【Ⅷ】#3 MissinG=LeadeR
虚華達「七つの罪源」がディストピアに帰還している頃、白月楓は何とも言えない顔で目の前に集まっている人達を見る。
この場に集められていたのは、しの、クリム、ブルーム、運び屋、「エラー」、そして数年前に学園を去った筈の出灰に葵に自分を含めた八人だった。
ジアで無事に残っていた喫茶店──「木漏れ日」に集まっていたのは、楓としては予想外過ぎる人選だった。呼び出した張本人以外は全員揃っているのだが、その張本人が一向に現れないせいで、話が進む気配がない。
隣に座っているしのも、何とも言えない顔で此方を見ている。見んな、俺も困ってるんだ。
お陰で、妙な気まずさがこの場に漂っている。正直帰りたい。
誰も口火を切らないせいで、周りのテーブルは和気藹々としているのに、此処だけは葬式帰りの雰囲気を漂わせている。
沈黙に耐えられなくなった楓は、ため息交じりに隣りにいる女──緋浦雪奈に尋ねた。
「なァ……、このメンツは一体何なんだ?俺はホロウに呼び出されて来たはずなんだが」
「呼んだのは、あたし」
そう言った雪奈は立ち上がる。集められた人間は雪奈の起立を各々の視線で見ていた。
普段は殆ど他人と話すこともなく、他者との関わりを極力避けている雪奈が、少なくない人数を相手に、言葉を交わそうとしている。その事に、楓は心の中で感心していた。
相変わらずの無気力そうな顔で、立ち上がった雪奈は、自身に視線を注目させたのを確認すると、ストンと着席する。
「話があって、あたしが呼んだ。ホロウの名前を、使ったのは、謝る」
「キミがそこまでの事する上に、主催者が不在……。何があったのか。話してくれるんだよね?」
雪奈の謝罪を受け取ることもなく、招かれた一人──運び屋「イドル・B・フィルレイス」は冷ややかな目で雪奈を見つめている。
雪奈はイドルの視線を意にも介さず、席についている人達を一瞥する。
此処に集まっているのは“自分が知る限りの虚華の知人”だ。勿論顔見知り程度ならもっと居るはずだが、それなりに交友関係を築いていたのは、此処に居るメンツ位な物だ。
──この場にノコノコと現れている時点で、彼らが大した情報を持っていないのは明らか。
既に答えが埋められている問題を、少しでも情報を得る為に、雪奈は呼びつけたのだ。
眉を下げ、虚華がいつもしていた困り顔を必死に再現して、雪奈は周囲に訴えかける。
「ん……。実はホロウが失踪した。この置き手紙を残して」
「ええっ!?やっぱりそうだったんですか!?」
一番驚いていたのが、同じ「喪失」のメンバーである「エラー」だったが、雪奈は「エラー」を無視して話を進めんとするべく、懐から一枚の手紙を取り出し、テーブルの上に置く。
「これを読めば、あたし達の事を詳しく知れる。その代わり、ホロウを探すの、手伝って」
雪奈は此処に居る全員に向けて、頭を下げた。初めてのお願い、嘆願だった。
中には本来は隠しておくべき情報がぎっしりと詰まっている。自分達がこの世界の人間ではないこと、あの世界がどれだけ残酷で最低な世界だったかが虚華の言葉で描かれていた。
けれど、形振り構っていられない雪奈は、この手紙の情報を公開した上で、協力を取り付けようとしている。
そんな雪奈の対応に、見かねた臨が手紙を先に取り上げる。
楓達が見た臨の表情は、初めて見た修羅の形相だった。まるで悪い事をした子供に顔面を真っ赤にして叱りつける親の様に見えた。
「ホロウの名前で此処に呼びつけられたから、何事かと思えば……巫山戯るのも大概にしろ」
「でも……、こうでもしないと……」
「喪失」の二人が仲間割れしている中、「エラー」はあわあわしていて使い物にならない。
この場で喧嘩をした所で失踪したらしいホロウが帰ってくることはない。
イドルも、自分の世界に入り込んでいるのか、何やら考え事をしているようだった。
誰も止めない二人の喧嘩を見かねた楓は、すかさず二人の間に割り込む。
「おいおい、理由は知らねェが、喧嘩すんなら表出ろや。店様に迷惑掛けんな」
「そうね、そこの単細胞が言ってる通りよ。場所を弁えなさい。ましてや、クリム。貴方は主催者なんでしょう?この場で喧嘩することが如何にマイナスになるのか位、考えなさい」
臨と雪奈の間に割り込んだ楓を、依音は楓を罵りつつも、雪奈達を窘める。
何故か攻撃の標的にされた楓は、青筋をこめかみに浮かべながら、依音に詰め寄る。
「何で出灰は俺をディスるんだァ?俺に何の恨みがあんだ?」
「まぁ、確かに楓は単細胞だもんね。うん、うちが保証するよ」
「しの〜……お前だけは俺の味方だと思ってたんだが……」
一番仲の良い紫野裂しのにそう言われてしまうと、楓は何も言えなかった。
その姿はさながら、鬼嫁に尻に敷かれている旦那の様に見えたと、後の琴理は語った。
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雪奈と臨にある程度の事情を話し終えると、楓は苦虫を噛み潰したような顔をする。
知らなかった。ホロウとは顔を合わせたり、食事を共にしたり、最近だと重症を負っていたしのを看病している中で、時折身体に良いからとしのの為に食材や魔導具などを差し入れしてくれていた。
そんなホロウが置き手紙を一枚だけ残して、仲間達を置いて失踪するとは思えなかった。
(裏を返せば、それだけの事をしたと言う可能性だってある訳だ。コイツらが)
情報源としては、雪奈が取り出した置き手紙が一枚ある。
だが、その手紙の中身を見せることを臨が拒んでいる。
何故拒んだ?クリムとブルームでは目的が違うのか?
(おかしいな。俺の知る限り、ホロウが絡んでいると手段なんて選ぶ質じゃない筈)
お前は単細胞だと、依音やしのに度々罵られていたが、楓もやる時はやる男だった。追い詰められれば追いつめられる程、冷静に状況を分析できるようになっていた。
──それもこれも、あの時、ホロウに負けた事を糧にしていたからだ。
あの時、自身の力を過信していた少年はもうとっくに死んでいる。今此処にいるのは、冷酷なまでに冷静なバカだ。
どれだけ考えても、あの手紙の内容を読まなければ、ホロウがどういう考えに基づいて動いているのかが、分からない。
なら、どうやってその手紙の内容を知るのか。そこまで考えが及ばないのが、楓がまだまだしのの尻に敷かれている原因だった。
ぐぬぬと、楓が唸っていると、イドルが「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」とクリムを指名して声を掛ける。
「ねぇ、クリムちゃん。ボクと最後に会ったの、いつか覚えてる?」
「ん……、白の区域長の側近を、ブルームが殺してた時?」
(は!?アイツ中央管理局の職員を殺してやがったのか!?)
さらっととんでもないことを言いのけたクリムもそうだが、ブルームもブルームでとんでもないことをしている。なのに、楓以外のメンツは特に顔色を変えない。質問した筈のイドルに関しては、若干不満げにしている程だ。
「そう。確かに白の区域長とジアで会った時が最後だ。確かキミ達はその後に「終わらない英雄譚」……「背反」の元に向かったんだよね?そこにはブルーム君も合流して……間違いないかな?」
「そこら辺は全部ボクが説明しただろ?なんで聞き返すんだ?」
まるでボクらが何か怪しいことをしているみたいじゃないか、とブルームが口を尖らせているが、楓はツッコみたかった。中央管理局の職員を殺している時点で怪しい所かアウトではないかと。
「終わらない英雄譚」の本拠地である「背反」の館での出来事は楓も概ね理解出来ている。中が凄まじい魔術によって人々が無惨な調度品へと変貌させられていたことも。
訝しげな目でブルームは、イドルを見つめていたが、イドルは終始ヘラヘラしていた。
「まぁまぁ。ちょっとした確認だって〜。それで?中に入ったら「終わらない英雄譚」の構成員は皆悪趣味な調度品……多分インテリアの事かな、になってたんだよね?恐らくはとても強力な魔術……、クリムちゃん。この魔術について何か知らないの?」
「……強力な、魔術であること。恐らくは超級闇属性の……」
そうクリムが言うとイドルは笑い出した。乙女らしからぬ嘲笑地味た高笑いを。
少ししてからブルームは気づいた。自身が間違った選択肢を取ってしまったことを。
「アハハハハ!流石に冗談きついよクリムちゃん。あの魔術が超級闇属性?そんな訳無いでしょ?この世界に住まう探索者なら誰もが知ってるんだよ???」
「なっ……。だが、あの「背反」も知らなかったんだぞ!?白を代表するレギオンの主が!」
イドルの言葉に必死に反論するブルームを見た楓は「あぁ、詰まされたのか」と気づく。
恐らくは知らなかったのだろうと、狭過ぎる視野で物事を見ると、過つのだと。
イドルは目尻に涙が溜まっているのを手で拭いながら、狼狽えるブルームに答える。
「そりゃあ彼、探索者だけど依頼とかは部下任せだし、彼自身殆どの魔術の事を知らないんじゃないかな?使える物が強過ぎて他の物に何ら興味を持たない。強者の驕りだよね」
「そんな……彼の言葉に嘘偽りはなかった……だから……」
ブルームは膝から崩れ落ちる。華美なドレスを身に纏っているにも関わらず、己の中に潜む憎悪が、身体を突き動かしている。
間違えたのか、間違えてしまったのか……と崩れ落ちたブルームは何度も呟く。
濁り雪に似た色の瞳を持つクリムは、ブルームを一瞥すると、すぐにイドルの方を見る。
「それで?イドルは、何が言いたい?」
「簡単な事さ」
イドルは椅子に足を組んで座り直し、鋭い目つきでクリムを睨んだ。
「お前、誰だ?今日のお前はとても「全魔」のクリムとは思えない」
そう言われた際のクリムの瞳は、濁った雪色の瞳とは掛け離れているように楓は感じた。




