表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異星人といっしょ

シーフード・ウーマン

作者: 樹莉亜

 食卓の中央に山のように積み上げられたそれを目にして、ジャックはやや呆気に取られた。

 焼きたての香ばしい匂いと共に、スパイシーな香りが部屋に充満している。

 足元で、猫がくしゃん、とくしゃみをした。

「ナンか」

「匂う?」

 レディ・デオ・キシは対面式のキッチンから顔を出して、蠱惑的な微笑みを浮かべ、カレーよ。と、言った。

 猫がまた一つ、くしゃんとやって、とことことティッシュを取りに行く。前足で器用に掴んだまでは良かったが、その先が難しいらしい。ジャックを振り仰ぎ、にゃぁ。と、鳴いた。

「首のファスナーを開けてほしいのにゃ」

「子供か、お前は」

 慣れているのか、猫がしゃべる事にはなんの疑問も持たず、首の後ろの極細ファスナーを開けてやる。

 中から黒くてのっぺりとしたニャントロ星人の顔が出て、どこにあるんだかわからない鼻をかんだ。

「ニャンコにカレーはいけなかったかしら?」

 レディ・デオ・キシは優雅な動きでカレーの皿を二つ、テーブルの上に置いた。東欧風の美しい顔をこちらに向けて、少し残念そうに眉尻を下げる。その体は蛸か烏賊のようにいくつもの触手が伸び、器用にサラダボールと取り皿を並べていた。

 ジャックはカレーを目の前に、眉をひそめた。車海老やムール貝の間から、無造作に切られた白いものが、黄色い液体の中に浮いている。

「せっかくシーフードカレーを作ったのに、ニャンコが食べられないのは残念ね」

 そう言ってレディは、半透明の体を青紫色に光らせる。感情と連動する体色は、しかしすぐに機嫌よくピンクラメに変わってキラキラと輝いた。

 蛸がシーフードカレー作ってやがる。

 思わず頭を掠めた言葉を振り払うように、ジャックは首を振った。

 面倒見が良く穏やかな性格の彼女は、職場でも人気がある。失礼があってはいけない。

 ニャンコが軽やかに椅子に飛び乗り、にゃあ、と鳴く。少しだけジャック達の目線に近付いたニャンコは、暫くあるんだかないんだかわからない鼻でフンフン、と部屋の匂いを嗅いでいた。

「ニャーはラッシーを所望なのにゃ」

「ラッシーたぁ何だ、犬か?」

 ジャックの言い様に、レディはころころと笑い声を上げた。

「ラッシーは飲み物よ。ヨーグルトとミルクを混ぜ合わせたものなの」

 レディはニャンコに向かい、「お砂糖は入れる?」と、優しく聞いた。

 ニャンコが嬉しそうに、にゃあ、と鳴くと、どこにあったのかわからない口が、逆三角形にポッカリと開く。

 レディが白い液体の入ったタンブラーを、三本の触手を使って器用に目の前に置くと、ニャンコは早速ナンを一枚とって、ラッシーに浸して食べ始めた。

「んまいにゃ」

 ニャンコがそう言うと、レディは機嫌良く、体色を、流れるネオンサインのように光らせる。よかったわ、と微笑み、ジャックにもカレーを勧める。

 何気なく差し出された触手の先端がいびつに途切れているのに気付いて、ジャックは息を呑んだ。

「レディ、その手はどうしたんだ?」

 何故だか、カレーの中の烏賊様の白い物体が気になる。

 彼女は今になって気付いたようで、あら、と驚いた。

 痛覚はないのだろうか?

 目の前で瞬く間に再生していく触手を見ながら、彼女にとっては大した事ではないのだと覚る。

 何故だか、白い物体が気になる。

「ごめんなさいね。もしかしたら、カレーの中に入ったかもしれないわ。切れ端」

「……これ」

 ジャックが徐に指さすカレーの中身を見て、レディはああ、それ。と、頷いた。

「よけておいてね。私、まだ結婚する気はないのよ」

 結婚?

 話がどこに飛んだのかわからず目が点になっているジャックをよそに、レディはころころと笑い出した。

「もっとも、地球人のあなたには、わからないわよね。こっちのプロポーズの仕方なんて」

「レディの一族は触手の一部をお互いに食べ合うのが結婚の儀式なのにゃ」

 ニャンコが横から解説を加える。ジャックは思わず自分の指を押さえた。

 見咎めて、レディの体が灰紫色に変わる。

「心配しなくても、地球人の体を食べたりしないわよ。再生できないんでしょ? 不便よね。どうやって愛を語るのかしら?」

「……それは、まぁ。言葉で」

 ジャックは敢えてレディを見ないよう、やけに慎重に触手の欠片をスプーンで掬って小皿に取り出す。烏賊よりも柔らかそうなそれが、ぷるん、と揺れた。

 何故だかジャックは、胃が痛くなって来た。

「ふぅん、言葉……だけ?」

 レディの触手が、からかうように、スラックスの上から彼の足に触れる。ぞくり、と肌が粟立ち、思わず身を引き腰を浮かすジャックに、ニャンコが不思議そうに振り返る。

 レディは蠱惑的な微笑みを浮かべ、冗談よ。と、言った。

「さぁ、遠慮なく食べてちょうだい。沢山作ったのよ」

 気を取り直すように、彼女はキラキラとピンク色に光り出す。

 しかしジャックはキリキリとした胃の痛みに腹を押さえた。背筋も何だかゾクゾクする。


 暫くカレーは食いたくない。





〔終わり〕

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ