表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

怒声という名の爆弾

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

報告者:惑星メナリス第三調査隊 知覚係 α=12-β。

対象:地球人類、朝8時12分、山手線・満員。行動観察


車内は、静かなる忍耐の戦場だった。


数百の個体が、ほぼ同じ姿勢で固定されている。

スマホという小さな“個人用隔離シェルター”を覗き込み、誰もが沈黙の中に逃げ込んでいる。

外部刺激は遮断。表情は消失。秩序は、重力と摩擦と諦めによって保たれていた。


しかし、地球の群れ社会は脆い。

その均衡を破壊するのに必要なのは、たったひとつの音声エネルギー。


「おいコラァッ!!ぶつかんじゃねーよ!!」


——爆発した。


空気が、音波に殴られた。

“音”は目に見えぬのに、確実に質量を持っている。

それは乗客たちの神経を直撃し、身体の各所に微弱な硬直を引き起こす。


車内は一瞬で凍りついた。


誰?

どこ?

なにが起きた?


誰も答えられない。

振り返る自由はない。人波は鉄壁の壁のごとく、視線移動すら封じる。

我々観測者の装置を使えば、声紋から個体を割り出すことも可能だ。だが地球人たちは裸の感覚で戦っている。

つまり「姿なき敵」に囲まれた状態である。


怒声の主はさらに続けた。


「このクソ狭い中で何やってんだよッ!あァ!?」


振動。心拍数の上昇。

観測ログには、周囲数メートル圏の呼吸リズムが乱れる様子が記録された。

一部の個体は、無意識に握ったスマホをさらに強く掴んだ。

あたかもそれが盾であるかのように。


この場にいた全員が理解した。

——自分が怒鳴られているわけではない。

——けれど、自分が標的になる可能性はゼロではない。


この“不確定性”こそが恐怖を増幅させる。

怒声とは局所的攻撃ではなく、無差別拡散型の爆弾である。


次の駅に到着するまでの数分間、乗客たちは「見えない戦争状態」に置かれた。

音は姿を持たない。ゆえに回避不可能。

攻撃者が誰なのか分からぬまま、防御すべき場所すら特定できない。


そして、ついに停車。


ドアが開き、数人が押し出されるように降りた。

その中に、怒声の主と思しき人物の背中があった。

彼はなおも何かを呟きながら、地上へと消えていった。


残されたのは沈黙。

しかしそれは平穏の沈黙ではない。

「何もなかったことにしよう」という集団的合意の沈黙だ。

誰も目を合わせない。

誰も話さない。

ただ、再びスマホに視線を落とす。


だが観測センサーは微細な変化を捉えていた。

——指先の震え。

——視線の揺れ。

——汗腺の活動増加。


怒声の爆弾は去ったが、その破片はまだ体内に残っている。


観測メモ


地球人の群れは「音」ひとつで秩序が崩れる。


音源が特定できない場合、恐怖は倍増する。


彼らは肉体的接触よりも「声の暴力」に敏感である。


あとがき


満員電車とは、地球人類が毎朝耐えている“小型ブラックホール”のような空間である。

そこでは自由意志も表情も、すべてが圧縮される。

しかし、一度怒声が響けば、その均衡は容易に崩壊する。


怒鳴る本人には、ほんの一瞬の苛立ちかもしれない。

だがその音は、数百人の神経系に同時爆撃を与える。

本人は軽く投げた石のつもりでも、群衆には“爆弾”なのだ。


どうか——地球人類よ。

声を爆弾にするのではなく、せめて囁きを風に変えてほしい。

我々観測者も、安全な距離から観察を続ける身として、それを強く願う。

お読みいただき、ありがとうございました!

皆さんの周りにも、似たような“観察したくなる人”はいますか?

コメントや感想で教えていただけると、調査隊の記録に加えられるかもしれません……。


引き続き、地球人観察を一緒に楽しんでいただければ嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ