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【Ⅷ】#7 TwisT=EnemY


 謎の男とパンドラが戦ったであろう場所はあちこちから黒煙が上がっている。何があったのかを虚華とアラディアが見ていなかったせいでパンドラはへそを曲げ、アラディアの上半身を地面に埋めてしまったが、流石にマズイと思った虚華は急いでアラディアを助けるべく掘り起こすが、人間を辞めているせいか、ピンピンとしていた。

 虚華はディストピアでやり残したことが複数あることをふと思い出し、二人に提案する。

 

 「少し行きたい場所があるんですけど、付いてきて貰えますか?」

 「妾は構わぬ、阿呆(アラディア)はどうする?そこで再度地面に埋まりたいなら、叶えてやるぞ?」

 「私も付いてくよぉ……、こんな所で足だけ出して埋まってたら不審者過ぎる……キヒ」

 

 (フィーアでも十分不審者だと思うけどなぁ……) 

 

 此処から一番近い場所で、人気が少なくて且つ虚華の目的が叶う場所が一つある。そこに向かうべく、自身のあやふやな記憶を頼りに煉獄を進む。

 忌々しい記憶しか残っていない筈のディストピアとも言えど、やはりこの世界が自分の世界なんだと、歩きながらに虚華は肌で感じる。

 家を覗けば、虚ろな目で決まった行動しか取らない被管理者層(おとなたち)が、今日も定められたメニューを調理し、お皿に寸分の狂いなく盛り付けている。

 路地裏を覗けば、そんな親や兄弟を見て恐怖心を植え付けられ、未だに失っていない者達が集まり、行動している被管理者層(こどもたち)が此方を怪訝な目で見つめている。

 空を見上げれば、晴れる気配のない曇天が気分まで落ち込ませる。幸い、地面を見ても、定期的に被管理者層の人々が決まったタイミングで清掃しているので不幸中の幸いと言った所だろうか。

 パンドラ達はげんなりとした表情で虚華の両隣を歩いているが、虚華は郷愁を覚える。


 (こんな地獄、早く抜け出したいって思ってた。実際今でもその気持ちは変わらない)


 けれど、どうしてだろう。故郷を惜しむ気持ちなど、持ち合わせていなかった筈なのに。

 どう考えたって、あっちの世界のほうが幸福なのに。

 空は碧く澄み渡り、人々の笑顔が街に溢れ、例え別人とは言えども、死んだ仲間が居る。

 それでも、自分はこの世界の人間なんだと痛感する。理由は分からない。

 考えても分からないことをずっと考えることが出来る程、時間に余裕の無い虚華は落ち着いて話の出来る場所──中央管理局の職員が立ち寄らない場所へと歩みを進める。

 そんな中、一言も発さない虚華が面白くなかったのか、パンドラが虚華の袖を引く。

 虚華がパンドラの方を向くと、パンドラは少し言葉に詰まりながらも、口を開ける。

 

 「どうしました?「歪曲」様」

 「……何故此処に再び来ようと思ったのじゃ?」


 恐らくは虚華を気遣って言葉を選んだのだろう。普段ならする筈もない気遣いに心を痛めながら、虚華は微笑む。

 ──自分では笑っているつもりだろうが、パンドラ達の瞳にどう映るかなど、考えずに。


 「クリムの人格が入れ替った……、いえ、死んで“雪奈”として蘇生されたじゃないですか」

 「……ああ、そうじゃな」


 「“雪奈”はひた隠しにしてたけど、致命的なミスを犯し、私は気づいてしまった。彼女の死を、彼女を失ってしまったという事実に」 

 「…………」


 パンドラは何も言わずに、虚華のポツポツと漏れ出す言葉をただ黙って聞いている。

 虚華が何処へ向かって歩いているのかも、聞かずに。聞く役に徹し、受け止めようと。

 普段はあまり自分の気持ちを吐露しない虚華も、涙と共に思いが溢れ出す。遂には地面に膝をつき両手で顔を覆い、体を震わせながら譫言(うわごと)のように呟く。


 「これ以上失わないって決めたのに、また()くしてしまった……。どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、両手に収まる程しか無い大切な物一つ守れないっ……。こんな私に……」


 どんどんと卑屈になる虚華を見かねたのか、パンドラが虚華をそっと後ろから抱き締める。

 

 「もう良い。それ以上、己を卑下するな」

 「でも……私は……んっ」


 涙を流しながらパンドラに反論しようとする虚華の唇に、パンドラは己の人差し指を添える。

 柔らかい指が唇に触れ、驚いて目を丸くした虚華は視線をパンドラに移す。パンドラは虚華の目に溜まった涙を指で拭うと悪戯っぽい笑みを浮かべ、歩いていた方向に向き直す。


 「ひとまず場所を移そうか。ホロウを口説くには(いささ)か場所が悪い」

 「……私を口説いてどうするんですか」


 目を擦りながら、目的地へと先導する虚華の言葉に、パンドラはふーむと考え込む。どうせ思いつきで言ったんだろうと虚華は考えたが、まさしくその通りだったようだ。

 少しだけ残念に思っていると、パンドラが「あ」と言葉を漏らす。

 感情をブランコに乗せられ、ブランブランと揺らされている気分になっている虚華は、半目になりながら道案内を続ける。


 「そうじゃ、妾と共に暮さぬか?可能なら子供も欲しいのぉ」

 「……はい?……冗談は髪色だけにしてください。後、人一人引き摺りながらはちょっと」

 「ぷくく……確かに……本物様(葵薺)引き摺りながらだし、モノクロヘアーだし……キヒヒ」

 「んぁ!?なんじゃとぉ!!!」


 此処が煉獄であることを忘れているのか、感情を喪失していない子供達が此方を怪訝な目で見ているのにも関わらず、虚華達は笑顔で話をしながら、目的地へと向かう。

 虚華の涙はすっかり引っ込んでおり、虚華とアラディアの二人がかりでパンドラの髪色を弄り倒しながら、煉獄の住民が暮らしている居住区を後にした。



________



 虚華達は目的地である人気のない場所──中央管理局の人間が立ち寄らないディストピアの中でも、一際劣悪な環境下(アンダーグラウンド)で腰を落ち着ける。

 パンドラも此処に来るまでディストピアの葵薺を引き摺っていたが、流石に疲れたのか地面に転がしたまま、額の汗を拭っている。

 虚華が案内した場所は、ぱっと見はそれなりに広い公共施設(市民劇場)に見えるのだが、中に入ると至る所に血痕や弾痕、焼き焦げた痕が残っており、未だに腥い空気が場を支配しているような場所だった。

 至る所に武器が転がっており、その武器には血痕が付着しており、刀身が錆びている物もある。

 虚華が座った近くにあった椅子にパンドラとアラディアは腰掛け、辺りを見回すと顔を顰める。


 「何じゃ此処は。先程の居住区の方がマシではないかと思える程劣悪な場所じゃのぉ」

 「あちこちに戦闘の痕跡。比較的新しい建造物なのに、内部の損傷が著しい……キヒ」


 虚華は、懐かしむような気持ちで公共施設の中をゆっくりと歩き出し、二人を手招きして呼び寄せる。そこには一つの亡骸が大事そうに何かを持っていた。

 他にも何体かの亡骸は点在していたが、そのどれもが腐敗していたり、白骨化しているのに、何故かこの一つだけは綺麗な体のまま、残っている。

 灰色の髪が美しい少女の亡骸は、片手剣程度の長さを誇る武器を抱きしめて絶命しており、パンドラは死体に目もくれず、死体が抱いていた物を抜き取る。


 「これは……『A.Kotori』葵家の者が制作した武器か?それにしては随分とおざなりじゃな」

 「仕方ありません。彼女(琴理)が施したのは、奴ら(中央管理局)の武装を改造しただけですから」


 パンドラは刀身に刻印が刻まれている物と、付近に落ちている物を比較せんと見比べる。

 粗方、気になる部分を見終えたのか、刻印が刻まれている片手剣を虚華へと手渡した。

 

 「確かに型は同じ物を使っとるが、さぞ使い勝手が違ったのではないか?」

 「へぇ。どう違うの?私、あんまり武具には疎くてさ〜キヒヒ」

 「葵薺を名乗ってるならその言葉はマズイじゃろ……ホロウ、説明してやれ」


 パンドラの呆れた表情を向けられたアラディアはバツが悪そうな顔をしているが、実際彼女が「葵薺」ではない証拠なのだろう。

 今更驚くことでもないと思った虚華は、片手剣をアラディアに見せる。

 

 「先程の片手剣と、これは元が同じですが、刀身や柄の長さを削り、使用者に合わせて大幅に軽量化しています。この剣は依音……この灰色の髪の少女が使っていた物ですが、彼女は体術や剣術よりも魔術の方が秀でていたので、剣を媒介に魔術の威力を上げられるように調整されています」


 虚華は片手剣を持ったまま、詠唱を開始する。詠唱を完了し簡単な火属性の魔術を発動させると、片手剣に幾何学模様が浮かび上がり、光を放つ。

 光を放つ片手剣を誰も居ない方向へと向け、虚華は銃で弾丸を放つ要領で火球を飛ばす。


 「この様に、フィーアで言う杖の様な役割を追加されています。その上で、キチンと片手剣の切れ味も確保しているので……当時十歳の幼子が作った物としては上出来なのではないかと」

 「ほう。じゃが、性能目当てでわざわざ此処まで取りに来たわけじゃなかろう?」

  

 虚華は片手剣を握り締めて、パンドラの問い掛けに頷く。

 

 「勿論、大切な仲間が遺してくれた数少ない物ですから」

 「そうかそうか、それは大切にせねば……んん?」


 パンドラが急に自分達が歩いてきた方向を見る。いつものふざけた態度や表情じゃない。

 至って真面目な顔つきで、信じられないことを言い出す。


 「誰かが妾の貼った魔術錠を突破して、この世界に侵入しておるな。しかもこっちに向かっておるぞ」

 「えぇ!?普通他人の貼った物は突破出来ないんじゃ……?」

 

 「んむ。じゃが、妾は出来たし、他の者でも不可能ではないからな。そんなことより、()()()()、アラディア、二人共罪の装束を纏っておけ。此処に猛スピードで来ている奴らが顔見知りの可能性もある。数は五人。直ぐにでも戦えるようにしておくのじゃ」

 「は、はいっ」

 「りょうか〜い。キヒヒ」


 虚華とアラディアは指輪に魔力を注ぎ込み、姿を変貌させる。

 【虚妄】のヴァール、【虚飾】のアラディアへと変貌したその瞬間だった。

 公共施設の出入り口の扉が、凄まじい轟音を鳴らしながら衝撃で吹き飛んだ。


 「おい、ブルーム。此処は人気がないんじゃなかったのか?先客が三人も居るんだが?」

 「状況的に、コイツらがログハウスの魔術錠を書き換えた犯人だろう。現地人は此処に来ることはないから……お、お前は……」


 虚華達の前に現れたのは、随分と見覚えのあるメンツだった。

 すっかりかつての姿は見る影もなくなってしまった“雪奈”に、臨、「エラー(虚華)」それに『獅子喰らう兎(アヴェンド)』の楓にしの。

 誰が強固な魔術錠を突破したのかと思えば、犯人が完全に身内だった虚華は心の中で冷や汗をドバドバと垂れ流す。

 臨は臨でパンドラを見るや否や、借りてきた猫の様になっているし、虚華はどうすれば良いのか分からず、ただ静観することにした。

 

 「此処に何用か?妾達に用が無いのなら、今すぐにでも立ち去るが?」

 「何寝ぼけたこと言ってんだァ?死体二つ抱えて何処行くんだよォ?」


 「貴様らには関係無い事であろう?それともこの死体が目当てか?」

 「この人でなしがっ……!私が殺さねばならないようですね……っ!」


 パンドラや自分達を含めた三人を非人(あらずびと)判定した「エラー」は展開式槍斧(ハルバード)を開放し、こちらへと突進してくる。

 しかし、パンドラは微動だにしない。相手は完全に此方を殺そうとしているのにも関わらず。


  「先程までの威勢はどうした?」

 

 パンドラは余裕を全身に纏い、「エラー」を見て嘲笑っている。

 パンドラが不敵に笑いながら「エラー」を見ている中、「エラー」は途中から自身の足が重くなっていることに気づいた。どんどんと走る速度が遅くなり、走りは歩みへと変貌し、最終的にはパンドラの攻撃範囲付近で立ち止まってしまった。

 彼女を直視して、自分が如何に愚かなことをしているのか理解する。

 自分は動けないのに、相手は一歩ずつ此方へと歩いている。楽しそうに、通学路を歩いている学生のような足取りで、相手は歩いている。

 「エラー」の目の前で立ち止まり、パンドラは「エラー」の顔を覗き込む。

 何もされていないのに、「エラー」は全身から冷や汗を垂れ流し、震えは止まらず、顔も真っ青になっている。勝敗などは見るまでもないだろう。

 

 「妾に何か言うことはあるか?」

 「う、うるさ……い……」


 「エラー」が精一杯の強がりを見せた所で、パンドラの顔から笑顔が消えた。

 懐から鍵のようなものを取り出し、詠唱を開始する。詠唱を終えると鍵が黒い光を孕み、禍々しさをその身に宿らせる。

 歪な光を放っている鍵を「エラー」の前に翳す。それだけで彼女は苦悶の表情を浮かべている。遠くから楓やしのが走り出しているが、恐らくは間に合わないだろう。

 あの鍵を、身体に刺されると確実に死ぬ。人間に害のある成分を鍵に付与し、その劇物を身体に取り込ませるのだから、当然の結末だ。

 

 (七つの罪源としている以上、パンドラさんの判断に異を唱える訳には行かない)


 虚華は目を瞑り、目の前の現実から目を背ける。一発の願いを心に込めて。

 今、主へと立ち向かっている別世界の自分が、殺されようとしている事から意識を遠ざける。

 

 「そうか、なら疾く消えよ。そなたの存在は前から目障りだったのじゃ」

 「……え?」


 「エラー」は拍子抜け足したような声を最期に、遠くへと吹き飛んで倒れる。

 楓や臨達は、「エラー」の元へと駆け寄るが、自分にはその資格がない。

 パンドラよりも後方で、ただ見ているだけだった。

 

 ──これが裏切り者の烙印なのだと。

 

 今は消えてしまっている顔の刻印と同じ物を持つ仲間達が遠くにいることを感じながら、薬莢を一つ排出する。








 

 

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