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【Ⅷ】#1 DespaiR=HopeleeS


 懐かしい倦怠感に襲われながら、虚華はディストピアに戻ってきたのを実感する。

 不思議な機械に触れた虚華と、パンドラ、アラディアの三人は真っ白な空間へと転移していた。

 虚華にとっては二度目でも、パンドラ達にとっては初めての光景だ。辺りをキョロキョロとしたパンドラは、つまらなそうな顔をしながら虚華に話し掛ける。

 

 「何じゃ此処は?何にも無い空間がただ広がっているだけではないか」

 「まぁ……此処はディストピアとフィーアの中継地点のような場所ですから……」

 「キヒ、外にはうじゃうじゃ人っぽいのが居るね……ケヒヒ」


 アラディアはいつもの奇っ怪な笑い声を上げ、探知魔術を展開すると楽しそうに嘲笑う。

 アラディアとパンドラが会話をしている間に、虚華はちらりと胸の中に忍ばせていた銀の懐中時計を取り出す。


 (やっぱり時間が動き出してる。あっち(フィーア)じゃ動いてなかったのに)


 転移してから、この懐中時計はピタリと針を止めていたが、ディストピアに戻ってからは再びチクタクと時計の針は動き出している。

 ディストピアに生きていた透の遺品である銀の懐中時計を、虚華は失踪する直前に部屋から持ち出していた。


 (あっちの透もこっちの透も怖いけど、数少ない形見だし)


 そう言えば、フィーアの透もこの時計を持っているのだろうか?そんな事を考えていると、背中の方をコツンと小突かれる。

 虚華が振り返ると、そこには頬を膨らませているパンドラが腕を組んで仁王立ちをしていた。

 アラディアは、あーあと視線をあらぬ方向へと移していた。この時、虚華が取れる行動は数少ない。


 「えーと……、どうしました?」

 「どうしたもこうしたもないわ!妾を無視しておいて、何を考え込んでおるのじゃ!」


 ぐうの音も出ない。

 今の虚華はパンドラの友であるホロウではなく、パンドラの秘書であるヴァールとして行動しているのだ。

 姿も立場もヴァールとして動いているのに、主を放置するとは何事だ!とお怒りのようだった。

 虚華は眉を下げ、申し訳無さそうな顔で頭を下げる。


 「申し訳ありません。久方振りの帰郷に、少し考えるものがありまして」

 「そうか。此方の世界がヴァールの故郷じゃったな。一年振りじゃったか?」


 虚華の態度に、強く出れなかったパンドラは、うーむと唸り、険しい表情を崩す。

 アラディアは無言で、二人のやり取りを見ていたが、虚華は意にも介さず言葉を続ける。

 

 「はい。パンドラ様は未だ此処しか見ていませんが、この先の扉を開くと、如何にこの世界が無慈悲で残酷な物かを知ることになります。私は構いませんが、お二方は先に進む覚悟はお有りですか?」


 虚華の言葉に、パンドラとアラディアはお互いの顔を見やる。アラディアは不敵な笑みを浮かべたまま、パンドラはワクワクしていた顔から、少しだけリーダーの顔つきになる。


 「見てやろうではないか。そなたが過ごした煉獄とやらを」

 「キヒ、右に同じ。どうせ大したことはないし?」


 二人は虚華の脅し文句に屈すること無く、笑顔で此方の心配をしていた。そんな二人が大罪人であることも忘れ、虚華は白い部屋の扉を開く。

 念の為、アラディアにお願いして、白い部屋に隠匿の魔術を施し、虚華達は名も忘れた友人の家を出る。




 ______________


 虚華は最大限の警戒心を持って、名も忘れた友人の家の扉を開く。

 アラディアの探知魔術には周囲に人の反応無しとは出ていたが、警戒するに越したことはない。

 外に出る直前のパンドラ達は目を輝かせていたが、すぐにその輝きは失われた。


 「何じゃ此処は。確かに五色領域の何処にも当てはまらぬ。此処まで空気が淀んだ街はそうないじゃろう」

 「それに……人の活気や生気と言ったものが一切無いね。キヒ……陰鬱な空気が漂ってる。ヴァールの故郷って何処もこんな感じなの?」


 アラディアの質問に、パンドラも気になると頷いている。

 ディストピアの空は黒に程近い灰色の雲が、分厚く覆っている。この世界で晴れているのを虚華は見たことがなかった。雨が降るか、どんよりとした曇り。その二択だけ。

 それに、周りの建物は全て同じ構造だ。地形なんてものは何処も同じ。

 この周辺の建物の本当に小さな違いを頭に叩き込んだ虚華達や、決められた場所にしか赴かないようにされている現地住民でなければ、道に迷うのは想像に難くない。

 虚華は上を見上げ、何処からでも見えるほど目立つ塔を眺め、深刻そうな顔で言った。


 「……えぇ。この世界はごく一部の管理者層と、大半の被管理者層で構成されています。その過程で、被管理者層は感情を強制的に剥奪され、管理されています。あそこにある塔……中央管理局管轄の管理者層が住まう居住区ですが、あそこに暮らしている人間以外は(すべから)く感情を持っていません」


 パンドラ達は絶句し、表情に影を見せる。虚華は二人の顔を見ながら言葉を続ける。


 「この煉獄で、“()”を持っている私を、世界は見過ごしてくれなかった。親を惨殺され、仲間を、友を亡き者にすることで、私を絶望させ、奴らは私を管理下に置こうとした。逃げ続ける旅の途中で、私達はあの家に逃げ込んだ。疲弊しきった私は部屋の中に不思議な機械があることに気づき、ふと触れてしまった」

 「目を開けたら、そこは質素なログハウスだった……と言う訳じゃな。それで?お主は何故此処に戻ってきた?妾達を連れ、此処で何を成そうとする?」


 何をしたいのか?此処で何をしたかったのか?そんな物は決まってる。

 平穏な生活を送りたかった。臨や雪奈、依音や琴理──友人と普通の生活を送りたかった。

 普通が欲しかった。“嘘”に救われたこともあったが、奪われたものがあまりに多過ぎた。

 だから逃げたのだ。こんな煉獄で、数少ない大切な物を奪われないために。

 

 (けど、逃げても逃げても、簒奪者は私から大切な物を奪っていった)


 異なる世界──フィーアで琴理や依音と再会した。自分の記憶の中の彼女らより、少しだけ成長した姿だったが、間違いなく、私の友人だと思った。けれど、それ以上に死んだ仲間とは違うことも自覚していた。

 だから、彼女らと1から交友関係を築こうとした。

 最悪、ホロウ・ブランシュとして友達になれればいいって、虚華って呼ばれなくても良いって。

 そんな甘い考えを見抜かれたのか、彼女らは最低な事をしようとしていた。

 

 ──雪奈を殺すことで、“雪奈”を蘇らせる、という外法にも勝る行いを。

 

 勿論、抵抗した。瀕死の雪奈を無理矢理、嘘で回復させて、打ち負かした。

 でも、少しだけ彼女らが羨ましくもあった。だって、私には出来なかった。

 違うとは分かっていても、依音と琴理を殺すことなんて出来なかった。選択肢になかった。

 二度と会えないと分かっていたのに、会えただけでも十分だと思っていたのに、それでも自分の事を知っている存在に会いたいなんて傲慢な願いを、他人を殺してでも叶えたいだなんて、思っていなかった。

 

 (だから、雪の目の前ですぐさま実行できる行動力には嫉妬した)


 「背反」の噂を知ってからは、頭を抱えた。自分達だけが知っているはずのディストピアの存在が公になった気分だった。

 誰がどうやってそんな噂を流したのかは、すぐに分かった。カリスマ的存在が頭を張っている「終わらない英雄譚」という大レギオンだ。そこの頭がジアの探索者達に噂を流布していた。

 目的は遂に聞くことは出来なかった。噂の内容も杜撰な物だった。

 蘇生する魔術や魔導具が禁術、禁具とされているのに、どうやって蘇生させたのか?答えは簡単だ。出来るわけがない。不可能だ。

 だからといって、全部が全部嘘であるとは虚華は思っていなかった。

 

 (火のない所に煙は立たぬ。裏を返せば、禁術を使用せずに蘇生が可能な存在が居る)


 ずっとずっと引っ掛かっていた。雪奈の態度に時折おかしい部分が混ざることがあった。

 けれど、それは本当に時々で。九割はいつもの雪奈だったから、小さな疑問でしかなかった。

 決め手は、「背反」とのやり取り。あの時の間違いが決定打になった。気づいてしまった。


 (「背反」との噂を照合して、入れ替わりを目撃されたのは恐らく雪奈だ)


 入れ替わりの定義が分からないから、確実にそうだとは言えない。もし、仮死状態からの蘇生で人格の交代ができるのなら、雪奈になら可能だ。

 目撃現場が白雪の森だったこと、ジアならば“雪奈”の事を知っている人間も多いこと。

 様々な要素が重なり合って出来た仮説を、事実にする方法は一つ。

 パンドラの問いに虚華は答えようとするが、全身が震えてることに気づく。

 無意識だった。自分がこれからしようとしていることに、身体が警鐘を鳴らしている。

 けれど、止まる道理はない。自分がやらなきゃ、他人にやられるだけなのだから。


 「……仮説の実証」

 「なんじゃと?」

 

 勇気を振り絞った筈の言葉は、風前の灯火で消えてしまう程に小さいものだったらしい。

 ヴァールの仮面を被った虚華は、普段の自分なら絶対にしないような表情を見せる。


 「並行世界の人間……ディストピアの人間を拐い、殺す。そしてフィーアに持ち帰り、蘇生することで本当に人格が変わるのか……。その実験をするんですよ。そうすれば実証出来るでしょう?」

 「キヒ……「七つの罪源」に染まりきった人げ……魔人の発想だねぇ……キヒヒヒヒ」


 アラディアは楽しそうに笑っているが、虚華の瞳に既に彼女の姿はなかった。

 パンドラは虚華を見ても、顔色を変える気配はない。言葉も発さず、ただ見ていた。

 この時のパンドラは、虚華の瞳をただじっと見ていた。光を全て飲み込むような昏い瞳を。

 

 「駄目ですか?だって、そうすれば、依音や琴理、先生や樹君だって皆皆……」 


 パンドラは、涙を零し、両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちる虚華の元へ歩む。

 今にも壊れそうな、狂気に駆られたような発言をする虚華を、そっと抱き締める。

 

 「良い、そなたまで狂わずとも。妾は不変の存在、決してそなたを手放さぬ」

 「私はただ……、皆と幸せな世界で……」


 パンドラは、空を見上げ、忌々しそうに中央管理局の塔を睨む。


 「叶わぬ願いを抱かせ、絶望させるとは……他人事とは思えぬな」


 誰にも聞こえない声で、そう呟くと、何処かから機械音が鳴り響く。

 そこには見覚えのある姿が、立ちはだかっていた。


 

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