対月曜日撲滅部隊
対月曜日撲滅部隊 ―Anti-Monday Division―
作者:こし餡
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午前七時三十分。
鈍いアラームが、まるで遠くの警報のように鳴り響いた。
「ピピピピ――ピピピピ――」
黒瀬陣は、重たいまぶたを開く。
視界に映るのは、薄灰色の天井。
壁のカレンダーには、忌まわしい“月”の文字。
――月曜日。
喉の奥に鉄の味が広がる。呼吸をするたび、肺の内側が軋む。
これはただの憂鬱ではなかった。
陣は、“月曜日症候群”の末期患者だった。
週の始まりに発症する精神異常。軽度なら倦怠感。
中度なら幻覚。
そして重度になると、“月曜日に殺される”という幻視にまで至る。
発症率は国民の98%。この国では、誰もが月曜を恐れて生きている。
政府はその脅威を「月曜災害」と呼び、極秘に一つの部隊を設立した。
その名も――特別対曜日戦闘課・対月曜日撲滅部隊(A.M.D)。
陣はその創設メンバーであり、そして唯一“月曜日に適応した人間”だった。
彼の心臓は、月曜の朝にしか動かない。
その異常な肉体は、彼が“戦うために生かされた存在”であることの証だった。
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午前八時五十五分。
市ヶ谷、特管庁舎の地下五階。
冷たい蛍光灯の下、モニターが青い光を放っている。
スクリーンには、全国の監視映像が映し出されていた。
月曜日の朝、電車のホームで倒れる通勤者。
会社の前で消える影。
そして、見えない“圧力”に押し潰されるように崩れ落ちる人々。
「今週の発症率、九十八・七パーセント。先週より上昇しています」
報告を読む部下の声も、どこか虚ろだった。
陣は深く息を吸い込み、机の上の封筒を開いた。
中には、青く染まった“月”の紋章。
それは非常命令《Blue Monday》。
月曜日そのものが“意思”を持ち、実体化したときにだけ発動される。
陣の胸の奥が冷たく鳴った。
「……ついに来たか」
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正午。
都心上空。
空が裂けた。
黒い雲の中心から、淡い青光を放つ“人影”が現れた。
銀髪、蒼白い肌、そして瞳に浮かぶ“AM 00:00”の数字。
それは――人類が吐き出した月曜への憎悪の集合体。
ルナ=モンダイ。
“月曜日”という概念が、絶望の形を得た怪物。
「ワタシハ ツキノヨウニ ウマレ、ヒトノ ネガイカラ ツクリダサレタ。
ソレガ、“月曜日”――」
その声を聞くだけで、心が締めつけられる。
周囲の時間が凍りつき、世界が青く染まっていく。
「……実体化を確認。感情波、八十八ヘルツ。“通勤ストレス”由来です!」
分析班の水無瀬璃音が叫ぶ。
彼女の声も震えていた。
陣は拳を握った。
「対月曜日撲滅部隊、出撃!」
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コンクリートの床に響く、五人の足音。
それぞれのスーツが光を帯び、異なる曜日の力を宿す。
火村紅蓮――《Tuesday Flame》。燃える闘志で街を照らす。
水無瀬璃音――《Wednesday Wave》。冷静な知性で戦況を制御する。
木嶋葵――《Thursday Leaf》。生命と癒しを司る緑の力。
金堂陽――《Friday Shine》。希望を灯す黄金の光。
土門雷――《Saturday Strike》。週末の自由そのものを拳に宿す。
そして黒瀬陣――《Monday Slayer》。
月曜を殺すために生まれた兵士。
六人が一列に並ぶと、世界の空気が変わった。
彼らの呼吸が、まるでカレンダーの秒針のように同期する。
「全員、準備完了!」
「出撃!」
陣の声と同時に、エレベーターが地上へと上昇した。
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午後一時二十五分。
渋谷スクランブル交差点。
群衆が一瞬で“止まった”。
空気が凍り、青光が世界を包む。
ビルの壁面に、巨大な月の幻影が映る。
ルナ=モンダイが浮かぶ。
「オマエタチハ、週ヲ否定スル者。
週ノ秩序ハ、我ナシデ成立セヌ」
陣は銃を構えた。
「お前がいなくても、世界は回る!」
「ムダダ。週ハ、ワタシノ中ニアル」
ルナが腕を上げる。
空中に無数のカレンダーが浮かび、それぞれの日付が刃となって飛ぶ。
切り裂かれたビル、吹き飛ぶ車。
だが隊員たちは怯まない。
紅蓮が叫ぶ。
「火曜の炎、燃えろォォ!!」
爆炎が渋谷の空を照らす。
雷鳴が重なり、金堂が拳を叩きつけた。
「金曜閃光ッ!」
黄金の閃光が怪物を貫く。
しかし、再生。
「人ノ休息ハ、ワタシナシデ成立セヌ」
璃音の分析が続く。
「やっぱり、“週”そのものを構成してる。破壊しても無意味です!」
「……なら、取り戻すしかない。日曜日を」
陣の言葉に、全員がうなずいた。
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翌朝。
世界から“日曜日”が消えた。
カレンダーは「月、火、水、木、金、土、月」と続いていた。
子供たちは泣き、会社員は崩れ落ちた。
誰も休めず、誰も夢を見られない世界。
「奴は……人類の希望を喰ったんだ」
陣は壁を殴る。血が滲む。
「休みのない世界は、地獄だ」
璃音が、机の上に図面を広げる。
「希望を取り戻すには、“曜日感情”を逆転させるしかない。
負の感情を正の力に変換する装置――“反曜日炉(AWR)”を起動する」
だがその動力には、“膨大な希望”が必要だった。
璃音は静かに言う。
「黒瀬少佐、あなたの心臓――“月曜エネルギー”を使うしかありません」
「……つまり、俺が死ぬ」
「ええ。でもあなたの死が、世界を休ませる」
陣は笑った。
「悪くない終わりだ。月曜に生まれ、月曜に死ぬ。上等だ」
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群青の空が広がる。
廃墟となった渋谷の上空に、再び“月”が浮かんだ。
ルナ=モンダイが、蒼い光の中で人の形を変える。
「月曜ナシデ、世界ハ回ラヌ。
人ハ、始マリヲ恐レ、終ワリヲ乞ウ」
陣は歩を進める。
「……恐れてなんかいない。
俺たちは、“始まり”を選ぶんだ!」
反曜日炉が起動。
世界中から“願い”が集まってくる。
〈あと5分寝たい〉
〈日曜がもう1日あれば〉
〈でも、明日は頑張りたい〉
小さな希望の欠片たちが、光となって陣の胸の中に流れ込む。
ルナ=モンダイが叫ぶ。
「幻想ハ、現実ヨリ強イ!」
「なら、現実を見せてやる!!」
陣はスイッチを押した。
まばゆい閃光が世界を包み込む。
青が白へ、白が金へ、そして――カレンダーの上に“日曜日”が戻った。
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静寂。
風の音だけが残る。
渋谷の中心で、黒瀬陣の姿は消えていた。
一週間後。
庁舎の机の上に、1冊のスケジュール帳が置かれていた。
中には彼の筆跡。
「月曜日、もう怖くない。
始まりは、誰かの希望であってほしい。」
対月曜日撲滅部隊は解散。
しかし世界は少しだけ穏やかになった。
人々はまた月曜を迎える。
誰かが眠い目をこすりながら出勤し、
子供たちは学校を嫌がりながらも笑って歩く。
それが、陣たちが守った“奇跡”だった。
春。
ある街角。
少女が空を見上げてつぶやく。
「ねぇ、“月曜日”ってさ――」
「うん?」
「ちょっと嫌だけど、でもなんか、新しい気がして好きかも」
風が吹く。
遠くの空で、微かな声が聞こえた。
「……それでいい。
また、始めよう――」
青い月が、微笑んでいた。
⸻
【完】




