魔法の鏡が「美しいのは白雪姫」というのをホラーを加えて言ってくる
城の時計が真夜中を知らせる。王妃は鏡の間へ向かうためにロウソクを灯したランプを片手に、長い階段を上る。
階段の先には鏡の間。重い扉を音を立てて開けて中に入ると、王妃の持つランプの炎が風もないのに
ジジ
ジジジ
と音を立て、やがて大きく揺らめいたかと思うと、フッと消えてしまった。
「きゃあああああああ!!」
『かーごめ かごめ
かーごのなーかのとーりーはー
いーついーつでーやーるー
よーあーけーのばーんにー』
「ひゃ、ひゃああああああ」
『ここに入ったからには
もう誰も逃げられない……』
「怖い! 暗い! 怖い! 誰か灯りを!」
その時、鏡の間に据えられていた多数の燭台に
ボ ボ ボ ボ ボ ボ
と一斉に火がつく。ホッとする王妃だが、目の前には白い服を着た長い髪の女が立っていた。
「きゃあああああああ!!」
『ププッ。王妃さま落ち着いてください』
「は! え?」
目の前の白い服を着た女が話しかけてきた。
『よく見てください。これ私に映った王妃さまですよ』
「はぁはぁはぁ……。ほ、本当だわ」
『落ち着きましたか、マダム』
王妃は美しい柳眉を逆立てて、鏡に詰め寄る。
「どうしてこういうことをするの!」
『いえあの~、夏なんでホラーみたいなのがいいかなぁと……』
「そういうことはやらなくていいの! 一回もやらなくていいの! どうして余計なことするの!」
『いや王妃さま喜ぶかなあーって思って』
「それから歌流れたわね?」
『え? 何か聞こえました?』
「いや『私にしか聞こえなかった』みたいなのいいから。歌ったでしょ?」
『……ハイ。歌いました。かごめかごめを……』
「そういうホラー煽りしなくていいから」
『ハイ……すいません』
「それから『ここからもう出られない』みたいなこと言ったわね?」
『ハイ、いいました』
「出られるわよね?」
『出れます』
「じゃ言わないで」
『ハイ。すいません。お詫びに肩でも揉みましょうか?』
「あなた揉めないでしょ? 出来ないこと言わないで」
『ごもっともで……』
「あのねぇ。あなたはいつもの、質問に答えてればいいの。私が『世界で一番美しい人はだあれ』と聞いたら『それは王妃さまです』『あらそんなことないわよ、おほほほほ』『いえいえそんなことあります』『口が上手いわね。じゃあおやすみなさい』『ええ王妃さまもよい眠りを』で一日を、気持ちよく終えれるんじゃない。それがルーティーンというものよ」
『さ、さようで……』
「じゃあいくわよ。鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しい人はだあれ~」
『それは白雪姫でございます』
ピタッ
「はあ?」
『王妃さまは世界ランク第二位でございます。二位じゃダメなんですか?』
「いやちょっと待ちなさい。白雪姫って継子の?」
『イエス。マダム』
「いや、ない。それはない」
『どうしてですか?』
「あんな、年端もいかない小娘が一位の分けないでしょ。私は上から髪艶よし、顔よし、ボディよし、色気ありで今まで世界一位だったのよ?」
『その王座がとうとう凋落。その日が来たのです』
「はあー? マジありえないんですけど」
『ジャ、ジャーン
祇園精舎の鐘の声……
諸行無常の響きあり……
沙羅双樹の花の色……
盛者必衰の理をあらわす……
おごれる人も久しからず……
ただ春の夜の夢のごとし……
たけき者も遂にはほろびぬ……
ひとへに風の前の塵に同じ……』
「いや、怖い。言い方怖い。いらないのそんな怖い雰囲気づくり」
『つまりそういうこと。どんな人でも一位を保つことは無理なのです』
「いやそんなことないわ。だったらあの娘、殺してやる!」
『……おかあさん』
「!! なに? その死にそうな子供の声」
『今のは白雪姫が王妃さまに殺される時に言うセリフでございます』
「余計なこと言わないで頂戴。殺る気が削がれるじゃない」
『一番怖いのは王妃さまでございます』
「いらないわよ、そんな世界一位」
『ですよね』
「だいたい、あんな娘のどこが美しいっていうの? あんた審美眼が腐ったんじゃないの?」
『いえいえ、私は世界一位の正直者でございます』
「この城には何人も世界一位がいるのねぇ……。まあそれはいいとして、あの娘が一位で、私が二位の証拠見せなさいよ」
『はい。ではこちらが白雪姫でございます』
鏡に白雪姫の胸像が映る。
「うん……。まああんまりよく見たことはないけど、こうして見てみても世界一ではないわよね」
『そしてこちらが王妃さまでございます』
今度は王妃の胸像が映った。
「あら美しい。誰かしらこの美人。やっぱり一位はこの人だわ」
『お気付きになられただろうか……』
「……いや、ちょっとなに?」
『もう一度、王妃さまの胸像を映してみよう……』
「いや、怖い、怖い。言い方怖い」
『……王妃さまの長い黒髪の後ろに、こちらを睨む恐ろしい顔の女が……』
「きゃあああああああ!!」
『これは昔、王妃さまに殺された……、白雪姫の怨念なのかもしれない……』
「いや、待てえ! なに? そのナレーション。私、まだ殺してないわよ?」
『ハイ。フォトショップで加工しました』
「なにしてくれてんだよ、クソ鏡が!」
『まず王妃さまをなげなわツールで選択範囲を取った後に、ぼかしを入れてコピーし、別なレイヤーにペースト。その後ろに白雪姫の画像を重ねて青黒い色を入れて加工。さらに目の部分に暗さを加えて睨んでいるように……』
「知らねぇよ。なんだそれ。一個もわかんねぇことペチャクチャ喋りやがって」
『王妃さまに残念なお知らせがあります』
「なによ」
『先ほどから吐いている暴言により、王妃さまの美しさランキングは世界14位に落ちました』
「なんでだよ。もーいーよ」
王妃さまはペコリと頭を下げた。