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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロクデナシのナナ

作者: 清水悠生


「うぇっへへへ。ただいまぁ~。」

「おかえり。もう、また飲み過ぎて!」

「ごめんって~。」


 その日、マコトは酷く酒に酔って帰ってきた。まあ、今日だけではなく、近頃は多いのだけれど。

 一先ず水を飲ませて、シャワーを浴びるように促す。でも、マコトは私にくっついたまま離れない。引っ付き虫を身に纏ったまま、私はベッドへ向かう。眠らせてしまえば離れる事は解っている、経験則だ。


「お疲れ様。」

「……うん。」


 それでも仕事や人付き合いで疲れている幼馴染を無下になど出来はしない。抱き寄せて背中を撫でていると、少しして穏やかな寝息が聴こえてきた。


「おやすみ。」


 良い夢が見られますように。そんな事を祈って、頬にキスを落とした。



 ――言ってしまえば、私はログデナシと言うヤツで。

 他者と関わるのが酷く面倒で仕方が無い。深く関わるほどに、何故だか離れたくなる。嫌いになるわけでもないのに。


「お疲れ様。」

「……うん。」


 それでも彼女と居るのは悪くない、そう思っている。

 昔からの仲ではあるが、これほど友好な関係が長く続いた事は他に無い。

 私ばかりが甘えてしまっている状況に申し訳なくも思うけれど、それでも彼女は見捨てはしないだろうと信じている。

 私は知っている。彼女が私を好いていると言う事を。私を愛していると言う事を。

 それに気付かぬふりを続けるのは、きっと狡い事なのだろう。卑怯で、醜悪で、酷薄で、自身がどれだけ矮小な心の持ち主なのかを思い知らされる。

 彼女と過ごす日々は安らかで、穏やかだ。だけれども、時折、自責の苦しみが私を苛む。

 不安になるのだ。私は彼女を都合の良い人間だと思っているのではないか、と。

 だって、そうだろう。他人と関わるのを面倒がる癖に、人一倍寂しがりな人間はきっと我が儘だ。それに付き合ってくれる友人を、私は自身の心を埋めるために利用しているだけなんだと。そう思わずにはいられない。

 それでも、私は彼女との関係を断ちたくはなかった。苦しみを捨てるのは簡単だが、この暖かさを捨てるのは、どうにも辛くてならない。

 いつまでこの生活が続くのだろう。いつまで、この生活を続けられるだろう。

 答えの出ない悩みは脳内をぐるぐると廻り、やはり答えの出ないまま深い眠りの闇に消えるのだった。



 私は今、酷く興奮している。無防備な友人の寝顔を見詰め、下腹が内側から締め付けられる様な感覚を覚えている。

 マコトはとても守りの固い人間だ。他者に隙を見せたりなんてしない。特に、親しくない人間に対しては。

 でも、私には隙だらけだ。

 その事実に心の器が温かなもので満たされていく。純粋な幸福感とはこの事を言うのだろう。

 それとは別に、身を焦がすかの様な情欲と後ろめたい罪悪感がこの身を焦がす。

 マコトが起きている時は気の良い友人の顔をして。当の本人が寝静まれば内なる雌が顔を出す。

 ――あなたを想い濡れそぼる私なんて、きっとあなたは知らないでしょう。友にあるまじき汚らわしい感情を抱いているだなんて、きっとあなたは思いもしないでしょう。恋慕の果てへ続く道に肉欲の迷宮がある事を、あなたは知らないでしょう。

 きっと、私の恋心なんてずっと前から気付いているに決まっている。私が表面上、ただの友人を演じているから、マコトはそれに付き合ってくれているに過ぎない。

 この壊れかけた仮面を外せば、もしかしたら新しいストーリーを紡げるのだろうか。なんて、そんな、ろくでもない希望。

 マコトの胸に顔を埋めれば、酒と香水と体臭が混じる匂いが媚毒の如く脳髄を痺れさせる。歪んだ旋律を奏でる指が一際激しく踊って。そうして天にも昇る様な至福と地獄に叩き落される様な自己嫌悪を同時に感じて、今日も自身に失望を抱いたまま眠る。

 やはり今夜も、本気で彼女に手を出す事なんて、この関係を壊すのが恐ろしくて、出来もしないのだった。

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