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夜の裏



男は持っていた刃物を一振りした。

赤い液体が刀身から床に飛ぶ。

ピッと散った血を無感情な瞳で見つめながら、男は刃物を懐へ仕舞った。


……先ほどの者が最後か。

床に倒れた大きな鎧に視線を移す。


王城を守る衛兵たちを一通り始末して、彼らの持っていた灯を消した。

今夜の王城を照らすものはもう、静かな夜空に浮かぶ青白い月だけ。

これで自らに課せられた仕事のあらかたを終えた。



仕事を終えた男の長い影は、這うように薄暗い廊下を移動していく。


蛇のようにしなやかで細い手足や、特徴的な切れ長の瞳孔などの身体的特徴を持ったその男は、スルスルと音もたてずに移動して目的の部屋の扉の前に辿り着き、やはり音も立てずに部屋の中へと身を滑り込ませた。



薄暗い部屋の中には、既に3つの影があった。

普通の人間ならばこの部屋に何かが潜んでいると察することさえできないかもしれないが、不気味なものの気配は、男にとってはむしろ安心できる古巣だ。



「次に来たのはヒューゴか。ならば、あとはエーヴァだけかの」


暗闇から、低く湿った声がする。

ぎょろりとした目をヒューゴと呼ばれた男に向けたのは、黒みがかった皮膚に毒々しい赤い斑点を持つイモリの特徴を持つ男だった。

ハーデンというそのイモリ男はヒューゴと同じく獣人の国である帝国軍の諜報部・暗殺部隊に所属しているベテランで、ヒューゴも師事したことのある男だ。

今回の計画では、国王夫妻の暗殺という大任を難なくやってのけた様子だ。




「エーヴァのヤツ、ターゲットは王子だけだってのにこんな遅くなるもんか? もしかしてあのナヨった王子相手にトチったんじゃないだろうな?返り討ちにあってコロッといったんじゃねえか?優秀とはいえエーヴァは獣人じゃなくてヘボい人間だからな」


鋭い犬歯を覗かせながら不気味に笑い、肘掛椅子をギイギイと揺らしたのは青白い顔で目の下にクマを作った蝙蝠の男だ。

彼は名をフレダマスという。

フレダマスは、今回の計画では幼い第一王女の捕縛を担当していた。

部屋の隅に目をやると、死んだように動かない小さなドレスを着た塊が転がされているので、フレダマスも難なく任務をこなしたようだった。




「なあヒューゴ。どうする?王子サクッと殺ろうとしたエーヴァが返り討ちにあってポックリ死んでたら」


フレダマスは気だるげな態度で肘掛に肘を付き、ヒューゴの顔を覗き込んできた。

ヒューゴはにやにやと笑うフレダマスを軽く睨みつけ、低い声で反論する。


「エーヴァがあんな王子に後れを取るわけない……。エーヴァは獣人でなくとも子供の頃から誰よりも優秀だ……。ずっと一緒にいた俺は知ってる」


「ずっと一緒? ……ああ、お前ら同期だっけか」


「エーヴァが軍に買われて帝国に来た時からずっと一緒だ」


ヒューゴとエーヴァは、フレダマスが言うように同期だ。

2人は同じ時期に軍属し、共に軍学校で学び、同じ時期に諜報部へ入った。


獣人の国だが人間を買って使うことのある帝国は、どこかの貧乏な人間の村から子供を買ってきては特定の仕事に従事させる。

帝国軍の諜報部もその一つだ。

手先が器用で賢く、思惑を悟られない術に長けた謀略の種族である人間の暗殺者は一定の需要がある。

また人間の女性を嫌う種族は少ないため、帝国軍にいる人間の女性の暗殺者は実は男性よりも多かったりする。




「でも実際、エーヴァの人間の身体能力なんて獣人にはチッとも及ばねえだろ」


「及ぶ」


「いやいや、冷静に考えてこれっぽっちも及ばねえだろ。帝国軍の諜報部が人間を育てるのは、人間が単純バカが多い獣人よりも演技が上手いからってだけだからな」


「それだけじゃない。エーヴァは強いし賢いし、何でもできる」


「いやだから、強くはないだろ。それに何でも出来ねえし」


「エーヴァなら何でもできる」


「……お前、エーヴァの信者か何か? 人間のエーヴァにできる事なんて、せいぜいぶりっ子してカモるくらいだぜ。ほら人間の女は可愛いしいいにおいするし、色仕掛けで仕事するしかないだろ。だからやっぱエーヴァも必死に王子とチューしまくってんだろーよ」


「……」


ヒューゴは何も言わなかったし表情も変えなかったが、おもむろに懐に手を忍ばせた。

蛇の獣人であるヒューゴの、まるで蛇のように素早く滑る手の動きは、獣人の鍛えられた目でなければ捉えることは難しかっただろう。


刃物が擦れる音はおろか、空気を切り裂く音さえもせず、刃物が飛んだ。

八重歯を見せて笑うフレダマスの喉元に。



しかし、ヒューゴの攻撃はフレダマスには届かなかった。



「ちょっと。こんなとこで殺し合いしないでよ」


足を組み替えて面倒くさそうにヒューゴの暗器を叩き落としたのは、赤い口紅の女だ。


ぬめりを帯びた髪と、大きな目が特徴的な彼女の名はエメレッタ。

王国に忍び込んだ際には隠していた大きな吸盤のついた8つの足のうちの一つで、ヒューゴの暗器を遮ったのだ。

エメレッタは大蛸の女で、人型の部分だけを見ればただの女性のサイズだが、後ろに広がる超再生の8つの大足まで含めるとこの中では誰よりも大きくて力が強い。


この女だけは、絞め殺そうにも軟体で逃げられるから難しそうだと常々思っているヒューゴは、諦めて暗器を懐に収めなおした。


フレダマスが相変わらずニヤニヤしているのが気に食わないが、もういい。



プイっとそっぽを向いたが、次はエメレッタに話しかけられた。


「で、ヒューゴ。第一王子はどうだったの?」


「……どうとは?」


「あんたお得意の八つ裂き?それとも粘着質な蛇らしく絞め殺し?」


エメレッタはエーヴァが任務を終えて所定の場所、つまりこの部屋に来るまでの間の暇つぶしに世間話をご所望のようだった。

暗殺の手法が世間話とは末恐ろしいものだが、生まれてすぐに暗殺技術を叩きこまれた暗殺者である彼らの間ではこれが普通なのである。



ヒューゴは明日の朝食を答えるような気軽さで小さく頷いた。


「絞めた」


「やっぱりそうなのね。 あんたが担当した第一王子様、結構顔が好みだったから本当は私が担当したかったわ。エーヴァが担当してる第二王子の方でも良かったけど、私が実際任されたのは雑魚掃除だったから嫌になっちゃうわよね……」


そう言って悩ましそうなため息をついたエメレッタに返事をしたのは、ヒューゴではなくフレダマスだ。


「俺の方だってロリ王女様を生かしてヒッ捕とらえろなんて言われて、なんでヌッ殺しちゃいけないんだって嫌になったね。俺、捕獲任務が一番しんどいわ」


フレダマスは、部屋の隅に転がっている王女らしき小さなものを一瞥して忌々しそうにぼやく。

それから、この部屋で一番大きなソファに腰かけているヤモリ男に声をかけた。


「ハーデン部隊長はどうでした」


「ワシはいつもと変わらぬ労働をしたまでよ」


ハーデンは、まるで縁側で日向ぼっこをしているようにのんびり笑った。


歴戦の大ベテラン暗殺者はどこにでも忍び込む器用な体と、どんな場所でも昇る特殊な手足で獲物を追い詰め、ただの一度も逃がしたことはないと有名だ。



「ハーデン部隊長はこの日の為に庭師の爺さん役やってたもんな。板についてましたよ」


「花は好きじゃからな。いくつもの花壇を枯らして疑われたのでそれを黙らせたのを除けば、まずまずの出来じゃった」


ハーデンはふふふと笑ったが、実際は花壇の花を枯らしたことを指摘してきた侍女を暗殺していたりと物騒なことをしている。

エメレッタも同様に「私も足を見られた衛兵を1人2人消しましたわ」と告白していた。


「俺は街の人間の女の子をカッ攫いまくって超有意義に過ごしてたぜ。まあターゲットは殺せなかったが、街で遊べたのは良かったな。ヒューゴはどうだ?人間の女の子は、帝国の雌とは比べもんにならねえくらい可愛いからな、王国での任務は最高だったろ」


「別に」


帝国の女性であるエメレッタが、フレダマスの失礼な物言いに対して一瞬こめかみに青筋を立てたが、当のフレダマスは気づいていないらしい。

そんな可愛い女の子の暗殺を好むフレダマスを素っ気なくあしらって、ヒューゴはちらりと時計を見た。


時計の針はカチカチと音を立て、容赦なく進んでいく。

3人はまだ話を続けているが、エーヴァはまだ現れない。


なんとなく、窓の外を見る。

変わらぬ夜の闇と、青白い月。

王城の庭に動くものはない。








……やっぱりエーヴァは、少し遅いのではないか。


まさか第二王子暗殺に手間取っているのだろうか。

反抗されて、逆にエーヴァが傷を負っていたりするのだろうか。

いやいや、ただの人間にエーヴァが押されるわけがない。


ヒューゴは、この王国潜入の任務が終わったら一週間程休暇が与えられえるので、エーヴァとどこか旅行にでも誘いたいと考えていた。

エーヴァが無事に王子を殺して任務を終えたらすぐに話して、どこに行くか一緒に決めようと思っていたのに。


暗殺者はあまり他人のターゲットに手を出すことはしないが、少し様子を見に行こうか。



ヒューゴが無言で扉の取っ手に手をかけると、背中から声が飛んできた。


「ヒューゴ。どこへ行くつもり?」


「エーヴァの様子を見に」


エメレッタの方に振り返り、手短に目的地を伝える。


「心配なの?」


「早く帰って来てほしい」


ヒューゴが小さく頷くと、エメレッタはうーんと首をひねった。


「まあ、あの子も人間ではあれど一人前の暗殺者だから、王子ごときの暗殺に手間取ってるってわけではないと思うけど。部屋の宝石類でも物色して時間かかってるんじゃない?」



エーヴァが宝石に興味があったという記憶はないが、確かに可愛いアクセサリーでもつけたら可愛いだろう。

ともかく、待ちきれなくなったのでヒューゴは取っ手を回して扉を開けた。


「取り敢えず、俺は行く」


「待ちなさいよ。第二王子の部屋よね?私も一緒に行っちゃおうかしら」


パッと立ち上がったエメレッタがヒューゴの後に続いたが、ヒューゴは構わず第二王子の部屋を目指して歩きだした。








週に二回くらいの更新になる予定です。

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