界に映るのは、薄灰色の天井。

壁のカレンダーには、忌まわしい“月”の文字。

――月曜日。


喉の奥に鉄の味が広がる。呼吸をするたび、肺の内側が軋む。

これはただの憂鬱ではなかった。

陣は、“月曜日症候群”の末期患者だった。


週の始まりに発症する精神異常。軽度なら倦怠感。

中度なら幻覚。

そして重度になると、“月曜日に殺される”という幻視にまで至る。

発症率は国民の98%。この国では、誰もが月曜を恐れて生きている。

政府はその脅威を「月曜災害」と呼び、極秘に一つの部隊を設立した。

その名も――特別対曜日戦闘課・対月曜日撲滅部隊(A.M.D)。


陣はその創設メンバーであり、そして唯一“月曜日に適応した人間”だった。

彼の心臓は、月曜の朝にしか動かない。

その異常な肉体は、彼が“戦うために生かされた存在”であることの証だった。



午前八時五十五分。

市ヶ谷、特管庁舎の地下五階。

冷たい蛍光灯の下、モニターが青い光を放っている。

スクリーンには、全国の監視映像が映し出されていた。

月曜日の朝、電車のホームで倒れる通勤者。

会社の前で消える影。

そして、見えない“圧力”に押し潰されるように崩れ落ちる人々。


「今週の発症率、九十八・七パーセント。先週より上昇しています」

報告を読む部下の声も、どこか虚ろだった。

陣は深く息を吸い込み、机の上の封筒を開いた。

中には、青く染まった“月”の紋章。


それは非常命令《Blue Monday》。

月曜日そのものが“意思”を持ち、実体化したときにだけ発動される。

陣の胸の奥が冷たく鳴った。

「……ついに来たか」



正午。

都心上空。

空が裂けた。


黒い雲の中心から、淡い青光を放つ“人影”が現れた。

銀髪、蒼白い肌、そして瞳に浮かぶ“AM 00:00”の数字。

それは――人類が吐き出した月曜への憎悪の集合体。

ルナ=モンダイ。

“月曜日”という概念が、絶望の形を得た怪物。


「ワタシハ ツキノヨウニ ウマレ、ヒトノ ネガイカラ ツクリダサレタ。

 ソレガ、“月曜日”――」


その声を聞くだけで、心が締めつけられる。

周囲の時間が凍りつき、世界が青く染まっていく。

「……実体化を確認。感情波、八十八ヘルツ。“通勤ストレス”由来です!」

分析班の水無瀬璃音が叫ぶ。

彼女の声も震えていた。


陣は拳を握った。

「対月曜日撲滅部隊、出撃!」



コンクリートの床に響く、五人の足音。

それぞれのスーツが光を帯び、異なる曜日の力を宿す。


火村紅蓮――《Tuesday Flame》。燃える闘志で街を照らす。

水無瀬璃音――《Wednesday Wave》。冷静な知性で戦況を制御する。

木嶋葵――《Thursday Leaf》。生命と癒しを司る緑の力。

金堂陽――《Friday Shine》。希望を灯す黄金の光。

土門雷――《Saturday Strike》。週末の自由そのものを拳に宿す。

そして黒瀬陣――《Monday Slayer》。

月曜を殺すために生まれた兵士。


六人が一列に並ぶと、世界の空気が変わった。

彼らの呼吸が、まるでカレンダーの秒針のように同期する。

「全員、準備完了!」

「出撃!」

陣の声と同時に、エレベーターが地上へと上昇した。



午後一時二十五分。

渋谷スクランブル交差点。

群衆が一瞬で“止まった”。

空気が凍り、青光が世界を包む。

ビルの壁面に、巨大な月の幻影が映る。


ルナ=モンダイが浮かぶ。

「オマエタチハ、週ヲ否定スル者。

 週ノ秩序ハ、我ナシデ成立セヌ」


陣は銃を構えた。

「お前がいなくても、世界は回る!」

「ムダダ。週ハ、ワタシノ中ニアル」


ルナが腕を上げる。

空中に無数のカレンダーが浮かび、それぞれの日付が刃となって飛ぶ。

切り裂かれたビル、吹き飛ぶ車。

だが隊員たちは怯まない。


紅蓮が叫ぶ。

「火曜の炎、燃えろォォ!!」

爆炎が渋谷の空を照らす。

雷鳴が重なり、金堂が拳を叩きつけた。

「金曜閃光ッ!」

黄金の閃光が怪物を貫く。

しかし、再生。

「人ノ休息ハ、ワタシナシデ成立セヌ」


璃音の分析が続く。

「やっぱり、“週”そのものを構成してる。破壊しても無意味です!」

「……なら、取り戻すしかない。日曜日を」

陣の言葉に、全員がうなずいた。



翌朝。

世界から“日曜日”が消えた。


カレンダーは「月、火、水、木、金、土、月」と続いていた。

子供たちは泣き、会社員は崩れ落ちた。

誰も休めず、誰も夢を見られない世界。


「奴は……人類の希望を喰ったんだ」

陣は壁を殴る。血が滲む。

「休みのない世界は、地獄だ」


璃音が、机の上に図面を広げる。

「希望を取り戻すには、“曜日感情”を逆転させるしかない。

 負の感情を正の力に変換する装置――“反曜日炉(AWR)”を起動する」


だがその動力には、“膨大な希望”が必要だった。

璃音は静かに言う。

「黒瀬少佐、あなたの心臓――“月曜エネルギー”を使うしかありません」

「……つまり、俺が死ぬ」

「ええ。でもあなたの死が、世界を休ませる」


陣は笑った。

「悪くない終わりだ。月曜に生まれ、月曜に死ぬ。上等だ」



群青の空が広がる。

廃墟となった渋谷の上空に、再び“月”が浮かんだ。

ルナ=モンダイが、蒼い光の中で人の形を変える。

「月曜ナシデ、世界ハ回ラヌ。

 人ハ、始マリヲ恐レ、終ワリヲ乞ウ」

陣は歩を進める。


「……恐れてなんかいない。

 俺たちは、“始まり”を選ぶんだ!」


反曜日炉が起動。

世界中から“願い”が集まってくる。

〈あと5分寝たい〉

〈日曜がもう1日あれば〉

〈でも、明日は頑張りたい〉

小さな希望の欠片たちが、光となって陣の胸の中に流れ込む。


ルナ=モンダイが叫ぶ。

「幻想ハ、現実ヨリ強イ!」

「なら、現実を見せてやる!!」


陣はスイッチを押した。

まばゆい閃光が世界を包み込む。

青が白へ、白が金へ、そして――カレンダーの上に“日曜日”が戻った。



静寂。

風の音だけが残る。

渋谷の中心で、黒瀬陣の姿は消えていた。


一週間後。

庁舎の机の上に、1冊のスケジュール帳が置かれていた。

中には彼の筆跡。

「月曜日、もう怖くない。

 始まりは、誰かの希望であってほしい。」


対月曜日撲滅部隊は解散。

しかし世界は少しだけ穏やかになった。

人々はまた月曜を迎える。

誰かが眠い目をこすりながら出勤し、

子供たちは学校を嫌がりながらも笑って歩く。

それが、陣たちが守った“奇跡”だった。


春。

ある街角。

少女が空を見上げてつぶやく。

「ねぇ、“月曜日”ってさ――」

「うん?」

「ちょっと嫌だけど、でもなんか、新しい気がして好きかも」


風が吹く。

遠くの空で、微かな声が聞こえた。

「……それでいい。

 また、始めよう――」


青い月が、微笑んでいた。



【完】


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