暖簾との別れ 2
「龍司君、どうかな?」
百合と交代するように、髪を切り終わった霞がこちらへ戻ってきた
(霞はさすがに、この前母のを見たしな)
この前母がしてくれた、霞へのセットやメイクを見たので、今回は驚かないだろうと思っていた
『なん…だと』
「…っ!」
霞は照れている、何故なら今まで目を隠していた前髪が目の上まで切られていたからだ
『か、霞どうして』
「龍司君にちゃんと見て欲しくて頑張って切った、だから龍司君も頑張って!」
(マジか、もしかして俺のためにそこまでしてくれたのか)
こちらを真っ直ぐ見つめてくる霞の姿に、ただ髪を切ればいいと思っていた自分の心の浅はかさに、恥を知った気持ちになった
「どう?」
『可愛いに決まってるだろ!』
俺のために切った、他の皆も言ってるから霞だけではない。だけど俺と同じように目を隠すくらい伸ばしていた霞が、前髪をバッサリと切ってしまったのには、俺は本気で返事をしないといけないと思った
『一葉だって双葉だって霞も皆可愛いさ、ごめん俺はただ髪を切ればいいとだけ思ってたよ』
「あ、ありがとう」
三人は驚いて俺の手を握ってきた
「大丈夫、そんなに重く考えないでね」
俺が自分を責めているかのように見える様子に、三人は優しく声をかけてくれた
「終わったわよ、どう?」
「こっちも終わりね」
暫くして百合と桜が戻ってきた
百合は毛先を整えつつ、綺麗な髪がふんわり流れるかのように仕上がりになっていた
桜も髪の長さはあまり変えず、そのストレートに伸びた髪を綺麗に見せつつ、顔周りの髪が顔の綺麗さを引き立てるようなバランスに仕上がっていた
『皆凄い綺麗で可愛いなってるよ』
俺は素直に思った事を口にした
「後は、龍司だけね」
『ああ、百合頼みがある』
「どうしたの?」
『任せるから皆に恥じない俺にしてくれ』
「何それ、死亡フラグ〜?」
『…』
「わかったわ、終わるまでは目を開けたら駄目よ」
俺が本気だと理解したのだろう、途中冗談を言ってた百合の顔が真剣になった
「すいません、お願いします」
『お願いします』
そして俺は終わるまで目をあけないと誓った
「ここはどうします?」
「ここはこんな感じで、あとここはもっと短く」
「うわ〜龍司君凄い」
「バッサリいっちゃうね〜」
俺を切るスタッフの近くに百合がいて、他の皆も距離が近くに感じる
先程まで目を瞑っていてもわかる光が、前髪が切られていなくなった事により、もっと明るくなっていた
(もう目の前にあった髪は一切なさそうだな)
俺は暖簾と呼ばれた頃の俺と、別れを告げた
(変わろう、これからもっと自分を変えていこう)
そして俺の傍にいてくれる皆を、もっと大切にしていこうと思った
「終わったわよ」
『んっ』
俺は眩しくて目をすぐに開けられなかった
「どうですか?皆さん」
スタッフに呼ばれて皆が近づいて来るのが、足音でわかる
「うわ〜凄い」
「格好いい」
「やっぱり元々のポテンシャルも違うわね」
「もはや他人レベルじゃない?カッコよすぎるんだけど」
「これで誰も文句は言わないでしょ?」
「これは凄い、本気で」
五人どころか他のスタッフの声まで混じって、全てを聞き取ることは出来なかった
『ん〜?』
俺は目をやっと開けて、前にある鏡を見た
『え、マジか』
三年近く切ってなかった髪は、ほぼ全て地面に落ち全体的に短くなっていた
『結構バッサリいったなぁ』
「どうせまた伸びるんだし、いいじゃない」
俺の感想に百合が応えてきた
「短くなってもっとカッコよくなりましたよ!」
双葉も俺を見て、頬を染めていた
『で、何故一葉と桜は泣いてるの?』
「だって…いいんだもん」
「なんか昔を思い出したというか…」
二人は涙を流しながら俺を見ていた
『霞は?』
横を見ると霞が真顔でこちらを見ている
『ど、どうした?』
「やばい…好き」
『あはははは』
皆からの評判もよく、今回は来て正解だったようだ
『皆も可愛いよ』
「ありがと〜」
席から立つと皆が抱きついてきた
「龍司君を待ち受けにするから撮らせて下さい」
一葉達がスマートフォンのカメラを起動させていた
『えぇ…いいけど、それなら俺も皆のが欲しいな』
そしてスタッフの方に頼んで皆で撮ってもらい、共有した
「いいなぁ、私達もあんな頃あったよねぇ」
「青春っていいな」
三十代くらいなのかスタッフの方々が、羨ましそうにこちらを見ていた
「よし、お昼過ぎちゃったしお腹空いたからご飯行こうか」
美容室を出て皆で食事をする事になった
「人数が多いしファミレスでいいかな」
『ああ、いいんじゃないかな』
「大丈夫ですよ〜、広い席に行きましょう!」
他の皆も問題はなさそうだった
近くにチェーン店があるのでそこまで移動をした、時間もお昼時を過ぎていたので、客も少なく六人で座れる席が取れた
「結構途中や店入ってからも見られたね〜」
「やっぱ龍司君がいるからじゃない?」
「だよね〜、私も他人だったら絶対見るもん」
『いやいや、俺ではなく皆だよ』
五人も可愛い子がいてそれが歩いていたんだ、途中俺がいても声かけようとして近づいてきた男達がいた
(まぁ百合が威嚇して追い払っていたけど)
それだけの子達と、今いられる俺は幸せだなと思えた
『飲み物どうする?』
「あ〜万が一があるから、黒音一緒に行ってきなさい」
「そうですね」
百合に言われて桜が俺と一緒に取りに行ってくれた
『どういう事?』
全員の飲み物を、ドリンクバーで注ぎながら桜に聞いてみた
「あれ見てご覧なさい」
『えっ?』
俺達の席を見ると、男三人組が近寄って声をかけていた
「あっちは龍司君のお姉さんが対処するから大丈夫よ、あとはね」
桜に横を指されると、俺の横に女性が二人来ていた
「あの〜、お一人ですか?」
『えっ』
「すいません、恋人いるので無理です!」
「あ、すいません」
桜に言われて、話かけてきた女性達は自分の席に戻って行った
「あ、龍司君ありがとう」
「黒音さんもありがとう」
『こっち大丈夫だった?』
席に戻ると全員の席に飲み物を置いた、先程の件を聞くと百合がナンパしてきた男達を追い払っていたようだった
「店の中でまで恥ずかしくないのかしら、店員呼んでやったわ」
百合は少し機嫌が悪そうだった
(まぁこれだけ可愛い子がいるならな)
声はかけてこないが周りの男達の視線がこちらへ向いていた
「で、そっちは?」
「予想通りです」
『んっ?』
先程の件だろうか、俺はよくわからないまま桜が女性達と話をしていたが
「ほらね、一人で行かせられないのよ」
「これから忙しくなりそうですね」
「明日からの学校が、大変だわ」
目の前の五人が頭を抱えていて、何かを悩んでいた
『まぁたしかに、皆可愛くなったからなぁ』
「そこじゃないのよ!」
五人が同時に、俺に向かって声をあげていた
『あれ?』
俺の考えとは違っていたらしい
「髪切る前でも二人なわけでしょ?」
「軽く十倍、いや五十は…」
「三年の男子に警備させるか」
何やら物騒な話が出ていた
『なんか大袈裟な話をしているけど、どうしたの?』
「誰のせいだと思ってるのよ!」
『えぇ!?』
全員が俺を見て指を指していた
『俺また何かやっちゃいました?』
大樹に言われたセリフを言ったがあまりウケないようだ
「とりあえず明日どうなるかね」
「呼び出しは無視の方向で、トイレとかも誰かついていきましょう」
「東本君は信用出来ない」
(大樹すまん、何かお前のいないところで信用がなくなってるらしいわ)
今頃どこで何をしてるかわからない大樹に、俺は謝るしかなかった
食事が終わり皆を家に送っていった
帰宅すると母がいて、俺の姿を見ると凄く喜んでいた
「あら〜、凄い男らしくなったじゃない」
『どうかな?』
「いいわ〜そこまでバッサリ行くと思わなくて、お母さん驚いたわ〜」
俺の髪を触りながら母は喜んでいた
「次の土日はお母さん休みだから、皆を連れてきなさい。お化粧とか可愛くなれるコツを教えてあげるからね」
「お、いいわねぇ。皆に声かけておくからちゃんと空けておいてね」
母と百合は次の土日の予定を、楽しそうに話合っていた
『俺は邪魔になりそうだし、買い物でも行こうかな』
「駄目よ、絶対家にいなさい」
『えっ』
「龍ちゃんもお化粧や髪のセットの仕方を覚えるといいわ〜」
『あ〜、勉強するのもありか』
「そう、一人では今度からは出かけさせないからね」
何か百合に怖い事を言われた気がしたが、冗談だと思って受け取っておいた
(今日は髪を切って良かった、次は男として内面を磨いていかないとな)
まだまだ五人に釣り合う男にはなれてないと思ったので、明日からまた変わって行こうと思った




