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【Ⅷ】#10 BygonE=StraiN


 未だに死の匂いが充満している公衆劇場の舞台に上がり、虚華は祈りを捧げている。

 この場に訪れた邪魔者(臨達)は既に立ち去り、この場には虚華、パンドラ、アラディアの三人、その他には生きている者は誰一人として居ないせいか、静謐さが場を支配している。

 虚華が死者への祈りを捧げている中、その行動を理解出来なかったパンドラ達は周囲を散策しながら、死体を物色し始める。

 

 「のぅ、アラディア。ホロウは何をしておるんじゃろうな?」

 「さぁ?直接本人に聞けば?キヒヒ、まぁ聞けないから聞いたんだろうけど?」


 虚華のことを茶化しながらも、二人は決して邪魔をせずに、虚華が祈りを捧げ終わるまでの間は、虚華に近づかずにあちこちに転がっている死体の状態を見ながら時間を潰していた。

 パンドラは一通り見終えると飽きたのか、虚華が膝に手を付き、立ち上がると同時に飛んで虚華の元へと近づく。

 あまりの速度で近寄られた虚華はよろけながらも、飛びついてきたパンドラを受け止める。


 「わっ、「歪曲」様?どうかなさいましたか?」

 「あー……うむ、そうじゃったな……まぁ良い。お主は一体、何に祈りを捧げていたのじゃ?」

 

 普段の虚華ならば、優しい笑みでこちらに笑いかけるものだとてっきり思っていたパンドラは、硬い口調に畏まった口調で接してくる虚華の対応の違いに、一抹の寂しさを覚える。

 

 「死者に、死んだ人達に。と言えば少しエゴが混じっちゃいますけど、そんな感じです」

 「死者に?おぉ、そなたの友人の……依音じゃったか?それとそなたの世界の葵薺にもか?」

 

 パンドラが記憶の中に残っていた単語を羅列しながら話していると、それが正しかったのか、虚華は首を縦に振り、肯定の意を示す。

 黒い頭巾のような物を被るようにと自分が言ったせいで、虚華の表情が見えないのは若干ネックだが、それを考慮してか、虚華が普段よりも少し大げさにリアクションしてくれるお陰で意思疎通が取りやすい。


 (その慮りがアラディアや、他の奴等にもあればのぉ……)


 「それだけじゃないですけどね。この場で犠牲になった全員に捧げたんです」

 

 そんな考えが意図せずとして溜息として出てしまっていたのか、虚華の言葉からは落胆の意を感じ取れた。

 しまった、とパンドラは思いつつも、虚華の言葉がどうにも引っかかった。


 ──この場で犠牲になった全員に捧げたんです。


 その言い方だと、此処で何かしらの事件や事故が起きたように聞こえる。確かに辺りを見渡してみるとあちこちに死体は散乱している。それこそ、腐乱化している者、白骨化している者、一部欠損している者等、状態は様々だ。

 だが、中央の舞台に向かうにつれ、死体の数は少なくなっており、中央の舞台には虚華の知り合いである「依音」という少女の遺体だけが綺麗なまま安置されていた。


 (しかも、「依音」は己の武器を抱きしめて絶命していた)

 

 「依音」以外の死骸は皆、中央管理局の制服を纏っている。状況だけ見ると、中央管理局に囲まれた“出灰依音”が善戦し、最期に舞台の中央で力尽きたように見える。

 ただ、周囲の死骸を観察したパンドラは、そうじゃない事(偽装工作された状況)は理解している。


 (そもそも死骸が自然に白骨化するまでは十年は掛かる。しかも全部がそうじゃない)

 

 けれど、きっと虚華は此処で起きたことを簡単には教えてくれないだろう。でも、知りたい。

 パンドラの脳内には無数の選択肢が存在する。

 考えられる可能性はいくつかあるが、虚華が話す当時の惨状では、取れない選択肢が沢山ある。

 それらを除外しても、虚華がどんな行動を取ったのか、核心に迫れない。

 だからこそ、虚華がどう歩んできたのかに興味があるのだ。


 「のぅ、()()、此処から生還した奴は居たのか?」

 「……?いいえ、全滅でしょうね。……何でそんな事を聞くんですか?」


 虚華は怪訝そうにしながらも答える。顔は見えないが、この質問をすること自体に相当の違和感を覚えているのだろう。

 虚華の態度など気にせずにパンドラはおどけながら、虚華の肩をてしてしと叩く。


 「気を悪くしたのならすまぬの。ただ、気になったのじゃ」

 「……この状況で何か気になることが?」


 そのセリフを、もし自分が言ったならきっと虚華は「気になることだらけですよ!?」と突っ込んでいる所だが、パンドラはぐっと堪える。

 いや、実際に気になる部分だらけなのだ。それでも一回しか質問しなかった自分を褒めて欲しいぐらいだ。何なら今すぐ褒めろって言いたい。言わないが。


 「この惨劇で、一番最後に死んだのは誰なのか、とな」

 「……そんなの依音に決まってるじゃないですか。最期の最期に劇場で剣を抱き、死んでいるんですから。……それともなんですか、他に選択肢があるんですか?」


 虚華の声に怒りが滲み出す。どうやら自分は虚華の逆鱗の一歩手前に触れたらしい。

 しかし、パンドラは虚華の回答で欲しい情報を粗方得ることが出来た。これ以上は危険だ。


 (ここらが潮時じゃな、答えはもう分かったことじゃし)


 「呵呵(カカ)、そうじゃな。この状況を見て、それ以外の考えを持つ方が邪道。妾もそう思っていた所だ。じゃが、もし仮に「依音」が最期に死に、此処から生還した者が居ないのならば、お主はこの惨劇を引き起こした犯人にも祈りを捧げていることになる。やはりそなたは慈悲深い。と思っての」

 「…………っ」


 虚華は言葉に詰まり、露骨に狼狽える。顔など見ずとも虚華の反応はとても分かりやすいのだ。

 しかし、パンドラに責めるつもり気など毛頭なかった。いつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべたまま、ふよふよと浮いたまま、虚華の周りをくるくると回る。


 「別に詮索はせぬから安心せぃ。無理に聞き出すつもりもない。この場はお主にとって大切な場所の様じゃしの。じゃが、これだけは聞きたい。葵薺と出灰依音の亡骸を何処に持ち帰り、何をしようとしておる?」


 パンドラがふよふよと周りを漂っている間、虚華は俯いていたが、パンドラからの質問を受けた際には顔を上げ答えようと口を開く。


 「それこそ言うまでもないのではありませんか?」

 「呵呵、言うではないか。そうじゃな。綺麗な亡骸と、死にたてほやほやの亡骸。この二人はどちらも知り合いじゃ。ならすることは決まってるわなぁ?」

 「え、何々。何に使うの?この死体達、キヒヒ」


 突然後ろから会話に割り込んできたアラディアをパンドラと虚華は白い目で見る。

 どうしてそんな顔をされるのか分からなかったアラディアは困惑した表情を見せる。

 

 「え、何々。私何かした?キヒ、ねぇヴァール。何か言ってよ」

 「……………」


 虚華はパンドラを一瞥した後、暫くの間はチベットスナギツネの様な顔でアラディアをずっと見ていた。ただ何も言わずに。

 灰色が支配する街にざぁざぁと激しい雨が降り頻り、死体の数が生者の数よりも多くなってしまった血腥い公衆劇場の中では、アラディアの嘆きの声だけが木霊している。

 白い目を向けられたアラディアはぷるぷると震えているが、パンドラとヴァールは何も言わずに、互いを見やって薄い笑みを浮かべている。


 「ね、ねぇパンドラ。私何かした?何も言われなきゃ分からないんだけど……ケヒ」

 「……………」

 

 アラディアは意図的に二人から無視されていることに気づくと、徐々に顔色が曇り始める。この後の展開はいつも、顔色が真っ青になって倒れるまでがセオリーだ。だが、そうなると虚華達は困るのだ。

 既に一人一体ずつ担がなきゃいけないのに、もう一人死体が増える事は避けなければならない。


 「わ、私、そんな悪い事した?キヒ……笑えない」

 「ていっ」


 パンドラは、小さくため息を付いた後に徐々に青くなっていたアラディアの頭を手刀で攻撃する。

 いきなりの衝撃に驚いたアラディアは頭を擦りながら、涙目でパンドラの方を向くとパンドラは少しむくれた顔でアラディアの方を指差す。

 

 「あたっ……何するの、パンドラ……キヒ……」

 「話聞いてないのに会話に割り込むなと何度言えば分かるのじゃ?最後の文末だけ読んだら良いってもんじゃないんじゃぞ?」

 「……キヒッ」

 「可愛く引き笑いしたら良いって物でもないからな?」


___________________


 

 二人はそれから暫くの間喧嘩のような小競り合いをしていたが、虚華は途中で聞くのを止めて劇場の外に出る。

 上を見上げても、どんよりとした雲が空を覆っている。下を向くと綺麗に舗装された道が水溜りを作っている。

 

 「だからお主はタナトスやルウィードにも敬遠されてるんじゃろうが!!」

 「わーわー!聞こえない!聞きたくない!イヒヒっ」 

 

 後ろからは二人のしょうもないやり取りが聞こえてくるが、前からは雨音だけが響いている。

 突然の帰郷だったが、虚華的には上々の成果を得られたと思っている。仮設の実証の為などと嘘をついたが、実証の為に使えそうな物も持ち帰ることが出来そうなのだ。

 この世界(ディストピア)では葵薺という存在には出逢ったことはなかった。なんなら、フィーアでアラディア扮する葵薺と出逢って存在を初めて知った。

 今思えば、生前の琴理からも話は聞いたこともなかった。もしかしたら忘れているだけかも知れないが、それでも親族の話を一度もしなかったことなど有り得るのだろうか?

 

 (まさか、私以外の皆は知っていたりしてね)


 確証のない仮説を立てては、心を自傷している気分に浸る。いや実際に自傷しているのだろう。

 止む気配の無い雨を眺めながら、虚華は少し離れた場所にある忘れられた知人の家にある反応が消えるまで一人で散歩をしていた。

 


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