柊双葉 1
「高梨君、おはよう」
『ああ、黒音おはよう』
「高梨君は、その、今日の放課後は空いてないのかしら」
一昨日、先に帰った事は昨日フォローしておいたのだが、黒音はもう少し話をしたかったようだった
『黒音悪いんだけど、俺料理部を辞めるからその話をしにいって、その後は漫画研究部に行くと思う』
「え!?そ、そうなんだ…」
『黒音も、掛け持ちしてたよな?』
「あー、テニス部だったけど辞めたわ」
『へー、それはどうして』
「失礼!柊双葉さんはいるかな」
教室に、朝から大きな声が響いた
柊先輩の妹の双葉が、呼び出しされたようだ
「あの先輩よ」
『ん?』
柊双葉を呼び出した男は、軽そうな雰囲気をしていた
「テニス部二年の先輩、付き合えとしつこくて辞めたわ」
『え、まじか』
たしかに黒音は、顔は悪くない方だが
「私だけじゃないわ、一年の後輩に手を出そうとして結構強引に迫るらしいの」
『私の時も、断って帰ろうとしたら腕を掴んできたから、思いっきりビンタしてやったわ』
「うぇっ」
それは先輩が悪いと思うが
『黒音って、結構しっかりしてるのな』
「どういう意味よ!」
『いや、強いなって思って』
「そ、そう?」
『ああ、普通なら男相手に萎縮しちゃうものだろ?相手は先輩だしな』
「私は、心に決めた相手がいるから、だから負けないわ」
『そうか、強いな』
「うん…」
(そうなると、双葉が心配だな。先輩の妹だしな)
プライベートで見た双葉は、学校での柊先輩の様な容姿をしていておとなしめに見えていたが、学校では髪型や化粧などをセットし、逆に陽キャを演じている感じだった
学校では明るく振る舞い、友人も多く見えて異性からもモテそうではあった
(先輩とは正反対な気もするんだよな、先輩は学校では大人しいけど、プライベートでは明るいし)
教室に戻ってきた双葉は、自分の席でため息をついていた
『失礼しました』
放課後になり、俺は退部届を出しに行った
漫画研究部の部室に行く前に、飲み物が欲しいと思い売店に向かったのだが、なにやら人集りが出来ていた
「いい加減にしてください!」
聞いた事がある声だなと覗いて見ると、朝の先輩と双葉が、なにやら揉めているようだった
「そろそろ、付き合ってくれてもいいじゃないか」
「嫌です、何度もお断りをしているはずです!」
双葉の前に立つ先輩の後ろには、他にも三人立っていた
(一人の女の子相手に、卑怯な)
先輩の後ろの男達が、ニヤニヤ笑いながら
「いいから付き合ってやれよ」
などと言っている
(脅しじゃねえか、そこまでして付き合いたいのか?)
双葉に言い寄る男共の姿にイラッとした
(情けねぇ、けど先輩の妹だしな)
俺はその話に、割って入った
『すいませーん』
「あ!?なんだてめぇ」
取り巻きの一人が、睨みつけてきた
『双葉は俺の彼女なので、勘弁してもらっていいですか?』
「え?高梨…くん?」
双葉と先輩の間に入り、双葉を守るように前に立った
「おいおい、お前みたいなのが、彼女に釣り合うわけないだろ」
『そうですかね?先輩もたいして変わらないでしょ』
「はぁっ?ふざけんなよてめぇ!」
先程まで笑っていた男共には、今は怒りしかないようだった
『まぁそういうわけなので、二度と双葉には関わらないで下さい』
行くぞと双葉の手を取り、離れようとしたところで手が伸びてきた
『ぐっ』
「ふざけんなよてめぇ」
双葉を脅していた先輩に、胸ぐらを掴まれる
「高梨君!」
『大丈夫だ、気にするな』
「あぁっ!」
『一人の女の子を複数の男が脅すのは、カッコ悪いと思いませんか?』
そう言ったところで、腹部に重みを感じた
『ぐっ』
体が少しくの字に曲がる、膝蹴りをされたようだ
「女の前だからって、カッコつけてんじゃねえよ!」
左手で胸ぐらを掴まれたまま、右手で三発、顔面を殴られた
(痛え、結局は暴力か)
なんとなく、中学一年の頃を思い出した
(あの時も、一方的に殴られたな)
『ふっ』
なんとなく馬鹿らしくなり、笑ってしまった
「何笑ってんだ!」
そして、もう一発拳が飛んで来るとこで
「何をしてるのっ!!」
聞いた事がある声が聞こえた
「生徒会だ」
俺達を囲んでいた生徒たちが割れて行き、複数人の男女が近寄ってきた
その先頭には、姉がいた
「これはこれは高梨先輩、本日も美し…」
「どけっ」
姉を見て近づいた男を無視し、俺に近づいてきた
「龍司!大丈夫!?」
『ああ、姉ちゃんすまない』
(またカッコ悪いとこを、見せちゃったな)
「いいのよ、遅れてごめんね」
そう言って、殴られた頬を優しく撫でてきた
「少し待っててね、おぃてめぇ!」
「えっ?」
先程姉に声をかけた男が驚いていた、いや周りも驚いている
「高梨先輩、な、何を」
「てめぇが殴ったのは、私の愛する弟なんだよ!どうなるかわかってるんだろうな!」
(なんか、こんなにキレてる姉を見るのは三年ぶりだな)
普段とは全く違うのだろう、姉の様子にみんな困惑をしている
「こいつらを連行する」
「は、はい!」
その言葉に、姉と共に来て待機していた生徒会の学生が、四人を拘束して連れていった
「龍司ごめん、悪くはしないからね」
そう言って、姉は先程の学生を追いかけた
「高梨君…大丈夫?ごめんなさい」
『いやいいよ、俺が勝手にした事だから』
「顔が腫れてるから、保健室行こう」
双葉に支えられながら保健室に向かった
『いてててっ』
「あ、ごめんなさい」
心配そうに双葉が見てくる
保健室に移動したが、先生は会議でいなかった
消毒くらいはと双葉がしてくれているが、慣れていないのかぎこちなかった
「私のために、本当にごめんなさい」
『いやいいよ、俺が勝手にしたことだし』
そう言いながら、俺の顔を確かめている
前髪をかきあげた時に、双葉の動きが止まった
「えっ、嘘…」
『どうした?何か傷が出来てた?』
「え、いや、その…」
双葉の様子がおかしかった
(どうしたんだろうか)
心配になったが、本人が言ってくれないとわからない
『あの、柊…』
「高梨君!!」
勢いよく保健室の扉を開けて、二人が入ってきた
『先輩、真白』
「心配したよ〜!うぅっ」
先輩は、泣きそうになっている
「高梨君」
真白が正面から抱きついてきた
「真白さん駄目だよ!高梨君は怪我してるんだから!」
双葉は二人の様子に驚いていたが、口を開いた
「お姉ちゃんごめん」
「ううんいいの、高梨君本当にありがとう」
『いやたいしたことはしてませんよ、殴られただけなので』
三人を安心させるために笑ってみせた
「今日はもういいから、帰ろう?」
「その方がいい」
「私も付き添います」
帰り道、俺は両脇を固められていた
ぎゅっと、二人が腕を組んでくる
双葉は、俺の後ろについてきていた
「ね、ねぇ、二人はその、高梨君と付き合っているの?」
『いや違うけど』
「私は高梨君が大好きだよ!」
「私達は将来結婚する」
二人が双葉に答えた
「そ、そうなんだ」
双葉は、何か考えるように下を向いていた
今日は大丈夫だからと、三人が俺を家に送ってくれた
家の前に着いた時に
「高梨君、唇から血が出てるよ」
『え?まじですか?』
そう言って顔を近づけた先輩が、唇を合わせてきた
「むっ、私も」
そして真白にもされた
「えっ?えぇっ!?」
それを見た双葉は、驚いていた
「だって心配だったんだもーん!」
「同じく」
「いや、二人共付き合ってないって…」
『いや、それは…』
「付き合ってるとか、そういうレベルの関係じゃないから!」
二人に遮られた
(もういいや、説明しても長くなるし)
『今日はありがとうございました、三人共気をつけて帰って下さい』
「うん、高梨君ありがとう」
「お大事に」
「高梨君ありがとうございました、お大事にして下さい」
そうして、三人に見送られて家に入った
その後姉が帰って来たが、連行された四人の件は会議が行われていて、後日処分が決まると聞いた
後日、学校の調査により俺を殴った男は、他の女生徒などにも同じ事をしていたと、被害者からの届けもあり退学になった
取り巻きの三人も、停学後に自主退学や転校をしたと聞いた
(また姉ちゃんに迷惑をかけてしまったな)
姉に助けられる自分の弱さに、反省をするしかなかった
「高梨君、昨日はごめんなさい。ありがとう」
次の日、家から出ると三人が待っていた
『大丈夫だよ』
不安そうにしていた双葉は、俺の顔を見ると少し明るくなった
姉は、昨日の件で会議があると、先に学校へ向かった
そして三人で登校をしたのだが
「高梨君おはよう、その顔どうしたの!?」
黒音に驚かれた
「おーす龍司、昨日の件聞いたぜ!また男を上げたな」
昨日の件と、朝の三人との登校の件が、また噂になっていると聞いた
(俺は目立ちたくないんだけどな)
「あの男に立ち向かったらしいわね、柊さん大丈夫だった?」
「あ、うん、高梨君が助けてくれたから」
少し頬を染めながら答えていた
「かっこよかった」
小さい声で何かを言っていたが、周りの声にかき消されていた
昼休みになり、一人で漫画研究部の部室へ向かっていた
一限の授業の後に、柊先輩が昼休みに部室へ来てくれと言っていたと、双葉に言われたからだ
(大丈夫かな?)
昼休みに入ってすぐに双葉がいなくなり、昨日の事もあり心配していた
部室に着くと鍵が開いていた
『先輩?』
部室に入ると、先輩が背を向けていた
「高梨君、昨日はありがとう」
『いえいえ、先輩の妹さんですから、助けるのは当然です』
「妹さんか〜」
『はい?』
「ううん、何でもないの」
『そうですか、何かあったのですか?』
「んー?ちょっとそこの椅子に座って」
『え?はい』
指定された椅子に座るが、先輩はずっと背を向けている
「あのね、高梨君には感謝してるの」
『いや、そんな事ないですよ。俺もいつも世話になってて』
「ふーん、そうなんだ」
『えっ?』
「あ、違うの、これはお返しだよ」
そう言った先輩は、こちらを向いて首に手を回し唇を重ねてきた
『ん!?』
いつもの先輩と違って、不慣れのような強い押し付けだった
直前に見えた口元には、先輩にあるはずのホクロがなかった
(え?双葉!?)
俺が驚いて身体に触れると、双葉が少し離れた
『ふ、双葉!?なんで』
「理屈じゃない、理屈じゃない…か」
そう言いながら、唇を指でなぞっていた
「高梨君」
『え?』
「私も好きだよ」
そう言って、俺に部室の鍵を預けて出ていった
俺は、暫く頭が回らなかった
少しして教室に戻ると、双葉は先に戻っていた
遅れて弁当を食べている時に、真白や大樹に話かけられたが、何を返したか覚えていなかった
放課後、部室に双葉はいなかったが、帰る頃に来て
「テニス部は辞めたから」
そう言って俺に抱きついてきた
「どうなってるの!!」
帰り道を三人で歩いている
両腕はいつもの二人に組まれて、制服の裾を双葉に掴まれていた
『ごめん、俺もわからない』
「理屈じゃないから、お姉ちゃんも言ってたよね」
「え?うん」
「だから、そういう事だよ」
詳しくは話してもらえず、三人を送って帰宅した
「えー、また一人増えたの?」
夕食後、姉に話すとそう言われた
『いや、また一人って』
「どんどん増えて行くと、お姉ちゃん爆発しちゃうなぁ」
『そんな事しないよ!』
「でもなぁ、柊さんの妹の双葉ちゃんか」
『理由がわからん』
「いや、どう考えても昨日の件でしょ」
『あ、やっぱそうなる?』
「それ以外ないわよ」
『まじか…』
「暫く大人しくしておいたら〜?」
『そうします』
そして少し機嫌が悪そうな姉をなだめつつ、一緒に寝るのであった




