(1)
東方方面軍司令本部基地、円卓会議場。
薄暗い室内。円卓の卓上には空中ディスプレイが映し出されている。八つある座席のうち、七つは空席。その代わりにホログラム技術により、遠方から会議に参加している、軍の上層部の映像が打ちし出されている。
唯一、リアルで席に座っている細身で白髪の初老の男性は、東方方面軍の総指揮権を有するミザール東部方面軍総司令。
そして彼の真横で、泰然とした態度で直立し、円卓上の空中に表示されたホロディスプレイを見つめている黒人の壮年の男性こそ『SGF』の隊長を務める、モーガン・ジャックマン大佐その人だ。
モーガンの背後に控える『SGF』副隊長、ギブソンはわずかに緊張した面持ちで、上官たちのやり取りを見守っていた。
「以上により、救援した偵察部隊の報告によりますと、敵勢力は我々の予想以上の早さで侵攻していることが明らかになりました」
モーガンは毅然とした口調で作戦の報告を終えた。
『経済格差に端を発する途上国と先進国の間での国家同士の戦争が、道具派と進化派という二陣営の世界規模の大戦に発展して十年近く。もはや進化派の科学技術の発達は当に我々道具派の予測の域をはるかに上回っている』
『かたや、かつては先進国と称された我々道具派は、倫理の壁を越えられず、軍用兵器の開発の認証を臨時国家の議会から得るのでさえ、一苦労という始末』
『しかし、進化のために人体すら機械化するという彼らの危険思想は到底受け入れるものではない! 倫理観は我ら道具派のイデオロギーそのもの。それを軽んじることは到底許されぬ!』
『しかし現実問題。進化派はほぼほぼ戦争のオートメーション化の実現にこぎつけていると聞く。今後、軍事力の質で我々が優位に立てる機会が訪れることはあるまい』
『よもや、一刻も早く講和交渉に向けて舵を取るべきだろう』
『しかし進化派とは価値観が違い過ぎる。果たしてまともに話が通じるかどうか?』
『少しでも我らに有利な条件で交渉を進めるために、もう少し敵勢力にダメージを与えるべきでは?』
上層部による机上の議論は、いつも通り平行線をたどり、最終的には、肝心要の結論は先送りという形で結論付けられた。
そんな不毛なやり取りを終え、会議場を後にしたモーガンとギブソンは、司令部の廊下を進む。
ギブソンは俄かに苛立ちを滲ませて吐き捨てる。
「一体いつまであんな無意味な話を続けるつもりなんでしょう? 進化派の侵攻に備えるために、道具派の国家による連帯で、臨時国家が樹立してもう三年です。しかし領土は奪われ続ける一方で、市民の我慢も限界に近い。いい加減、抜本的な行動を起こさないと、最悪連中に滅ぼされます」
「気持ちはわかるが落ち着け。ここでいくら私たちが論議したところで、それこそ何の意味もない。我々は我々の仕事を果たすことに集中しよう」
「……はい」
いかなる時も冷静に状況を分析し、その卓越した指導力をもって、常に最善の結果を出し続ける。それがモーガン・ジャックマンという軍人だった。
そんな男の右腕として働けることを、ギブソンは心底光栄に思っている。
今や、敗色の気配が日に日に高まりつつある東部方面軍において、『SGF』は精神的支柱となっている。そんな『SGF』の指揮官を務めるモーガン隊長は、軍、いや、道具派人類全てにとって、もはや欠かすことのできないコアパーソンだ。
ギブソンは上司の背中を追って足を踏み出し続ける。
◇
東方司令部の寄宿舎へと続く廊下を、くすんだ金髪のやさぐれた雰囲気を醸し出す男と、精悍な顔つきの長身の男が連れ立って歩いていた。
彼らは、救援任務を終え、東方司令部に帰投。その後、日課となっているトレーニングを終えたところだった。トレーニングとはいうものの、並みの兵士が血反吐を吐くほどの過酷なメニューである。しかし身体的エリートである彼らにとっては、軽いストレッチ感覚だ。
むしろそのくらいのトレーニングを易々とこなせないようでは、身体的負荷の大きい最新鋭の兵装の使用許可が許された精鋭部隊『SGF』の隊員は務まらない。
「ったく。一体いつになったら、このクソったれな戦争も終わってくれるんだろうな。ウォルター?」
やさぐれた雰囲気の男は、そんなこと愚痴をこぼしながら、トレーニング後に浴びたシャワーでぬれた自分のくすんだ金髪を、首にかけたタオルで拭う。
ウォルターと呼ばれた長身の男は、廊下の窓の向こうに続く山々を見つめながら淡々とした語調で言う。
「個別に進化派兵器と戦っていた道具派の各国が、一時的ではあるがようやく臨時国家を樹立させたことで連帯が高まり、各地の戦局が一時的に盛り返している。まだ当面は続くだろう」
「まったくかったりぃ」
「フレッド、そこまで言うなら、今のうちに軍を辞めればいい。戦況が落ち着いている今ならまだ退職届も受理されるかもしれん」
「やめてどうしろってんだよ。オレは股に毛が生えだした頃からここ(軍)にいるんだぞ。今更、他にできることなんてねェーよ」
フレッドは面倒くさそうにぼやく。
「それに、どうせやめたってすぐに戦況が悪くなって、呼び戻されるのがオチだ」
「なら、はじめから言うな」
ウォルターはいつもの無愛想さでフレッドの言葉をバッサリ両断した。
「んな。冷てぇーこと言うなよ。ウォルターちゃーん。命を預ける同士、コミュニケーションは大切だろ?」
「とくに強い志があるわけでも、命を賭けるだけの動機があるわけでもないお前が、軍に居続ける理由が、俺にはさっぱり理解できん」
肩に腕を回してウザ絡みしてくるフレッドを、片手で軽くいなしてウォルターは呟く。
フレッドは面倒くさくなったのか、大人しくウォルターから離れる。
「そりゃあ生きていくためだろ。三食宿付きで人並み以上に給与がもらえる職場環境なんて最高だろ。まあ、メシはあんまし美味かねぇーし、相部屋で、ルームメイトのいびきがうるさいのは玉に瑕だけどよォ」
「ここの食事がうまくないのは同意だ。とくに野戦用のレーションは最悪だ」
「えぇ! オレはあれ結構好きなんだけどなァ。癖になるっつうか」
「……。やはり俺にはお前と心を通わすのは無理だ」
そこでウォルターはお手上げと言わんばかりに白旗を上げた。
「そういえば、明日は新人が入隊する日だったな」
「ああー。そういえば、そうか。ったく、なんでこんな物騒な時期に、わざわざSGFなんて超絶ブラックな部隊に入ろうとなんて思うのかね? オレにはソイツらの気持ちの方が分かんねェーよ」
フレッドは窓の外の夜空を見上げた。そこに月はなく、星々が儚げに輝いているだけだった。