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【Ⅶ】#15 黒い絶糸は、邪魔者を縛る楔


 目の前に居る彼は間違いなく、ブルーム・ノワールだろう。黒咲臨との違いは殆ど無いが、雪奈はそう確信していた。

 格好は最後に出会った時よりも華やかで、メイク等もバッチリ決めていることから、更に可愛くなっていた。


 (完全に目覚めたのかな、女装道に)


 じぃっと雪奈が臨のことを見ていると、臨は若干不満げな顔でこっちに噛み付いてくる。


 「ボクの顔に何か付いてる?」

 「ん、んーん。板に付いてきたって、思っただけ」


 何が板に付いてきたかは言わなかった。言わぬが花って言葉を、今さっき殺された中央管理局の人間が教えてくれたからだ。名前はもう忘れた、興味のないことに記憶領域を割く道理など無い。

 雪奈の言葉を聞いた臨は、ふっと鼻で笑う。雪奈自身は気にしていなかったが、どうやら“虚華”だけはそうも行かないようだった。

 臨が人を二人殺してから、表情は険しくなり、こうして雪奈と談笑している辺りから様子がおかしくなっていった。穏やかに、それでいて優しく頷きながら、今は亡き管理局の女と話していた時とは、雲泥の差だった。

 周囲の空気が完全に凍りきっている中、雪奈と臨の談笑が一区切り付いた辺りで、「エラー」は展開式槍斧の柄の部分で、地面を大きく叩きつけた。

 臨は雪奈と視線を合わせると、口角を一瞬だけ邪悪な物へと変貌させる。その後、慎ましい笑顔でで深々とお辞儀をする。

 

 「おや、これはこれは「“虚華”殿」。如何なされた?」

 「どうしたもこうしたもないでしょう!?何故イザヴェラとシェリルを殺したのですか!!」


 「エラー」の怒号を聞いて、臨は興味も無さそうに、自分で殺した首無死体を眺める。死体に近づいて、捩じ切られた首の断面に顔を近づけて、一瞥。

 直ぐに視線を「エラー」へと戻し、悲惨な死に様を晒している死体の前で平然と言葉を返す。


 「何故……ですか?そこに中央管理局の人間が居たからですよ。「“虚華”殿」」

 「あ、貴方は何を言っているのですか?そんな暴動が許されるとでも……?」


 あまりに臨が平然とそう答えたものだから、「エラー」は声を震わせながら反論する。

 雪奈はこの時点で彼らの問答を聞くのを止めた。臨がしようとしている事も、「エラー」がこの先、数手で積むであろう事も目に見えていたからだ。

 だから、だからこそ、雪奈は臨の方を向いて普段は出さないような声量を出し、手を振る。


 「ブルーム、また後で」

 「ふふっ、流石クリムだ。そうじゃないと許さないけどさ」


 仲間に向けた笑顔は、「エラー」に見せたものとは大違いで、優しさを内包している物だった。

 雪奈はたった一人で、臨が来たであろう方角へと進んでいった。


 「あ、ちょっと!クリムちゃん、何処行くのさ!」

 

 イドルの静止も虚しく、雪奈は三人の前から姿を消した。臨だけは雪奈を見ていなかったが、気配が消えると、再度口角を邪悪に歪め、愛用している得物を取り出す。


 「……所詮、貴方も黒咲臨と言う訳ですね。()()()()()()()?」

 「さぁ、どうだろうねぇ。今のボクは「終わらない英雄譚」に協力しているだけの「糸使い」さ」


 奥歯を噛み締めた「エラー」は臨に最大限の殺意を見せつける。自分が何に怒っているのかも分からず、正気を失いかけるも、ギリギリの所で踏み留まっている。

 ただでさえ残り少ない「エラー」の理性を根こそぎ奪う罰槍ジェルダは取り出さずに、展開式槍斧(ハルバード)を構え、突進する。

 

 「これ以上、私の大切な物を奪うなぁ!!!!!!」

 「ボクは何も奪って……あぁ。中央管理局(セントラル)のゴミ共の命か?あはは!ははははっ!」


 臨が滑稽だなぁと、声を上げて笑う。

 何がおかしいんだ!と「エラー」が声を荒げると、臨は更に腹を抱えて笑う。

 もう可笑しくて可笑しくてしょうがないと言わんばかりだ。

 はっきり言おう。この場の人間が誰一人として反論しないのは、皆が皆、臨の味方だからじゃない。臨のしたことが例え、許されないことだったとしても、それ以上に彼女が行ってきた所業を考えれば、口を挟むことなど、出来ないと思われているのだ。

 ──それは血を分かつ実の両親であろうとも、忠誠を誓う程の仲の友であろうとも。


 「白の区域から人間種以外を排斥させた張本人様が、人間種──それも中央管理局の職員を殺された程度で此処まで怒るとは、本当に滑稽だな」


 臨の黒色の瞳からは、怒りの感情は汲み取れない。あるのはただただ昏い漆黒の闇だけ。

 固唾を呑んで見守る白の区域長ホワイト・プレジデントも痛々しい表情を見せていた。

 ただ一人、何も知らなかった暴走姫を除いて。彼女は臨の言葉を聞いても、最初は信じなかった。


 「人間種以外を排斥……?貴方は何を言っているのですか?そんな言葉で私が騙されるとお思いですか?」

 「おわっ、危ないな。これが本当に結白虚華か?育つ環境が違えば、同じ人間でも全然違ってくる……なんて小説や妄想の産物でしか無いと思ってたけど、こうして目の当たりにするとよく分かるね。うちらのリーダーがどれだけ美しく育ったかを……さ」


 「エラー」の一撃を糸で華麗に躱しながら、臨は最大限の侮辱とも取れる虚華との比較で、「エラー」を攻撃する。

 一発も物理的にも魔術的にも攻撃を仕掛けていない臨を、イドルも白の区域長も責めることは出来ない。仮にも命を奪っている相手だが、目の前の状況は、言葉巧みに罪を侵させようとしている少女の攻撃を楽しそうに交わしているだけの道化が踊っているだけでしか無いのだ。


 「貴方が……貴方が誰であろうとも、私は貴方を許さない……っ!」

 「勝手にどうぞ、でもボクも暇じゃなくてね」


 臨は黒いドレスのスカートを翻して、妖艶な太腿を飾るガーターベルトに手を掛ける。

 

 「正義感拗らせた勘違いお嬢様ぶっ飛ばして、追っかけなきゃなんないんだよ!」



________________


 一方、そのやり取り全部を遠くから見ていた虚華は、頭を抱えていた。

 いつの間にか戻ってきていたパンドラは抱腹絶倒しながらも、虚華と臨を交互に見て楽しそうにしている。パンドラが楽しそうに見ているのは結構だが、こちらとしてはどうしたものかと、本気で思考を巡らせている。


 「はぁ……、まさか此処でブルームが「終わらない英雄譚」側で出てくるなんて……」

 「む?予想外か?事実は小説よりも奇なりと言うではないか。何があったのかは知らぬがの」


 美味しそうに紅茶を啜るパンドラのティーカップが空になったのを確認すると、禍津は何も言わずに新しい紅茶を注ぐ。ついでに〜とアラディアも新しいのを要求するが、禍津は中身の入ったポッドをアラディアの前に置いて、自分はソファに腰掛ける。


 「ケヒヒ……これがツンデレ……キヒ……」

 「今すぐそのポッド片付ける」

 「……ごめんよ、本音が出た……キヒ……」


 青筋を浮かべながら、ポッドを片付けようとする禍津と必死に抗っているアラディアがやいのやいのしている間にも、臨と「エラー」のやり取りは続いている。

 対する虚華は、顔の前で両手を組み、溜息を吐きながら二人のやり取りを見守る。

 否、正直な所、臨のしたいこと、雪奈のしたいこと、自分がやるべき事は既に分かってる。

 臨が、何故この景色を自分が見ている可能性に賭けているのかは分からないが、確かに自分は臨の言葉を聞いた。

 そして、この張り紙。要するに自分達三人で「背反」の館に向かって、彼奴をぶっ飛ばそうということなのだろうが、そもそも勝てるのだろうか?

 気になった虚華は、こっそりとパンドラに耳打ちをした。


 「私とクリム、ブルームの三人で「背反」に勝てるでしょうか?」

 「んー?ん〜。ヴァールが罪の力を解放すれば可能じゃろうな」


 先程からずっと禍津の茶菓子をボリボリと貪っているが、彼女の体型は一切変わる気配がない。

 話半分で答えられているような気がして、若干不満げな虚華は口を尖らせる。

 

 「じゃあ、もししなかったら?」

 「そりゃあ、お主の従者次第じゃろう。お主一人では絶対に無理じゃ」


 自分ひとりだけの力では勝てないのかと、虚華が落胆していると、パンドラは先程の言動に一言付け足した。


 「じゃがまぁ、何を縛るのか次第では完封も可能じゃろうて。情報を引き出そうとすると痛い目を見るぞ。欲張るな、疾く殺せ」

 「は、はい……。でもパンドラさんはどうしてそんなことまで知ってるんですか?」


 虚華がそう聞くと、パンドラの顔はみるみるうちに笑顔になっていった。

 満足げな顔になり、パンドラが口を開こうとすると、禍津がパンドラの口を塞ぎ、会話に割り込んだ。


 「此処だけの話だがな、ヴァール。毎回俺が万物記録(アカシック・レコード)で……」

 「もがもがあああああ!!!(言うなぁあああああ!!!)」


 (頑張って何とかしなきゃ……)


 パンドラの禍津譲りのアドバイスを胸に、自分も戦場の場へと降り立つ。

 目指す場所は「背反」の館。もうまもなく「終わらない英雄譚」との戦いが始まる。




ここからまた更新がゆったりになりますが、それでも確実に進めていきますので、応援の程、宜しくお願いします!

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