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【Ex】#4-Fin 地獄へと足を踏み入れる


 パンドラを無事説得(?)する事が出来た虚華は、姿を七つの罪源用に変貌させ、白雪の森へと降り立った。

 虚華が目指す場所は、白雪の森の僻地にあるログハウスだ。一見すると何でも無いログハウスだが、虚華達「喪失」にとっては思い出深い場所なのだ。


 (此処に来るの……いつ振りだろう?)


 虚華は透達【蝗害(アバドン)】が起こした「ニュービー惨殺事件」以来、白雪の森に一度も訪れていなかった。

 久方振りに訪れた白雪の森は、初めて訪れた時のように静寂が支配しており、【蝗害】によって焼かれてしまった森も、すっかりと元の姿へと戻っていた。

 金木犀の香りが虚華の鼻腔を擽り、深呼吸をすると、なんだか気分がスッキリする気がする。

 虚華が晴れやかな気分で伸びをしていると、後ろからパンドラが虚華の背中を小突く。

 

 「それで?なんで妾が斯様な場所についてくる必要があるのじゃ?しかもその格好、わざわざヴァールの姿にならぬとも、此処に妾達の道を阻む者など居らぬじゃろう?」

 

 虚華が指輪に魔力を込めてヴァールとして変貌した際、トレードマークとして定着しつつある深々と顔に刻まれている魔術刻印が綺麗に消えており、髪の毛の毛先の方が黒色に変色している。

 変貌時に付与される黒い聖骸布は外しているが、見る者が見れば虚華かもしれないと思われる程度の変貌だ。薺や「カサンドラ」のように全くの別人になれなくはないが、どうしてもそこまで自分の姿格好を弄りたいとは思えなかったのだ。

 

 「キヒ……ヴァールの姿もイイネ。私もアラディアの姿になった方が良い?」

 

 (まぁ、バレたくなかったら聖骸布を纏えば良い訳だしね……アレ?なんか一人多い?)

 

 虚華が自身の変貌に対して楽観視している中、パンドラはあちこちをキョロキョロと見回した後、訝しむ目で虚華とアラディアを交互に見る。

 若干面倒そうな顔をしているパンドラは、どうしてこんな場所に……と肩を落とし嘆いている中、その隣には何故か屋敷の中で暇そうにしていたアラディアが葵薺の格好で虚華達に付いてきていた。

 ようやく自身の違和感が、アラディアのせいだと気づいた虚華は、アラディアに尋ねた。

 

 「なんで着いてきたんで……」

 「え、なんか面白そうだったから。暇だし?キヒ」


 即答だった。パンドラも虚華もそう言われては、追い返すことも出来ない。

 パンドラの魔術によって不老不死になっている彼女らは基本的に時間を持て余している。中にはその永い時を研究に費やしたりする者も居るが、アラディアは比較的自由に過ごしている部類だ。

 恐らくは虚華とパンドラが何処かへ行こうとしていたから、そっと付いてきた。許可は後で取っちゃえば良いやと楽観的な感じで、動いたのだろう。

 「七つの罪源」の中ではパンドラの次に関わりの多い人物だが、相変わらず掴み所がない不思議な人物であるアラディア。それなりに付き合いはあるが、それでも普段何しているのかなどは全く知らなかった。


 (今度、プライベートで何処か一緒に行こうかな……って、今は集中しないと)




 ______________________


 

 適当にアラディアをあしらった虚華は、目的のログハウスへと辿り着く。

 外見は変わっていない。あの時のままの姿で其処に鎮座している。もし仮に「背反」の言っていた話──並行世界から来た人間が白雪の森に現れたのなら、出現ポイントは間違いなく此処だ。


 「此処か?ヴァールの目的地とは」

 「えぇ、此処です。間違いありません」


 パンドラはログハウスを一瞥すると、小さな溜息をつく。アラディアも心なしか、ガッカリしているように見える。けれど、虚華は動じない。二人には見向きもせずにログハウスのあちこちを確認している。


 「魔物も前回の騒動で駆逐されており、探索者の登竜門としても使われなくなったこの場所に一体何の用かと思えば……、そろそろ説明しても良いのではないか?」

 「あ、パンドラも此処が何なのか分からないんだ。ケヒヒ、ヴァール。此処は一体?」


 二人から服を引っ張られてしまい、説明を要求された虚華は、くるりと二人の方を向く。


 「「背反」の話が“全て”真実なら、このログハウスが出現ポイントになっている筈なんです。ですが、此処を見る限り……」

 「ほう?この中に何かがあるのか。そう言えばヴァールが何処から来たかは聞いていなかったな」

 

 虚華の言葉に呼応して、パンドラとアラディアはログハウスの方向を見る。アラディアは、んぁぁ?と頭の上に疑問符を撒き散らしているが、パンドラは目を凝らしてログハウスを睨んだ後、考えるような仕草を見せる。

 少し時間を置いた後、一頻りログハウスの外を見回ったパンドラはログハウスに目を向ける。


 「鍵が掛けられているが、見たことのない術式じゃな。ヴァール、これに見覚えは?」


 パンドラは、扉に掛けられてる魔術の魔術式を可視化させる。

 普通ならば既に発動されている物の魔術式は見ることが出来ないが、パンドラはどうやら既に発動状態の魔術式の可視化が出来るようだった。

 虚華は当然、見覚えがあった。実際にこの魔術を掛けている所を見ていたのだ。


 「勿論あります。クリムが発動させた物で間違いありません」

 「ふむ、そうか。聞きたいことは沢山あるが、此処は嫌に寒い。中に入って情報を得つつ、話の続きと行こうじゃないか」


 身体をブルブルと震わせ、パンドラがそう言うと、虚華はぎょっと目を見開いて驚く。

 

 「え、開けれるんですか?魔術での施錠は共通魔術ではない限り、他者が開けるのは不可能なのでは……?」


 恐る恐るそう言った虚華に、パンドラは混じりっ気のない邪悪な微笑みを顔に浮かべる。

 

 「餓鬼が掛けた玩具の錠前なぞ、妾からすれば些末な物よ」

 

 パンドラは雪奈が仕掛けた魔術錠を解除し、中へと入っていく。

 あまりにもあっさり入られてしまったせいで、一瞬虚華の頭の中が真っ白になった。

 少し離れていた場所で、二人のやり取りを見ていたアラディアが、思考停止していた虚華の肩をぽんと叩く。


 「キヒ、こんな寒い場所で突っ立ってたら凍えちゃうよ?早く入ろ?」

 「なんていうか……、パンドラさんって、規格外な人ですね……」


 今まで、オリジナルの術式で作り出した魔術錠を、魔術によって破壊されたのを見たことがなかった虚華は、ただただ唖然としていた。

 そんな虚華を見て、アラディアはケラケラ笑っていた。

 

 「投獄されてた大罪人束ねてる張本人だからね、格が違うよね、キヒヒ。」

 

 アラディアが中に入っていくのを見送ると、虚華自身の体が冷えていることに気づいた。

 自身の中で仮設を立てていたのに、なんだかそれら全部をぶち壊された気がしてならない、虚華はパンドラによって開けられたログハウスの扉をくぐる。



 __________


 ログハウスの中は、綺麗にされてはいるものの、人が暫くの間滞在していた痕跡が見られた。

 雪奈が施した魔術での鍵が掛けられている中、このログハウスの中に入ることが出来た人物がどれ程いるのだろうか?

 いや、それでも雪奈が施した魔術の施錠は、雪奈にしか出来ない。遺された答えは一つだ。

 

 「中は随分と人臭い。定期的に出入りしているようじゃな」

 「服の趣味は違いますけど、サイズ的にもクリムが着ていた物ですね。恐らくは……」

 「“緋浦雪奈”が着ていた可能性が高い。今はクリムになっている、と言いたい訳じゃな」

 

 虚華はパンドラの言葉に、無言で首を縦に振る。虚華がログハウス内をぐるりと見回していると、脱いだまま、テーブルの上に置かれている衣服を見たアラディアは「ほほう」と呟く。


 「これ、確かに(せっ)ちゃんの趣味だね。キヒヒ……あ、雪ちゃんって、“緋浦雪奈”のことね」

 「知ってるんですか?」


 虚華が食い気味に突っかかったせいか、アラディアは少し後ずさりしてしまう。

  

 「キヒ、妹が仲良かったからね。面識もあるし。でもクリムちゃんとは本当に違うよ」

 「後日、また詳しい話聞かせてくださいね」

 「そうだなぁ、最近ハマってるチェスで私に勝てたらね、キヒヒ」

 

 アラディアと会話していたら、後ろの方から「コホン!」と咳き込む声がする。

 振り返ると、パンドラが不機嫌そうに椅子に足を組んで座っていた。この顔は、「妾抜きで随分と楽しそうじゃなぁ?ホロウぅ?」と言った感じだ。要するに嫉妬しているのだ。

 焦った虚華は、アラディアとの会話を切り上げ、パンドラの方へ向かう。こういう時のパンドラはおだてたら割と何とかなることが多い。

 

 「それにしても、助かりました。このログハウスの中に、出入りしていたのはクリム達だけだという事が知れたのはとても大きな情報です。あれもこれもパンドラさんのお陰です」

 「ふーん、でもそれはおかしくはないか?恐らくじゃが、このログハウスが並行世界へと繋がる場所なのじゃろう?ならば、「背反」の話とそなたの話の間に幾許の矛盾が生じるが、この矛盾、如何にして解く?」


 パンドラの言う矛盾──、それはつまり「並行世界に存在していた「終わらない英雄譚」の構成員は何処から来たのか?そして、此処ではないのなら何処から来たのか?」と言うものだ。

 虚華は、このログハウスが並行世界の存在が出現するポイントだと言ったが、ログハウスの扉は雪奈によって施錠されており、窓には破られた形跡は無い。

 雪奈が窓などに使用しているこの世界に来た時に発動させた状態保存の魔術の効果は、持続したまま。

 つまりは窓に干渉された形跡はない。そうなると矛盾を消し去るには複数の選択肢が残る。


 1つ目の選択肢。もし、並行世界の構成員とやらが本当に存在するのだとしたら、その存在は雪奈、もしくは雪奈と手を組んでいる人間がディストピアから連れてきた可能性。

 勿論、仮説として成り立ってはいるが、何故手を組んだのか?そして何処で「背反」の噂の元手を知ったのか。


 (ありえなくはないけど、情報として提示するには少し弱いかもしれない。人間が得意じゃない雪奈が見ず知らずの他人と手を組むとは考えにくいし、クリムが“雪奈”と入れ替わっていた可能性がある時点で、この可能性は薄いかな)


 2つ目の選択肢。並行世界の構成員は存在したが、このログハウス以外で出現し、「背反」の言う通りの話の筋書きが存在した可能性。

 これも有り得ない訳ではない。けれど、これは悪魔の証明にも等しいものだ。

 じゃあ何処から構成員が来たのか?という問いに答える事が出来ないが、ログハウスの密室に対しての解答が必要じゃないのがポイントだ。


 (パンドラさんには「それは矛盾点を消し去ったのでは無い。隠しただけじゃ」って言われそう。実際に、答えの提示できない可能性を提示しても、矛盾を解消するという事にはならないし。これも無し無し)


 3つ目の選択肢。並行世界の構成員そのものが存在せず、雪奈が“雪奈”へと入れ替わった方法が何処からか漏れた可能性、もしくはオカルト的な発想から試したら本当に変わってしまっただけの話。

 結果的に死んでしまった人間の情報など、出処として怪しいのだからと、一刀両断してしまうことになるが、そもそも死んだ人間を蘇生する魔術が禁術となっているのに、噂の発生源は一体どうやって蘇生させたのか?と言う話になる。

 

 (うーん。一番現実的だとは思うけど、結局、並行世界云々の出処は「終わらない英雄譚」だからなぁ。でも、あそこのレギオンで禁術が行使されていたとか、そこら辺の噂聞かないからなんだかなって感じがするのよね。じゃあどうやって蘇生したんだ!って声がないのもおかしな話だし)


 虚華は、少し考えた後、頭の中で一つの結論に至った。虚華がちらりとパンドラを見ると、パンドラも真剣そうな表情で虚華のことを見据えている。

 二人の間に流れる空気に、甘い果実の香りなどは一切内在していない。

 

 「色々可能性はあるのですが、恐らく並行世界の構成員そのものが存在しなかったんだと思います。白雪の森で、“緋浦雪奈”を見かけたことで話に尾ひれがついた結果が今に至るのではないかと」

 「妾は、“緋浦雪奈”のことを知らぬ。あくまでクリム・メラーと酷似している存在、として認識しているが、どれほどの差異がある?」

 

 実際の所、虚華も“緋浦雪奈”の事はよく知らない。「エラー」──“結白虚華”から話には聞いているが、容姿はそこまで変わらないが、纏う雰囲気から態度、表情の何から何までが違っている、との事だった。

 「エラー」から聞いた内容を自分なりに分かりやすくパンドラに伝えると、パンドラは腕を組み、眉間に皺を寄せる。

 

 「要は、見れば一目で分かる程の違いがある中、“緋浦雪奈”を知る者が、クリムを見て“雪奈”だと見間違(みまご)うた、と言う訳じゃな。じゃが、纏う雰囲気や態度というものは一朝一夕で身に着くものではない。ましてやクリムの性格からして、演技が出来るとは思えない。つまりはそういう事……という事か」

 「えぇ。逆もまた然り、以前から時々引っ掛かる部分はありました。ですが、今回のミスは致命傷だった」


 虚華はずっと見逃していた部分に、大きな闇が陰っていた事に気づき、酷く顔を歪める。

 パンドラも、普段のような優しい言葉は一切掛けてこない。顔も柔和とはとても言えない表情をしている。


 「「罪よ、罰し給へウィッシュ・フォー・シン」……。魔導の造詣が深くない者がよく間違える物ではあるが、仮にも「全魔」の名を冠している者がしていい物ではないわな」

 「……はい。そこで疑問が生まれたんです。もしかしたら彼女は“雪奈”なんじゃないかって」


 それを確かめたかったんです、と虚華は言葉を付け足すと、パンドラはふむ、と言葉を返す。

 

 「それで?これで用事は終わりか?もう開ける鍵は無いじゃろ?」

 「いいえ、パンドラさんを呼んだのは魔術での施錠の解除が目的じゃありません」


 そもそも、虚華はログハウスが施錠されたままだと思っていなかった上、雪奈の施錠を解除できるとも思っていなかった。

 だから、もし施錠されていたのなら、一度“物理的に”解錠した上で、自分で施錠しようと思っていたのだ。

 虚華がパンドラを連れてきた理由は、一つだけだった。アラディアも付いてきてしまったが、巻き込んでしまっても何ら問題はない。むしろ戦力が増えることは喜ばしいことだ。


 「ならば、なにゆえ此処に連れてきたのじゃ?」

 「行ってみませんか?私の暮らしていた世界(地獄)に」


 パンドラ達は言葉にしなかったが、返事は明白だった。

 ギラギラとしたパンドラとアラディアの瞳からは、普段より一際濃い悪意を感じて、虚華は身震いした程だ。

 この世界の咎たる存在が、並行世界を拒む理由などなかった。

 

 (まさか、臨や雪とは別の人と戻るとは、昔の私は考えもしなかっただろうなぁ)


 一年振りに、触れた不思議な機械は、未だに健在でアラディアとパンドラ諸共、虚華達の暮らしていた最厄の世界──ディストピアへと送り届けることとなった。


次回から登場人物紹介を挟んで、第八章──ディストピア帰郷編へと進みます。

八章の間は、臨や雪奈等は本編には出てこないですが、新キャラが登場しますので、気長にお待ち下さい。

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