その愛情は心地よい【捨てられる予定の皇妃ですが、皇帝が前世の推しだと気づいたのでこの状況を楽しみます!】
「ヴィー様、おはようございます!!」
「おはよう、マドロール」
「はぁ、かっこいい。好き」
ヴィツィオは、帝国の皇帝である。
暴君皇帝などと呼ばれ、周りの人間を大切になどしない、そういう冷徹な存在であった。
実際に自身に逆らう存在を破滅されたことは数え切れず……。
そんなヴィツィオの生活が変わったのは、顔をだらしなくさせて幸せそうに笑っている皇妃マドロールと結婚したからと言えるだろう。
無邪気に笑うマドロールは、ヴィツィオの挙動一つ一つに反応する。
ただ、生きてくれているだけで幸せだとそんな風にマドロールは笑う。
――そんなマドロールを見ると、ヴィツィオはついつい笑ってしまう。
ヴィツィオは自分がこんな風に誰か一人の存在に出会ったからと言って、笑うようになるなんて思っていなかった。
そもそも皇族というのは、家庭環境が希薄なものだ。それは皇族だけではなく、貴族全体にいえることかもしれない。例にももれず、ヴィツィオの両親にも愛なんてものは欠片もなかった。どろどろとした権力争いに、皇帝の愛を求める妃たちの争い。そういうものをヴィツィオは昔から見てきた。
そして皇子の一人であったヴィツィオは、命を狙われることも度々あった。今、ヴィツィオが皇帝の地位についているのも、皇位継承権争いで他の兄弟の命を奪ったからでもある。
ヴィツィオは愛情なんてものを知らなかった。
そんなものを馬鹿らしいと思っていた。
けれども、マドロールに出会ってからその心境は大きく変わった。
マドロールはヴィツィオがどういう存在か知っている。前世の記憶のあるマドロールは、ヴィツィオの恐ろしさも、ヴィツィオの過去も理解している。ヴィツィオの皇帝としての冷徹さを恐れる者は多い。
けれどマドロールはヴィツィオがどういう存在か知っていても、ヴィツィオの冷徹さを知っていても――ただヴィツィオがいるだけで幸せだと嬉しそうに笑っている。
ヴィツィオがマドロールを抱いたのも、話すようになったのも最初は気まぐれだった。あくまでただの政略結婚の相手でしかなく、最低限の皇妃としての役割を与えるだけのつもりだった。
だけれども、マドロールの傍はただただ心地よいのだ。
無条件にヴィツィオのことを受け入れ、ヴィツィオがどんな一面を見せても愛おしそうに笑っている。
そんなマドロールの愛情が心地よいのだ。
「ヴィー様、どうしました?」
じっとマドロールを見つめていたヴィツィオに、マドロールは不思議そうに問いかける。
その赤い瞳は、いつも幸せそうにヴィツィオだけを見つめている。
「マドロールは、甘い毒みたいだ」
「えー、なんですか? それ?」
「一緒に居たら離れなくなる」
マドロールの傍はどうしようもないほど、心地よい。
だからこそ、それは一度傍に居る心地よさを知ったら離れることが出来ない毒のようだとヴィツィオは思っている。
マドロールはヴィツィオの言葉におかしそうに笑った。
「ふふっ。それってヴィー様が私のことを好きでいてくれているって証ですよね。ヴィー様が私とずっと一緒に居たいって思ってくれているなら、それは私にとっての幸福です! でも私にとってもヴィー様は一生見つめ続けたい存在なんですよ。ヴィー様が目の前にいてくれて、私のことを好きだって言ってくれて……、ヴィー様の奥さんでいられることが本当に幸せで。だから私は今死んだって後悔しないぐらい、ずっと幸せです」
「駄目だ」
「ふふっ。比喩ですからね? 私は長生きしてヴィー様がおじいさんになっても傍に居て、幸福に暮らしていたいんですから」
マドロールはそんなことを言う。
今死んでも後悔しないぐらいに、ヴィツィオの傍に居るのは幸福だ。
そんな風にマドロールはいつも言い切る。その言葉はマドロールの本心であることが、ヴィツィオには分かっている。
それが本心からの言葉であることを知っているからこそ、マドロールのことが愛おしく思う。
いつだって素直に自分の気持ちを口にして、ただただ一心にヴィツィオのことを愛している。
――マドロールはそういう女性だった。
だからたとえ甘い毒のようにマドロールの傍から離れられなくなっても、それはそれでいいかとヴィツィオは思っている。
その愛情の心地よさにヴィツィオは幸福をもらっているから。感じたことのない愛おしさと、幸せをもらっているから。
――きっとマドロールが嫌がっても、おばあさんになってもヴィツィオはマドロールを傍に置くだろう。
それだけヴィツィオはマドロールという甘い毒に侵されているから。
書いていて難しかったです。