(3)
朝のミーティングが終わり、SGFの一同は訓練場へと移動した。
SGFには、専用の訓練設備が用意されており、普段はそこで体力の維持に励んでいる。稀に隊員同士の連携を確認するための演習が行われることもあるが、最近は、戦局が徐々に激しさを増し、救援要請を受けて出撃する機会も増えたため、あまり行われていない。
隊員たちは、ウェイトトレーニング用の器具を使用したり、二人一組で組手を行ったり、また平然とサボタージュに走る者など、勝手気ままに自己流のメニューをこなし始める。
基本的に、兵士としての能力がずば抜けて高い精鋭ばかりが揃っている部隊のため、任務で結果さえ出せば、それ以外のところでとやかく言われることはない。そんな自由さがSGFの気風と言えば気風だ。
しかし、厳格な規律に縛られた軍人らしい生活に慣れきっている新人たちにとっては、SGFの、ともすれば気が緩んでいるとしか言いようのない、だらけきった雰囲気には戸惑いを隠せないようだった。
訓練場の片隅で縮こまっている新人たちを尻目に、フレッドはウォルターと、ウォーミングがてら、体術の組み手を始めた。端から彼に、右も左もわからなくて困っている後輩たちを助けてやろうという気概は皆無に等しい。ここは学校ではないのだから、手取り足取り教えてやる義理もない。それはフレッド以外の隊員も共通している思っていることだ。だから誰も敢えて新人たちに声を掛けたりはしない。
だがそのことを差し置いても、フレッドは彼らとあまり関わり合いたくなかった。どうせすぐにいなくなる人間と距離を縮めたところで、変に精神を摩耗ささせるだけからだ。それは趣味じゃない。
だが、五十人近い人間が集まれば、中には酔狂な奴も出てくるわけで。
その筆頭と言えるのが、マイクだったりする。
「へぇいへぇい! 新人くんたちしゅーごー」
完全に委縮している新人たちの元に、ノリノリで近づいていく。新人たちはおかしな者でもみるような怪訝な眼差しを向けていた。しかし他に指示らしい指示もないため、やむなくマイクの元へ集まる。
全員が集まったのを確認し、満足そうに頷いたマイクは、こう切り出した。
「ではでは! これより! SGF恒例、新人タイマンマッチを、開催します!」
新人たちはポカンと口を開けている。あのイザベラと名乗った少女に至っては、汚物でも見るような冷たい視線を送っていた。
しかしそんなことで、鈍感なマイクがへこたれることはない。
「ルールは簡単だ。これからくじを引いて、トーナメントをしてもらう。優勝者には豪華な景品が待ってるぜぃ!」
新人たちは少し動揺しているようだが、異論を唱える者はいない。それは、一応先輩であるマイクには逆らえないと思っているからなのか、それとも自分の実力に自信があるからなのか。そこまでは判断が付かない。
全くアホらしい、とフレッドは内心毒づいた。
「バカじゃないの!」
だがその時、新人たちの塊の中から、フレッドの心の内を代弁するかのように、そんな凍てついた罵声が飛んだ。その場にいた新人たちの引き攣った視線が一点に集まる。
そこにいたのは、やはりあの少女だった。まあ声を発した時点で誰が言ったかは明らかだったが。
「私は進化派を皆殺しにするために、ここに入ったの。そんなくだらないお遊びで時間を浪費するくらいなら、帰る!」
そう宣言したイザベラは、踵を返し、訓練場のドアに向かう。
マイクは慌てた様子で、彼女を制止しにいく。
「ちょ、ちょ、ちょい待ち! これは、確かにレクリエーションみたいなもんだが、一応新しく入ってきた仲間の実力を図る意味もあるんだよ」
マイクはなんだかんだと適当にそれっぽい出まかせをいって、イザベラを引き留めるのに必死だった。
「これから同じ部隊で一緒に戦う仲間になるんだ。親睦は深めておいた方がいいだろ?」
「別に仲良くなる必要なんてない」
素っ気なく拒絶するイザベラ。
だがそれでもマイクは粘り強く食い下がった。
「ぐぬぬ。それに優勝者にはちゃんと景品もあるんだぜ。だから、な? 頼むよ~、参加してくれよ」
「興味ない」
またもざっさりと両断される。だがそれでも諦めないのが、マイクという男だった。あーだこーだと理由を付けては説得を続ける。
するとイザベラが整った顔を歪めて、不快感一杯に吐き捨てた。
「あーもうッ! うっさい! そんなにいうなら参加してあげてもいい。ただし条件がある」
「おう! なんだ。なんでもいってくれ」
マイクのあまりのしつこさに、根負けしたイザベラは、マイクだけではなく、周りにいる全員に聞こえるようにその凛として透き通った声を張り上げた。
「私が優勝したら、金輪際、誰も、二度と、任務以外で私に話しかけないで!」
その場の空気が完全に凍り付く。彼女の提示した条件は、完全にSGFのメンバー全員を敵に回すことに等しい。
「オーケー。その条件呑んでやるよ。みんなもわかったなぁ?」
そんなことできるわけがないと高を括っているのだろう。気まずい沈黙に支配された中で、たった一人、マイクだけが陽気にイザベラの要求を受け入れた。