肩を貸す男、中田
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
記録者:惑星メナリス第三調査隊 共感分析班 Δ=02。
観察時間:地球時間 午前7時55分。
地点:某私鉄、7号車。
乗客数:限界。空気密度:やや湿度高め。
本日観測したのは、**“2人組に見える2人組ではない”**という、地球交通文化の妙である。
左の個体:眠そうな女性(前回の「眠り否認個体♀」と極めて類似)。
右の個体:スーツ姿、30代前後の男性。名札には「NAKATA」と記されていた。仮に中田と呼ぶ。
事件は、静かに起こった。
女は、座った瞬間から“寝てないふり”を始めたが、我々は知っていた。
そのまぶたはほぼ閉店状態。
顎はすでに下り坂。
5分後、頭部が緩やかに右(=中田)へ傾く。
中田は……動かない。
通常、こうした事態に遭遇した地球人は、
・少し身をずらす
・“立ち上がりたかったけど寝てるからやめといた”風を装う
・もしくは“圧を返す”という静かな抵抗に出る
のいずれかである。
だが、中田は違った。
彼は、微動だにせず、
そっと背筋を伸ばし、肩を調整し、“寄りかかりやすい角度”を提供したのだ。
——好みの女性であったのだろうか?と観測者は推測する。
そこに微細な「承諾」と、かすかな「よろこび」が混じっていた。
淡い好意という、人類特有の“理由なき優しさ”が働いた可能性がある。
観測者として断定は避けるが、その顔には確かに——
「まあ……悪くない」という柔らかな余韻が浮かんでいた。
中田はスマホを見ていた。
だがその視線は、もうほとんど内容を追っていない。
我々は検知した。
【脳内信号記録】
「あー、これは……肩、重いけど、まあ起こすのもな……」
「ていうか、寝たふりか。知ってるぞ、これ」
「でも、そんなに疲れてんなら、ちょっとぐらい、な……」
彼は、寝たふりを、見逃した。
それは“優しさ”と呼ぶにはあまりにも静かで、
“放任”と呼ぶにはあまりにも精妙な判断だった。
彼の肩に頭を預け、女は本格的に眠った。
寝息は浅い。たぶん、うっすら起きている。
だが中田は、何も言わない。
スマホを見ながら、わずかに顔を上げて、
揺れに合わせて肩を微調整していた。
——これは、完全に“人間対応型・半自動安眠装置”である。
目的駅に着くと、女は何もなかったようにスッと起きた。
中田を一瞥し、「あ、すみません…」というかすれた声を出して立ち上がった。
中田はにっこりもせず、ただ「いえ」と軽く頷いた。
そこに言葉は不要だった。
ただ肩だけが、すべてを受け止めていた。
■あとがき
地球人にとって、「肩」は武器にもなれば、
休息所にもなる。
中田のような存在は、特別目立つわけではないが、
混沌とした朝の列車において、
誰にも気づかれずに小さな秩序を守る者たちである。
優しさは声ではなく、
ほんの少しの“動かなさ”によって示されることがある。
彼は決して“支えた”とは言わない。
だが彼の肩は、確かに——
ひとつの小さな星を支えていた。




