(4)
こうして新人たちによるタイマンマッチは開催されるに至った。
まずはくじ引きを行い、トーナメントの組み合わせを決める。訓練場で思い思いに過ごしていた隊員たちも、興味がある奴は集まって観戦を始める。
フレッドとウォルターは軽い組み手を続けながら、遠巻きにその様子を窺っていた。
新人の数が十人ということで、トーナメントは逆シードの二組から始まった。初戦はあのイザベラ。そして対戦相手は、ガナッシュという二十代前半の血気盛んそうな新人だった。
二人は三メートルほどの間合いを取って向かい合う。
「どっちに賭けるよ?」
傍らでは、マイクと数人の隊員たちが、晩飯を賭けて、勝敗の予想を付けていた。
新人の実力を図るためだとか、訓練の一環だと、いろいろと理由を並べてはいたが、結局のところ、全ては賭けを楽しむための口実に過ぎない。まあ見慣れた光景であり、SGFの隊員たちは誰もが通ってきたみちのため、今更咎める者は誰もいない。
「俺はガナッシュ」「俺もだ」「同じく」「オイオイ! それじゃ賭けになんねぇーだろうがよぉ!」
見たところ、ガナッシュが大きく優勢のようだった。
「お前ならどちらに賭ける?」
ウォルターが訊ねてきた。
フレッドは迷うことなく答える。
「そりゃあガナッシュってあの活きのよさそうな奴だろ?」
イザベラより頭二つ分上背があり、軍支給の黒無地のTシャツの上からでもわかる軍人らしい無駄のない引き締まったいい肉体をしている。
何より、あの自信に満ちた表情だ。おそらく年齢は二十代前半くらいだろう。その若さで、SGFに選抜されるということは、それだけ相当な力量が認められていることを裏付けている。
まあそれを言い出したら、イザベラも優秀な軍人ということになるわけだが、やはりどの隊員の表情を見ても、ガナッシュの勝利は揺るがないようだった。
「じゃあ。俺はあの子に賭けるか」
ウォルターは相変わらずの冷めた表情で、そんなことを言った。
「同情か?」
「そうでもない。俺が勝ったら、好きなメニューを一品もらうぞ」
「いいぜェ」
ガナッシュはすでに勝利を確信し、口元に微かに笑みをたたえていた。対するイザベラは、つまらなさそうにその研ぎ澄まされた眼差しを向けるだけ。
「おい! 子どもに負けたら、赤っ恥だぞ」
「負けるかよ!」
新人の一人が早速煽り、それに軽く鼻白んで応えたガナッシュは、視線をイザベラへと戻し、木の抜けた緩い構えを取る。その表情からは、さてどう料理してやるか、と言いたげな余裕がありありとにじみ出ていた。
「よしっ! それじゃ、始め!」
マイクが片手を上げる。試合が始まった。
それとほぼ同時、イザベラの姿が消えた。そして気が付けば、無防備なガナッシュの間合いに入ろうとしていた。予備動作はほとんどなかった。空気に溶け込み、流れるような自然な動作で、一瞬にして間合いを詰めたのだ。
完全に油断していたガナッシュは虚を突かれ、慌てる。そして力づくで、華奢な少女の体を抑えにか
かる。
だがそれより一段素早く、イザベラは身体を反転させ、ガナッシュに密着する。そしてガナッシュの力を利用して一気に投げた。
一回りも大きな男の体が、訓練場の冷たい床に転がった。
だがそれでは終わらず。イザベラはすかさずガナッシュの首をホールドし、寝技に入る。全く手を抜いていないのは、真っ赤になったガナッシュの顔を見れば一目瞭然だった。存外、侮られていたことを根に持っていたのかもしれない。
その場にいた誰もが唖然としていた。
だが我を取り戻したマイクが制止するために駆け寄っていく。
「オーケー、オーケー。試合終了だ。そこまでにしとけ」
だがそれでもイザベラは拘束を一向に解く気配がなかった。次第にガナッシュのトマトみたいな真っ赤な顔が、今度は青白く変わっていく。まるでトマトの生育を逆再生で見ているよう。
「お、おいっ! ストップ! ストーップ! それ以上やったらソイツが死んじまう!」
狼狽えたマイクが強引にガナッシュの首に巻き付いたイザベラの腕を引き剝がしたことで、ようやくイザベラはガナッシュを解放した。
フン! と鼻を鳴らし、イザベラは誰もいない少し離れた空間に移動した。ガナッシュは手で喉を抑え、咳き込んできる。その首には絞めつけられた痕がくっきりと浮かび上がっていた。
訓練場内が異様な静けさに包まれる。
「ったく、とんでもねー新人が入ってきたな、おい」
取り繕うように笑っているが、さすがのマイクも肝を冷やしているようだった。額に浮き出た汗をぬぐうと、気を取り直した様子で、新人たちに次の試合を促す。
フレッドは横で、一緒に様子を見ていたウォルターに視線を向けた。
「こうなることがわかってたのか?」
「あの子はミーティングがルームに入ってきた時からずっと一度も体の軸がブレていなかった。あそこまでとは思わなかったがな」
あれだけの動きができれば、SGFに選ばれる理由もわからなくはない。イザベラの評価が一変したのは間違いなかった。
その後も、試合は続き、イザベラは順調に勝利を重ね、逆シードにもかかわらず、四試合をこなして呆気なく優勝してしまった。
イザベラの強さは正直、圧倒的だった。持ち前の俊敏さと、柔軟性、自分よりも力で勝る相手の力を利用して倒す対人格闘のセンス。どれをとっても、他の新人たちとは一線を画す実力だ。
始めこそイザベラの勝利は、まぐれだと言っていた人間たちも、イザベラが二回戦、三回戦と勝利を進める姿をみて、次第に何も言わなくなってしまった。
そして全試合が終了した時、イザベラは物怖じすることなく言い放った。
「私の実力は示したわ! これで文句はないでしょ。だから約束通り。任務に必要なこと以外で二度と話しかけないで」
そう言い残すと、訓練場から去っていった。
「おっかねー」
気まずい静寂に包まれた訓練場に、マイクの間の抜けた声が響いた。