寝てないのに寝過ごす女
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
記録者:惑星メナリス第三調査隊 睡眠文化部門 ε-11。
観察時間:地球時間 午前8時09分。
観測地点:某私鉄急行電車・上り方面。
本日、我々は、前回観察した個体——**「眠ってないふり女」**の行動を追跡した。
彼女は今日もいた。
座席の端、うつむき加減で、全神経を“起きてる風”に集中させていた。
だが、我々は知っていた。
その瞼の重さ。
その肩の揺れ。
そして、気配が完全に“夢の国”のそれであることを。
やがて彼女は、恒例の“ハッと起きて周囲を見回し、咳払いをしてごまかす”を3ターンほどこなしたのち、
完全に沈んだ。
その眠りは美しかった。
“敗北を認めてなお、降伏しない”という、地球人特有の誇り高き無意識に満ちていた。
しかし、ここで事件が起きた。
——目的駅、通過。
そう、乗り過ごしたのである。
次の駅が近づき、列車が減速。
そのとき彼女の目がスッ……と開いた。
車内アナウンス:「次は〜○○〜○○〜」
彼女は一瞬、理解が追いついていなかった。
脳がまだ「寝てなかった」前提で再起動している。
そして、次の瞬間——
**「えっ……!?」**という顔をした。
まさかの表情。
「私は寝てなかったはずなのに、なぜここに……?」という、
意識と現実のパラレルワールド錯覚現象が発生していた。
その様子を、我々は感情記録装置で正確に捉えた。
信号はこうである:
-【羞恥】45%
-【敗北感】38%
-【次の会議どうしよう】10%
-【認めたくない】7%
それでも彼女は、無言でイヤホンを直し、バッグを抱え、
「元々この駅で降りる予定でしたよ?」という新たなフェイク態度で
堂々とホームへと降り立った。
そう、それはある意味で、
地球人にしかできない芸当——
「敗北を敗北と見せない」技術。
■備考:
この個体は、降車後に軽く小走りをしていた。
その姿には、「バレていないふり」と「間に合え」の混合感情が表れていた。
まさに地球的。
■あとがき
この観察を通じて我々が得た教訓は一つ。
「起きてるふり」は、現実には勝てない。
しかし、それでも彼女は“起きていた”ことにして降りていった。
地球人類は、事実よりも“印象”を生きている。
そしてその印象を守るために、
今日もどこかで、誰かが寝過ごしているのだろう。
——誇らしく、寝たままで。




