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【Ⅷ】#9 MadnesS= AbsolutE


 “雪奈”は黒頭巾の女に蹴られた腹を抑えながら、仲間を連れて市民劇場を後にする。劇場内では宙に浮いている不思議な女に楓やしの、臨は心底怯えていたが、距離を開けるにつれ、状態は回復しつつあった。

 なんとか三人を先導しながらログハウスへと帰還すると、依音と琴理は心配そうなにこちらへ駆け寄ってきた。


 「悪ぃ、お前ら置いて突っ走っちまって」

 「良いんすよ。それで、何処へ行ってたんすか?」

 「あぁ、それがな……」

 

 “雪奈”が説明をしようと椅子に座った時だった。“雪奈”は小さくくしゃみをする。体が冷えている感覚はあったが、まさか風邪を引いたのだろうか?

 この見知らぬ土地はずっと雨が降っており、此処に戻ってくるまでに“雪奈”達はずぶ濡れになっていた。すっかり水が染み込んだ服を絞っていると、“雪奈”の頭にふわりとタオルが掛けられる。


 「さっさと拭きなさい。風邪引くわよ」

 「お、さんきゅ……てか、母親みたいな事するんだな、お前」

 

 “雪奈”は不器用なりに感謝の意をを伝えたつもりだったが、どうやら“雪奈”の頭にタオルを掛けた依音にはその気持ちが一ミリたりとも伝わっていなかった。

 瞬間湯沸かし器のように急激に体温が上昇した依音は顔が真っ赤になり、手で必死に動かして風を生み出そうとする。

 大して涼しくならないだろうに、何をそんなに扇ぐ必要があるのか不思議に思いながら“雪奈”は首を傾げる。

 

 「うううう、煩いっ!誰が母親よ!顔が熱くなっちゃうじゃないの……」

 「なんでそんな顔赤くしてんだ?……あ、もしかして」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 何を言い出すのかを聞かずに依音は“雪奈”の頬を全力で引っ叩く。周りの面子は各々やっちまったなぁといった表情を見せているが、引っ叩かれた張本人は、こめかみに青筋を浮かべる。


 「何してくれてんだ、あぁ?あたしがなんかしたか?」

 「分かってない事自体が罪なのよ!この阿呆!馬鹿!雪奈!」

 「あたしの名前は悪口じゃねぇんだよ!!!依音ぉ!」


 聞くに堪えない口論が始まった中、残された琴理は“雪奈”に着いて行った三人の元へ足を運ぶ。


 「あの人らは置いといて……一体何が分かったんすか?というか、結局此処は何処なんすか?」

 「あ、あぁ。ボクも報告することは吝かじゃないが……アイツらを放っておいて良いのか?」


 何処か怯えた様子を隠しもしない臨の言葉に違和感を覚えた琴理は、呆れた表情で手を振る。


 「良いんすよ。あの人らは昔から()()なんで。……やっぱり違うんすね、此処と其処は」


 琴理の言う「此処と其処」と言うのは世界の違いを言っているのだろう。琴理の臨を見る目には憎悪が混じり、“雪奈”を見る目には悲しみが滲んでいる事には臨も気づいていた。

 前々から楓やしのには雑談混じりで相談していた。だが臨自身、フィーアの人間関係に深く突っ込む気はなかった為、知ろうとはしなかった。

 けれど、今回の件で“自分”がこの世界で起こしたこと、影響を及ぼしたことは知っておかないといけない気がしたのだ。

 隣りにいる楓もバツの悪そうな顔をしている。やはり自分は歓迎されない存在なのだろう。

 

 ──例え、自分が何かした訳でも無いとしても。

 

 「全くだ。クリムと“緋浦”で此処まで違うとは思わなかった。……ちなみに、ボクも此処と其処では違うのだろうか?」


 臨の言葉に楓と琴理が顔を見合わせると、なんとも微妙な笑みを浮かべこちらを見る。

 しのは興味もなさそうに依音と“雪奈”の痴話喧嘩を眺めているし、反応に困った臨は、眉を下げて困った顔を見せる。

 すると、楓は頭をポリポリと掻きながら口を開く。

 

 「あー、なんだ。俺はアイツとお前が同一人物とは思ってないぜェ?」

 「そうっすね、改心したフリしてるだけだと最初は思ってたっすけど、どうやらそうじゃないらしいことは此処最近の動向を見てたら分かるっすよ」


 鼻を人差し指で擦りながら、少しだけ恥ずかしそうにそういった琴理や楓の言葉からは、嘘は検出されなかった。それだけで少し頬が綻びそうになる。

 彼らは嘘偽りのない言葉で、自分を認めてくれたのだ。だからこそ、いつかは知らねばならない。

 この世界で“自分が何をしたのか”どうして“黒咲臨”は“緋浦雪奈”を殺したのか。

 

 (けど、今は先にやるべきことがある)


 あの手紙だけでは分かり得なかった。何故、ホロウは行方を眩ませたのか。

 自分達に何か非があるのだろう。心当たりもある。でも直接言って欲しかった。

 それに、彼女を手放すことは危険過ぎる。彼女は己の恐ろしさを知らないのだ。

 

 「おーい、聞いてるっすか?ブルームさ〜ん?」

 「!?すまない、何だ?」


 自分の世界に入り込んでしまっていたのか、琴理が臨の顔の前で手を振っていた事にも気づけなかった。申し訳無さそうな顔で聞き返すと、琴理はむすっと不機嫌そうな顔をしながら言う。


 「此方(ディストピア)で何があったのか。簡単にでも良いんで、報告してくれないっすか?」

 「ん……白月は報告してくれなかったのか?」


 臨の言葉に、楓は首を横に振る。しのも無表情のまま楓の頭をポンポンと一定のリズムで叩く。

 状況の読めない臨が訝しげな表情で三人を見ていると、琴理がはーっと深めの溜息をつき、椅子に勢いよく座り込む。


 「白月先輩の話聞いてたんすけど、要領を得ないんです。まるで何かに記憶を食われたんじゃないかって位。結白先輩が誰にやられたのかも分からない。遭遇したっていう敵?の存在が誰かも分からない。じゃあ、白月先輩はその時何してたのかって聞いたら、怖くて動けなかったっていうじゃないっすか。これじゃあ何もわからないのと同義っすよ」 

 「あぁ……成程。じゃあボクが説明するよ。……かというボクも恐怖に縛り付けられて動けなかったんだけどね」


 

 _____________


 臨は自身の記憶にある限りで、ディストピア内部で起きた出来事を事細かに琴理に報告した。

 ディストピアに居ると思われたホロウ・ブランシュの反応が突如として消失した事。ディストピアでの依音が死んだ公衆劇場内でフィーア内での犯罪者集団「七つの罪源」と遭遇したこと。


 「成程、ある程度は理解出来たっす。何故白月先輩やブルームさんが動けなかったのかとか、結白先輩が一撃でやられるような相手であることとかは把握出来たっす。なら報告を踏まえた上で何点か聞きたいことがあるんすけど、質問良いっすか?」

 「あぁ。ボクが答えられることなら、何でも聞いてくれ。それが此処(ログハウス)から先に進んではいけないと、キミを制限する贖罪になるのなら」


 埃っぽいログハウスには似合わない白いティーテーブルに、しのはそそくさとお茶の入ったティーカップを各人に配る。

 それなりに寒いログハウスの中に柔らかな湯気と優しいアールグレイの香りが充満すると、先程まで痴話喧嘩をしていた“雪奈”と依音も空いている椅子に腰をかける。


 「紫野裂、あたしにも貰えるか?ミルクと砂糖多めで」

 「あら、生き還っても味覚は当時のままなのね?」

 「あぁ……?なんか文句あんのかぁ?」


 二人の間で火花が散っている間にしのはテキパキと紅茶を淹れ、二人の前に置くも、状況は変わりそうにない。臨が頭を抱えていると、ドォン!と音を立ててテーブルの上に置かれていたティーカップが宙に浮く。

 臨がぎこちない動きで音源の方を向くと、女の子がしてはいけない顔になっている琴理が殺意を纏いながら鎮座していた。

 流石に不味いと感じた依音達が喧嘩を止めて大人しく椅子に掛け直すと、琴理は表情を戻して臨の方を見る。琴理は笑顔をこちらに向けているが、乾き切った笑顔な上、青筋を所々に浮かべている辺り、ご機嫌は相当傾いているのは言うまでもない。


 「煩いのも大人しくなったことだし、ブルームさん。再開するっすよ」

 「……はい、何なりと」


 温かい紅茶をちびちびと飲みながら、琴理は何処からか取り出した紙とペンを手に持ち、臨を見る。


 「まず、「七つの罪源」について、教えて貰えるっすか?うちは詳しく知らないんすよ」

 「此処にイドルが居たらもっと詳しく知れるだろうが、ボクが知っているのは「中央管理局」が管理していた七人の大罪人が逃亡し、探索者トライブのようなものを結成した。その犯罪者集団が名乗っている名前が「七つの罪源(パブリック・エネミー)」という物だ」


 ふむ、と琴理は少し考え込むような仕草をした後、紙につらつらと何かを書き込む。


 「うちはその名前を初めて聞いたんすけど、他の人は知ってました?「七つの罪源(パブリック・エネミー)」と言う存在を」

 「私は知っていましたよ。現に一人と接触したことがありましたから」

 「結白先輩……「七つの罪源」の攻撃で気を失っていた筈っすけど、もう傷は大丈夫なんすか?」


 ログハウスの床に布を敷いていただけの場所に寝かされていた「エラー」はいつの間にか起き上がり、しのに紅茶の追加を依頼して、最後の一席に座る。

 琴理が先程視認した時はあちこちに怪我していた筈なのに、今では平然としている。それでも多少は影響しているのか、槍斧を振り回していたであろう利き腕を使わずに淹れたての紅茶をズズッと啜る。


 「えぇ、それよりも今は情報の共有は最優先事項でしょう?依音も“雪奈”にちょっかい掛けてないで、今はブルームの報告と質疑応答に傾聴しませんか?」

 「っ!えぇ、そうね。貴方の言う通りだわ。私はもう不要な口を挟まないから、話を続けて頂戴」


 目を細めて、やり取りを見守っていた琴理はコホンと咳込み、「エラー」の方を向く。


 「それで、「七つの罪源」と接触したことがあると言ってましたが、情報源は?」

 「イドルさんからです。潜伏中の「七つの罪源」のメンバーと思わしき存在が居ると聞いて、居ても立っても居られずに」

 「その方は、此処にも現れたんすか?「公衆劇場」とやらに」


 ただの質疑応答なのに、質素なログハウスの中にはそれなりに重い緊張感が走る。何も話していない筈のしのや依音にも緊張している傾向が認められる。

 「エラー」はティーカップの縁をなぞりながら、眉を下げる。


 「いいえ。残念ながら私と対峙した「七つの罪源」、変貌する前は「カサンドラ」と名乗っていた女性は此処には現れませんでした。此処に居たのは……ここはブルームさんの方が適役でしょうか。お願いします」

 「あぁ。「公衆劇場」に現れたのは女性型が三人だ。その内の一人は以前に遭遇したことがある」 

 「あぁ?てめー、前にもアイツラにも会ってただと?どいつだ?あの白黒女か?」

 「落ち着け、“緋浦”。確かにボクが以前に遭遇したことがあるのはその白黒女だよ。恐らくはあの組織の頭目だろうな。名前は確か、「歪曲」と名乗っていたな」


 琴理は黙々と紙に情報を書き記していく。そこには「歪曲」という文字も含まれている。

 ある程度、書き上げると、臨と「エラー」に「他の面子についても教えて欲しいっす」とだけ言い残し、再びペンと紙に意識を戻す。


 「他は真っ白の髪にそれ以外は仮面を被っている事ぐらいしか特徴の掴めない奴も居たな。“緋浦”と随分親しくしてたみたいだったが?」

 「あぁ、ヴァールだろ?アイツはなんだか、あの中だと悪いやつじゃない感じがした。実際に「歪曲」が“虚華”を殺そうとした時、アイツはみねうちで済ませて、「歪曲」を説得してたようだしな。信じるに値するだろ。現に、アイツが見逃してくれなかったら、あたしらはあの場で全滅してたんだし」

 

 “雪奈”の言葉に、臨は露骨に機嫌を悪くする。普段から笑顔などを見せるような男ではなかったが、それでもここまで憎悪を顕にする男だと思ってなかった琴理は冷静を装い、臨に問う。


 「随分とヴァールに敵意を抱いてるっぽいっすけど、話の中だと結白先輩が殺されそうになっている所を助けてくれたんすよね?その上、自分達を見逃せば、命の保証までしてくれたんすよね?何でそんなに邪険にするんです?」

 「……その代償にディストピア世界における葵薺、出羽依音の遺体と依音が愛用していた武器を、持ち帰ることが出来なかった。確かにあれらはボクらには必要のない物かもしれないが、奴らは死体を実験に使ってるような奴等かもしれないんだぞ!それだけでもアイツらを憎むには十分じゃないのか!?」


 臨の異常な反応に、琴理以外のメンバーも戸惑いを隠せずに居る。どう考えてもおかしいのだ。

 普通、この状況で一番危険だと判断するべきなのは、「エラー」を殺そうとしていた「歪曲」という存在の筈。なのに、臨はそれ以上に「ヴァール」という存在を憎んでいる。 

 琴理は報告に上がっていた内容を纏め、一つの仮説を立てるべく、聞き込みを再開する。

 

 「さっきの話に戻るっすけど、「七つの罪源」と接触した際に結白先輩以外は攻撃することも出来なかったと言ってましたけど、これは何故っすか?」

 「情けねェ話だが、足が竦んで動けなかったんだ。動けば命の危機を感じる程の恐怖心を植え付けられ、自身の存在がちっぽけだと思わされる感覚に陥ったんだ。それに最後の一人が……誰とは言えないが絶対にそこに居る筈の無い奴が居たんだ。そんな異常な状況下で動くことが出来なかった。だっせェだろ?」


 (ならブルームさんも精神干渉系の影響を受けている?今も?何故、ブルームさんだけ?)


 琴理は思考をフル回転させながら、紙に情報を書き足していく。ある程度書き上げてから、自分の書いた議事録を見て、気がついた。

 もし仮に、彼らが遭遇した敵対組織が「七つの罪源」だったとして、彼らが魔術錠を解除して此処から侵入していたのだとしたら。確かに“雪奈”はこう言っていた。


 ──「只々、思いを馳せたい事位。貴方にも経験があるのではないですか?」


 その出来事を終わった彼女らが元の世界へと帰る際に何処を通るのか。そんな物は考える迄もない。()()だ。

 今、自分達はディストピア世界とフィーア世界を行き交う為の特異点に居る。その事がどれだけ危険なことなのかを、今更気づいてしまった。

 呑気に紅茶等を嗜んでいる場合などではない事を理解した琴理は、勢い良く椅子から立ち上がる。

 各々が急にどうしたんだと呑気そうな顔で、こちらを見ていることに苛立ちを隠せずに居る琴理が、語気を強めて各自に指示を出す。

 リーダーが誰かなどこの際関係ない。

 命の危機を感じている今、早急に此処から離れねばならないのだ。

 

 「早く逃げるっすよ!!いつまでも此処に居たら「七つの罪源」と再び再会するかもしれないっす!!!(せっ)ちゃん!索敵魔術を早く発動してください!」

 「お、おおう、ちょっと待ってな……」


 早口で魔術を詠唱している“雪奈”を待つ間、急いで他のメンバーを黒い扉へと押しやろうとする。

 平和ボケしているわけでもないのに、どうしてこんなに行動が遅いのか。それが分からないことに、混乱しつつも、詠唱を終えた“雪奈”の声で各々がハッとする。


 「外に反応あり!三人だ。しかも、コイツら……此方に向ってる!長居し過ぎたみたいだ、急いで此処から逃げるぞ!」


 “雪奈”の言葉に、他のメンバーは急いで黒い扉を潜り、フィーア世界へと帰還する。

 ついでに伸びたままだったイドルも回収し、焼け落ちたままのジアにあるギルド「薄氷」へと「喪失と獅子喰らう兎」の合同トライブは逃げ落ちたのだった。


此処最近ものすごく多忙なせいで更新が亀超えて蟻になっていますが、死んでは居ないので安心しないでください(?)

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