表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/246

【Ⅷ】#11-Fin All At OncE=DisastaR


 虚華はパンドラに「歪曲の館」の館内で充てがわれた一室にあるベッドに寝転がり、ディストピアから持ち帰ってきた依音の片手剣をぼんやりと眺めていた。

 普段は使うことのない豪華なベッドで寝転がっているというのに、ベッドの感想などはなく、ただずっと片手剣を見ながら、過去の依音との思い出に浸っている。

 フィーアでの依音の幼少期がどうだったかは分からないが、ディストピアの依音は彼女と同じように歳下の琴理を何かと気にかけ、自分も含めた「喪失」の面々をとても大切にしていたお姉さん的立ち位置だった。

 生き残る為の作戦立案等も殆どが依音が担っており、彼女が死ぬまでは誰一人として仲間が欠けることがなかった。そんな彼女を死なせてしまったのは自分なのだ。そんな後悔の念が彼女の形見でもある片手剣を見ていると今でも鮮明に脳裏から引き出すことが出来る気がしている。


 (止めよう。後悔した所で依音は帰ってこない)


 ──本当にそうだろうか?


 確かに後悔しても虚華の知る依音は自分に笑いかけてはくれないが、自分が行動を起こせば、彼女が帰ってくる可能性があるのではないか?

 ディストピアから持ち帰った出灰依音(いずりはいお)葵薺(あおいなずな)の亡骸は「七つの罪源(パブリック・エネミー)」の中でも死に纏わる情報を多く持ち得ている禍津に預けている。

 死に纏わること以外も彼の「万物記録(アカシックレコード)」では知識として持ち合わせているということだが、果たして彼が彼女らを蘇生出来るかまでは定かではない。


 「それにしても暇だなぁ……。かと言って下手に外に出れる訳じゃないし」

 

 今こうして虚華がベッドに転がり、片手剣を眺めながら自傷しているのは、今自分に出来ることは何一つ無いからだ。

 外に出れば「喪失」の面々が血眼とまでは行かないが、空いた片手間程度には自分のことを探してくれているだろう。……きっと探してくれてるよね?何故かディストピアで再会するとは思ってなかったけど、探してくれていると虚華は心で信じている。

 探さないで欲しいし、見つけられたくないが、それでも一切探されないのも何だか嫌な感じがする。

 そんな微妙な乙女心を燻ぶらせながら、ベッドでゴロゴロしていると、ドアをノックする音が聞こえる。


 「ヴァールちゃん〜。今ちょっといいかしら〜?」


 スローテンポでおっとりとした声色で虚華を呼ぶ声がドア越しに聞こえた。聞いたことはあるが、ぽんと名前が出てこない。虚華は名前を必死に思い出そうと考えていると、ドアががちゃりと音を立てて開かれた。

 虚華の視界の先には声色から想像できるピンク髪でおっとり系の美人が、若干頬を膨らませながら仁王立ちしている。虚華の偏見ではあるが、この手のタイプは気に触ることをすると、延々と構ってくるのだ。


 「あ〜、やっぱり居たじゃない〜。も〜ぅ。駄目よぉ?居留守なんて使っちゃ〜」

 「す、すみません。えっと貴方は……」


 虚華が申し訳無さそうにピンク髪の女性に謝罪すると、何故かピンク髪の女性も肩を落とす。


 「もぅ〜!前に一回応接間で話したことあるでしょ〜?」

 「え、えっと……?」


 ピンク髪の女性の言葉に虚華は困惑する。目の前の女性はどう考えてもこちらのことを知人、それも会ったことのある人物だと認識しているが、虚華が知っている「七つの罪源」のメンバーはパンドラ、禍津、アラディアの三人だけだ。 

 他のメンバーは「忘我」「汚染」「瑕疵」「寂寞」の四人だが、どれが誰に当てはまるのか検討もつかないのだ。パンドラも「会えば分かるじゃろ」と言っていたが、名札を首からぶら下げても無いのに、どうやって判断しろというのか。

 目の前の女性は、もはやこちらのことを見向きもせずに、両手を胸の前で組んで記憶の中の誰かに思いを馳せている。

 

 「おかしいわねぇ。あの時は貴方から熱烈なアプローチがあったのに……。勇猛果敢にカサンドラに挑みもうとする姿は悪くなかったわぁ」

 「カサンドラ……さん?」

 「やっと思い出したぁ?酷いわぁ。カサンドラのことを忘れるなんてぇ」


 思い出しては居ない。自分で名乗った名前を鸚鵡返ししただけだ。けれど、この会話である程度のことは理解出来た。

 恐らくカサンドラと名乗る女性が出逢ったのは、自分ではなく「エラー」の“虚華”の方だ。

 その根拠として、虚華は一部ではあるが事の顛末をこの屋敷内で禍津達と覗いていた。

 「カサンドラ」はハーミュゾロアに居たとされる「七つの罪源」のメンバーで「エラー」が挑んで返り討ちにあった相手だ。確かイドルがそう言っていた。

 彼女は自分を「エラー」と勘違いしている可能性が高い。流石に同一存在(同姓同名)とは言え、非人(あらずびと)なら誰でも殺そうとする人と同じにはされたくないので、弁明をせねば。


 「あ、あの。カサンドラさん」

 「ん?なぁに?」

 「わ、私は貴方の知ってる人(エラー)じゃ……へああぁ!?」

 

 ずいっと「カサンドラ」は距離を詰めてくる。直ぐに距離を離そうとしたが、彼女の両手がそれを用意に阻む。

 至近距離まで詰められた事で、虚華の顔に「カサンドラ」の身体が接触してしまう。嗅いだことのないいい香りが虚華の鼻腔一杯に広がり、少しだけクラリとする。

 きっとこのいい香りは大人の女性が纏うべき物なのだろう。そんな事を考えながら、虚華はなるべく早く距離を置く。


 「な、何するんですかぁ!?」

 「ふふっ、つい抱き締めたくなっちゃったのぉ。ごめんなさいね“ヴァール”ちゃん」


 “ヴァール”ちゃん。「カサンドラ」は確かにそう言った。

 虚華は深い溜め息を一つ吐いた後に、「カサンドラ」に席に座るように促す。


 「「カサンドラ」さん、私があの子と違うと分かってて、あの子扱いしましたね……?」

 「ふふ、バレちゃった?じゃあ雑談ついでに聞いちゃうけど、「カサンドラ」の罪は何かしら?」


 口角を吊り上げて、少し不気味に微笑む「カサンドラ」に虚華は物怖じせずに目線を合わせる。

 彼女もパンドラや禍津と同じく、中央管理局に捕縛されていた存在、謂わば人間に仇なす可能性があるとされる存在。彼女の詳しい能力までは分からないが、罪の名前は知っている。


 「「寂寞」……ですよね、「カサンドラ」さん」

 「せいかぁ〜い。やっぱり知ってたのねぇ?なら御相こ様かしらぁ?」


 虚華が罪の名を告げた途端、「カサンドラ」の周りに花が咲いたかの様に明るい雰囲気を周囲に撒き散らす。黒と白が雑に散りばめられた屋敷にはミスマッチだなと思いながら、目の前の彼女に合わせて虚華も微笑む。


 「あ、このお菓子好きなのよねぇ〜。一つ貰っても良い〜?」

 「もう食べてるじゃないですか……あげますから、ゆっくり食べてください……」

 

 楽しそうに微笑み、自室においているお菓子を勝手に摘み食いしている彼女は「エラー」に対し、指一本たりとも触れずに撃退した上に記憶を消去したというが、正直な所そんなに驚異的な存在には見えない。

 接点すらなかった彼女が、急に自分の元へ訪ねてきた理由は一体何なのだろうか。聞いても良い物なのかと虚華は考え込む。

 接点の少ない人と話すのが苦手な虚華がそうこう悩んでいる内に、お菓子を平らげた「カサンドラ」が自身の指に付いた粉末を舐め取る。


 「ふぅ〜。美味しかったぁ。お腹空いてたから助かったぁ〜」

 「もしかして……、お腹が空いてたから私の部屋に来たんですか……?」

 「流石の「カサンドラ」もそこまで節操なしじゃないわよぉ〜。ちゃんとヴァールちゃんに用事があって来たんだからぁ〜」

 「そうですか……それで、私に用事ってなんですか?」


 未だに空腹なのか「カサンドラ」の腹の虫は絶賛暴走中だが、虚華はお構いなしに要件を尋ねる。

 窓の外を見ても景色が伺えない上に、時計もこの屋敷には無いせいで今が何時かは分からないが、まだ食事の時間には早い筈だ。


 (あれ?そう言えば……)

 

 よくよく考えてみると、虚華はこの屋敷内でまともな食事をとった覚えがないに気がついた。

 勿論、パンドラと一緒に過ごす時は紅茶と共に何かしら口に入れるものは用意されるが、どれだけ長い時間話したり、鍛錬していたとしても空腹感を感じた事がない。

 今もそうだ。喉が渇く感覚もないし、部屋に備え付けられているお菓子等にもあまり興味を感じない。


 (気にはなるけど、今は目の前の人の話を聞かないと)


 虚華は改めて「カサンドラ」の方に視線を向けると、「カサンドラ」は虚華の淹れた紅茶を淑女の様な所作で楽しんでいる。

 

 「あの、「カサンドラ」さん?」

 「あぁ〜。ごめんなさいねぇ。実はねぇ〜」


 ガチャリ、「カサンドラ」が何かを言い出そうとした時だった。「カサンドラ」の後方から扉が開かれる音がした。扉を開けたのは禍津だ。それも随分と機嫌の悪そうな悪人面をしている。眉間の皺も普段より深めに刻まれており、下手に触ると爆発するのは目に見えている。

 乙女の部屋のドアをノックもなしに開けたことに、一抹の怒りを覚えながらも、虚華は顔面の筋肉に鞭打って突然の客人に微笑みかける。


 「禍津さん、どうかされたのですか?」

 「ルウィード(カサンドラ)にお前を連れてくるよう頼んだのに、一向にこないから俺が呼びに来たんだ。大広間に来い。以上だ」

  

 それだけを言い残し、禍津は虚華の部屋を後にした。硬い靴底の靴を履いているのか、カツンカツンとヒールを履いているような歩いている音を立てながら、禍津が大広間の方へと向かっているのを耳で感じ、虚華はなんとも言えない感情に襲われていた。

 残された虚華はぽかんとした表情で開けたままの扉を見つめ、「カサンドラ」は未だに温かい紅茶に息を吹きかけながら悪戦苦闘している。

 若干引きつった顔で虚華は「カサンドラ」を見る。目があった「カサンドラ」は薄い笑みを浮かべながら飲み干したティーカップをソーサーに乗せる。

 

 「あらあら〜。禍津くんたら、せっかちさんねぇ〜」

 「……行きましょうか。パンドラさんを怒らせたくないですし」


 お菓子がぁ〜と嘆く「カサンドラ」の腕を強めに掴み、虚華は自室を後にした。

 なんだか嫌な予感しかしないので、本当は大広間になど行きたくはなくても、リーダーであるパンドラの命令に逆らうなどという選択肢など、虚華にはなかった。


 ________________

 

 「遅いではないか。ヴァール」

 「申し訳ありません、まさかパンドラさんのお呼びとは知らず」

 「良い、そこに座るが良い」

 

 既に大広間内には禍津が待機しており、いつもの仏頂面が目を瞑り、瞑想しているようだった。

 虚華が「カサンドラ」を引き連れ、パンドラの待つ大広間へと足を踏み入れた時に、虚華は嫌な予感が的中したことに気づいていた。

 パンドラに着席を促されたパンドラと「カサンドラ」はふかふかのソファに腰掛けるが、虚華は気が気でない。

 一方のパンドラは複雑な表情で虚華の顔をじぃっと見ている。虚華はパンドラの表情を見ればある程度言いたいことが分かる。これは何か凶兆の兆しがあると見た。

 虚華が着席したのを確認したパンドラは、肘掛けに肘を置き、手の上に顎を乗せる。

  

 「お主に言っておかねばならぬことがある」

 「なんでしょうか」


 重々しい空気の中、虚華は何用かと尋ねるが、パンドラは複雑そうな顔を崩さない。

 そんなパンドラが沈黙を破り、口を開く。

 

 「近々、葵琴理の捕縛、処分が中央管理局内部で決定されるらしい」

 「……はい?」


 虚華がその言葉を発するまでに、それ相応の時間がかかったことは語るまでもなかった。


 

この後、数話蛇足を挟んだ後、第九章に入ります。

虚華が何を選択するのか、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ