25話 アルバイター未来
—東京・都内某所
「ごめんっ!!!マジすまん!」
みさきの遅刻謝罪芸に付き合わされても最早何も感じない。何故なら何時も遅刻するから。
「だめ。ジュース奢って」
「100円までなら!」
寝坊した癖に図々しい友達を小突きながら、私達は駅から歩いて今日の目当てである会場へと向かう。
「ねえねえ、そういえばTwetter見てる?今日のバイトめっちゃバズってたの!」
あいにく私は余りSNSを触らないので、バズってるのも見ていなければバズの凄さも分からなかった。
「ううん、見てない。けど大丈夫かな?そんなに応募する人いたら、お給料大変じゃない?確かステータス提出自体は応募者全員受けれるんでしょ?」
「なんか色んな所で求人出してたらしくてさ、内容も珍しいしネットで軽いお祭り騒ぎになってたんだ」
彼女自身もそのお祭りに参加しているからなのか、興奮気味に話す。
「考察とかしちゃってる人もいてさ、なんか超金持ちの石油王がステータスの力で不老不死になろうとしてるんじゃないかって!!ヤバくない?!」
私の友人はこの朝方からハイテンション絶好調だ。何処か冷めたところのある私とは、そういう面でも相性が良かった。
「まあ、どっちにしても私のステータスだったら今日提出して終わりだよ」
「むぅ~、連れないなー。顔だけ可愛くても愛嬌ないとモテないぞ?」
「余計なお世話どーも」
◆◆◆
会場に着くと、案の定沢山人がいた。年齢不問、超高単価。しっかり周知されているなら人が集まるのは必然だろう。
その性質ゆえか、集まっているのは私達の様な高校生、大学生に見える集団や比較的若い社会人風の人といった若者が非常に多い印象だ。
オフィス街のど真ん中にある高層ビルが今回の会場。少し早めに来た(みさきが遅れるのも見越して)が、もう既に人が集まっている。予定時刻になればもっと集まるのだろうか。今は皆、思い思いにビルの周辺で待機している。
「…あれっ?早乙女じゃん」
「…!!や、山田さんと一宮さんじゃないですか!」
驚いた。示し合わせもしないでクラスメイトと鉢合わせるなんて。
「おはよう。早乙女くんもバイトしに来たの?」
「ええ。ステータスを用いた何を始めるかは分からないですが、採用されれば僕の"鑑定"が成長すると思ったので」
そうだった。このクラスメイトの早乙女くん、"鑑定"という当たりスキルを持っているのだった。
私達の学校だけか分からないが、最近は良く「この職業は当たりだ」とか「このスキルは外れ」とか、そういう話題で皆常に持ちきりだ。
世間から「ワールド・アップデート」と呼ばれ出してるあの日から、もう1ヶ月近く経つ。中にはこの1ヶ月で新しいスキルを覚えた子もいた。ゲームの様に成長できるのが楽しいのか皆ステータスに夢中になっている。
「早乙女ももし採用されたらバ先一緒じゃん!!」
「みんな受かったら良いね」
「!!は、はい!是非お供したいと思ってます!」
ちなみに私の『粘魔従士』はびた一文もスキルレベルが上がっていない。だって、私のスキルの対象となるスライムが何処にもいないから。そもそも発動すら出来ないスキルのレベルが上がるわけがない。
元々期待はしていなかったが、スキルが発動できないことを知ったときは流石にショックだった。スライムを探して近所の河原を良く散歩していたのは秘密にしておこう。
「おっと、そろそろ時間じゃん?!なんか皆並び始めてるし、私達も並ぼ!!」
係らしき人が集団を整理し始めたので、私達もそちらへ向かう。
「野田コーポレーションのステータス提出に来られた皆様~!、待機場にご案内しますので、順番に入場をお願いしま~す!!」
「……っ!!」
「???早乙女くん、どうかした?」
「…いえ、何でもないです」
一瞬係員の方を見た早乙女くんが変な表情をした。
つられて私も係員の方を見るが…森人種のお姉さんだ。すんごい美形。しかも森人種に種族変化したってことは、漏れなく強い職業とスキルを持っているってことだ。羨ましい限りである。
みさきがこの前、隣の学校で森人種になった女の子の話をしていた。うちの学校にはいないが、森人種や鉱人種と言った亜人種への種族変化は、そこそこの数がいる獣人種よりもよっぽど珍しいらしい。確かネットではSランク種族とか言われて羨ましがられるんだっけ。
はは~ん、さては早乙女くん、あのお姉さんがタイプだったんだ。確かにアニメから出てきたみたいに綺麗な顔してるけど。女の私でも惚れてしまう気持ちが分かるくらい。
ステータス提出は既にオンラインプラットフォームで終わらせている。なので、今日は簡単な説明と質問で終わると思っていたが、この人数は……時間かかりそう。
この後みさきと遊びに行くつもりなのでスムーズに終わることを願うしかない。
どうやら、メールの方で整理番号を送ってくれたらしい。簡単に説明を受けた後番号で呼び出すということで、ビル内の広い会議室で私達は待機するよう言われた。
それにしても、先程から数名の職員さんを見かけたがほとんど森人種で少しビックリしている。
偶然にも複数の職員がレア種族の筈の森人種に種族変化した。そうだとしたら、一体どれほど天文学的な確率になるのだろう。
俄にそんなことが起こるとは思えないので、野田コーポレーションは「ワールド・アップデート」後に敢えて森人種を雇っているということになる。
元々有名な企業だったりするのかな?会場だってこんな高いビルだし……私が知らなかっただけ?
「ねぇ、この会社って…」
「201番から220番の方~、こちらからお進みくださ~い」
感じた違和感を2人に話そうとしたが、丁度私の順番が回ってきてしまった。
「ごめん、先に行ってくるね」
軽く2人に手を振って、私は部屋を後にした。
通された部屋は、仕切りで2つのスペースに区切られていた。質問を担当する職員さん?が座っている。多分仕切りの向こうにも同じような光景が広がっているだろう。
職員さんは、金髪の男性。甘いマスクにスラッとした手足。芸能人顔負けのイケメンだった。私と目が合うとニコッと微笑んでくれた。
「こんにちは。山田未来さん御本人でよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします。」
軽い挨拶を済まし、促されるままに目の前のパイプ椅子に着席する。
「それでは、只今から改めてステータスの確認と簡単な質問を幾つかしていきます。今回担当致します龍安寺と申します。よろしくお願いします。」
驚いた。絶対ハーフか外国の人だと思っていた。
若そうだけど、日本人の奥さんでも居るのかな?
「では、まず種族は人間種でお間違いないでしょうか?」
「はい。間違いないです」
「職業は『粘魔従士』?」
「はい、そうです」
「レベルの方が——」
ステータスの確認は、一つ一つ丁寧に行われた。
質問に答えながら思ったのだが、目の前のイケメンお兄さんが"鑑定"でも持っていない限り私が虚偽の申告をしても分からないのではないだろうか?
いや、別に私が嘘を付いたところでなんのメリットも無いのだが。
この質疑応答は、一度に呼ばれる人数を考えると20人単位で行われていることになる。今回の為に"鑑定"を所持する20人を集めたのだろうか。
「——以上で、ステータスの確認を終了とします。よろしければ質問の方に移らせていただきたいのですが、お手洗い等はよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
質問は多岐にわたった。
「スキルを発動したことはあるか?」「ステータスの恩恵を受けれているか?」といった質問から、「実はダンジョンに入ったことはあるか?」といったような切り込んだ質問まで。
「自分の職業に納得いっているか?もっと相応しい職業があると感じるか?」という質問には一瞬考え込んでしまった。結局は肯定で返したが。
「…では、質問は以上になります。本日はお忙しいところありがとう御座いました。日当報酬は約1時間後に御入金致しますのでもう少々お待ちください。お疲れさまでした。」
「ありがとう御座います。お疲れさまでした。」
微笑む掛けるイケメンお兄さんへお礼を伝えて、私は会場を後にした。
みさきがまだ時間が掛かるらしいので、小説でも読みながらカフェで待つことにする。
◆◆◆
(…?!ヴァンパイアヘリオス?!スペースエルフだけじゃなくて?!)
早乙女勇登は、今日何度目か分からない動揺に身体が固まってしまった。
「……?早乙女様、どうかした…しました?」
野田コーポレーション。安くはない費用を掛けてステータス情報を収集し出した奇妙な会社。現在日本中から注目されている新興企業。
元々ダンジョンやスキルと言ったゲーム要素が大好物のオタク。強力なスキルを獲得したこともあってか彼は非常に真剣に「ワールド・アップデート」へ向き合っていた。
そんな彼だから理解し得た。
新たな種族のアンロックを告げた先日のアナウンス。そして、今日見かけた職員のほとんど全てが件の種族であった事実。
ダンジョンに挑むことを禁じられている日本でどのような方法を用いたのかは想像もつかない。
しかし、この「新たな理」に関しての知識と強力なアドバンテージをこの組織は持っている。
今日のアルバイトも、何か大きな利益を生み出す事前準備なんだろう。また新たな種族でも増えるのか、はたまたもっと常軌を逸した出来事に繋がるのか。
驚愕、未知なるものへの畏怖、そして——抑えきれない高揚感。
早乙女少年は「ワールド・アップデート」があった日から毎日筋トレとスキルの鍛練に励んでいる。理由はオタクだから。自分を物語の主人公とした彼なりのサクセスストーリーの一環なのだ。そしてそのサクセスストーリーに於いて『明らかに常人が知り得ない何かを掴んでいる謎の組織』は吉兆となると感じた。
(…始まる、始まるんだ!ここから僕の物語が!!)
「——はーいありがとございますー。報酬はちゃんと後で振り込むから確認してねー。」
意気込んで挑んだ質疑応答だっが、結果として何事もなく終わってしまった。
少し肩透かしを喰らうも、未だにワクワクは治まらない。
それに、彼には自信があった。今回のステータス提出を経てメンバーを選抜する謎の長期アルバイト。自分なら絶対に採用される筈だ、と。
正確に言うと、自分の職業ならば——採用される筈だ。
===================================
Name:早乙女勇登
Type:人間種
Job:鑑綴士
LV.4
HP:600/600
SP:400/400
MP:170/170
AGI:602(+500)
STR:586(+500)
END:597(+500)
DEX:187
LUC:223
《Skill》
・鑑綴 SS (Lv.1/10)
・戦眼 C (Lv.2/10)
・肉体強化 C (Lv.2/10)
===================================
===================================
・鑑綴 SS
スキルを対象として発動する。対象となったスキルの効果を書き換えることが出来る。書き換えが出来るのはAランク以下のスキルに限定される。スキルレベルが1の現在は1文字まで書き換えることが出来る。
また、このスキルはSSランクの"鑑定"と同じ権限と効果を有する。
===================================
特殊な効果を持つSSランクのスキル、"鑑綴"。
現時点、インターネット上で確認されてる最高ランクがSランク。自分と同じように秘匿している人間が一体どれ程いるのかは分からないが、貴重なスキルで在ることは間違いがない。
友人や家族には説明してもその価値を理解されない恐れがあった。彼は結局、「周囲から評価して欲しい」のだ。この謎の組織なら、その価値を正しく評価してくれると考え今回のステータス提供に応募した。
(も、もし山田さんも採用されたら…一緒のバイト先かぁ……嬉しいけど緊張するなあ)
野田が知ったら全力嘔吐しそうな糖度の甘酸っぱい感情を抱え、青年は会場を後にした。