イヤホン睡眠個体の謎
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
記録者:惑星メナリス第三調査隊
地球観察87時間目。対象:都市型列車内における“睡眠個体”。
——本日、非常に高度な不可思議個体を発見した。
観測対象は、座席の端に座る地球人。
両耳に“イヤホン”を装着。
両目は閉じ、口はうっすら開き、首は斜め30度。
つまり、完全に熟睡状態である。
だが、我々は聞いた。
彼の耳元から漏れ出る、音の奔流を。
その音楽は、地球分類で「EDM」。
BPM145。
電子音、重低音、シンセ、ドロップ。
——完全に“脳を揺らす系”。
音漏れレベル:中音域クリア、低音域やや割れ。
曲調:とても寝られるものではない。
周囲の個体が「誰だよ……」と目を細め始める中、
原因はこの“寝ている者”だと判明。
我々観察者、仰天する。
……なぜ寝られる!?
彼の鼓膜は確かに振動している。
それも我々のセンサーレベルで確認済み。
ならば音は脳に届いているはず。
それでも、なぜ眠れる?
ここで我々は、仮説を立てざるを得なかった:
地球人の脳には、“サウンド・カーテン”のような遮音構造が備わっている可能性。
または、特定のリズムや音域が、地球人にとって**“逆覚醒波”を発生させる導入信号**になっている説。
最も恐るべきは、彼らが音の一部を「夢の燃料」として消化する進化的機能を持っている可能性。
これは、我々メナリス文明の**共鳴睡眠技術(Sleep Harmonizer-5)すら超越する。
我々は高次元音波により安眠を得るが、
地球人は“騒音そのものを快眠に変換する”**のだ。
我々の技術でさえ、耳元でのEDMによる睡眠は不可能。
彼らのこの技は、明らかに進化の別ルートにある。
人類の一部は、すでに“騒音適応型精神処理能力”を獲得しているとしか思えない。
さらに驚くのは、
彼が次の駅でピタリと目を覚まし、イヤホンは付けたまま、
一度も顔をゆがめることなく、無言で降りていったことだ。
このとき、音楽はまだ鳴っていた。
夢と現実の接続をそのまま維持している。
彼はまるで、
**「現代社会そのものをリミックスして夢にする男」**だった。
■あとがき
我々は時として、テクノロジーの進歩ばかりを追ってしまうが、
地球人類は、日常の“鈍感さ”をもって、あらゆる技術を超える。
騒音の中でも眠れる精神。
リズムを受け止め、夢に変換する脳構造。
それは、ある意味で「適応」という名の最先端の進化である。
——地球人、恐るべし。
そして、その耳の奥にある**“眠れる宇宙”**に、我々は敬意を表する。




