【Ⅶ】#14 焼け焦げた地に咲くは、黒き彼岸花
大門の時点で相当のショックを受けていた「エラー」は内部を見て、更に激情を灯す。
何処も彼処もが焼け落ちており、人々は既に大半が避難していたとは言え、残っていたであろう人々は恐らく全滅している。
あちこちから焼け焦げた肉の匂いが漂ってきて、思わず鼻を摘みたくなる衝動を抑えながら、ひとまずはギルドがある方向へと向かう。
「なんなんですか……一体何でこんな酷い事に……っ!神父っ!」
イドルと「エラー」、そして雪奈は大通りに差し掛かる付近で、教会がもうすぐ灰燼に帰そうとしている場面に出くわした。教会の外には3.4人程の修道服を着ている男女が地面に頭を擦り付けたまま、倒れている。
知り合いを見つけたのか、「エラー」は倒れ込んでいる神父らしき人物に駆け寄ろうとするも、雪奈が手を引いてそれを止める。
「何するんですか!あそこには私の知り合いがっ!早く助けなきゃ!」
「「エラー」だめ。よく見て」
思ったよりも強く手を掴まれた「エラー」は胸の内の怒りに燃料を注ぎながら、目の前の神父達を見る。よくよく見ると、神父達はピクリとも動かない。畏怖の対象がこの場に居ないにも関わらず。
地面の方を見れば、全ての神父達の足元は全て赤黒い液体が凝固していることが分かる。
彼らがどういう末期を過ごしたのか理解した「エラー」は涙腺に涙を浮かべながら、項垂れる。
「月魄教会の方々には、聖属性の魔術を教わっていたんです……。他にもその当時、自分に足りていなかった物を、私に与えてくれたこともありました。……一体誰が……、なんて惨いことを」
「……そう。ん?これは……」
雪奈が近くに落ちていた張り紙のようなものを拾い上げると、「エラー」はそれをさっと雪奈の手から抜き取り、それを読み始める。後ろに居たイドルもそれを覗き見するが、二人の表情が険しくなっていくのを、唯一読んでいない雪奈はつまらなさそうに見ていた。
最後まで読み切った「エラー」は自分の激情に身を任せて、読んでいた紙をビリビリに破り去った。
中身をまだ読んでいなかった雪奈は、小さな声で「まだ読んでない……」とぼやいたが、「エラー」はそれ所じゃない形相に見えた。
展開式槍斧を展開し、何時でも戦闘が出来るように臨戦形態を取っている「エラー」は理性こそ残っているものの、いつぞやの非人を殺そうとしている時と大差無い雰囲気を感じた。
「絶対に許さない。「背反」が例えどれだけの人間だったとしても、私は絶対に許さない」
「ドウドウ、“虚華”ちゃん。そんな怒っても標的は此処には居ないんだから。冷静さを欠いたから『カサンドラ』に負けたんでしょ?」
「エラー」は凍てつくような眼差しでイドルを睨むも、イドルはいつものヘラヘラとした笑顔で「エラー」を見返す。やがて根負けした「エラー」は展開式槍斧を待機形態に戻すと、死んでいる神父達に祈りを捧げる。
「ベティ神父、デラル神父、ヒューリ……御冥福をお祈り致します……」
雪奈は、「エラー」の祈りのようなものをただじっと見ていた。この世界の人間ではない彼女は、この世界のしきたりに詳しくはない。ましてや、宗教なんて物は、自分には理解できない。
だって、自分の信奉対象は愛する人、ただ一人なのだから。
(この世界の宗教は知らない、けど、何処も変わらない)
彼女が祈りを終えると、「エラー」は涙を拭き、前に進みましょうと宣言する。
その瞳には既に悲しみは消え去っていた。怒りも勿論混じっていたが、自分が何をするべきなのか、理解している顔になっていた。
「行きましょう、「背反」の元へ。こんな悲劇を起こしたんです。精算するべき量は膨大なんですから」
「いやはや、“虚華”ちゃんもすっかり大人になっちゃって」
保護者面しているイドルをスルーして、雪奈と「エラー」は神父達が眠る教会を後にし、目的地へと足を進め始める。
あちこちに貼られている物に感情を揺さぶられること無く、怒りを忘れることもなく。
(ん……?)
誰かに見られている気がした雪奈は辺りを見回すも、人の気配はおろか、魔物すら居そうにない。自分の感覚が鈍ったのかなと、雪奈は首を傾げながら「エラー」の後ろを付いて教会を後にした。
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大通りを過ぎ、雪奈達は白の区域長が住まう居住区と、中央管理局白の区域支部の二つが同居する箇所、行政エリアを通り過ぎようとした頃だった。
後ろから聞き慣れない声で呼ぶ声がした。男の声だ。雪奈はふと振り返る。
「“虚華”!!!無事だったのか!!」
「お父様!?どうして此処に!?」
「……ご無沙汰しております。白の区域長」
両脇には白を基調とした軍服のような格好をしている女性二人を置き、中央にはこれまた重役の格好をしている髭面の男性が「エラー」を心配そうな目で見ていた。
雪奈には誰だか分からなかったが、どうやら髭面の彼が「エラー」の父親らしい。
……つまりは虚華の父親も彼と同一人物だったと言うのか?
(この世界が、あたし達の、世界じゃない、けど……)
「フィルレイス君か。久しいね、息災で何よりだ。そちらのキミは……」
荘厳そうな雰囲気とは裏腹に、話し口は実に柔和だ。目つきは“虚華”譲りで厳しいのに、話してみれば思った以上に話せる所は本当に虚華そっくりで驚いてしまった。
やはり彼はこの世界に置いて、“虚華”の父親で間違いないのだろう。
雪奈は無表情のままではあるが、目の前の男の言葉を待つ態度を見て、優雅な礼をする。
「……初めまして、白の区域長。あたしは、クリム・メラーと申します」
「ん?メラーと言ったか?……そうか、数年前に亡くなった“虚華”の旧友に似ていたが、他人の空似か」
懐かしむような目で雪奈のことを見るが、雪奈はその視線を良しとはしなかった。
勿論、性的な目で見ていないことは分かっていた。彼の言葉が嘘であるかどうかは、彼の視線が物語っている。
彼は間違いなく、“虚華”の旧友である緋浦雪奈の事を思い浮かべ、「クリム・メラー」を見ている。
何故だか分からないが、その視線が妙に嫌だった。言語化出来ない嫌悪感が、雪奈の身体を這い回されている感覚に襲われた。
咄嗟に雪奈が自身の体を両腕で隠す素振りを見せると、白の区域長ははっとした表情で目を逸らす。
「いやはや申し訳ない。いや、今はそんな事を言っている場合ではない。イザヴェラ殿、彼女らに簡単な現状説明をしてやってくれ。シェリル殿は周囲の警戒、護衛を頼む」
「畏まりました、白の区域長様」
「OK,作戦を実行します」
左脇に立っていた長身痩身の女性が何やら魔術を詠唱している。黒髪で顔の半分を隠してしまっている彼女が恐らくはイザヴェラと呼ばれていた女性だろう。
反対に、何処からともなく盾と片手剣を取り出し、臨戦態勢に入っている小さめの身長の子供っぽい方がシェリルと呼ばれた女性と雪奈は判断した。
どちらもイドルと同じ制服を着ているから、恐らくは中央管理局の人間だろうと、雪奈は推測する。
(この世界の、中央管理局は、守るのか……、……どっちも同じか)
雪奈がディストピアの中央管理局の所業を思い出していると、イザヴェラと呼ばれていた女性が、魔術を発動していた。途中までしか見ていないが、魔術式を見るに記録媒体の具現化をしていたようだから、何かしらの記録を見せる思惑で使っていた可能性が高い。
現に目の前の彼女は、粒子状に広げた霊視媒介に情報を簡単に表示していた。
「現状、ジアの人民の95%をレルラリアとハーミュゾロアに避難させています。残りの5%は……、まぁ、言わぬが花としておきましょうか」
「……そうですね、断言しないことで救われる人が居るかも知れませんし」
イザヴェラの曖昧な報告に、「エラー」は首を縦に振り、肯定する。イドルはニヨニヨと気持ちの悪い笑みを顔に貼り付けたまま、イザヴェラの報告を黙って聞いていた。
雪奈も後者だ。感情こそ顔に出しては居ないが、二人の言葉には賛同出来なかった。だから黙って聞いていた。この場で異議を唱えても助けてくれる人は居ないと、理解しているから。
それでも、彼女の報告は続いた。「エラー」は真面目に聞いている中、雪奈はずっと白の区域長を見ていた。
「それで?イザヴェラちゃん達は、白の区域長連れ出してこんなトコで何してんのさ?」
イドルがイザヴェラの報告の途中でそう切り出した。確かに内容は正直、聞かなくても分かるものばかりだ。何処の建物がどうとか、今はそんな事どうでもいい。
知るべき情報は、この暴動の主犯格と、その主犯格のこれからの動向だ。それ以外は正直どうでもいい情報でしか無い、さっきからこの女はそんなどうでもいい情報を垂れ流し、「エラー」の感情を揺さぶっているだけにしか見えなかった。
雪奈達は先程張り紙のような物の中身を確認していた。内容は「喪失」が自分の物にならないから、街を燃やした、という巫山戯た内容だった事も脳裏に焼き付いている。
もし本当にそれが理由なら、自分達が悪者なのか?関わった覚えのない存在によって、また自分達は居場所を追いやられるのか?
(流石に黙ってられない)
雪奈がそう思い、口を挟もうとしたその時だった。
イザヴェラとシェリルが急に沈黙した。最初は不思議そうな顔で口をパクパクさせていた。
そして、声が出ないことに気づいた頃には顔が真っ青になっていた。どれだけ動かしても首より上はびくともしない。
最終的には首元を両手で触り悟る。鋭利で且つ、とても細い何かが首元を覆っていると。
(あれは……、もしかして)
真面目そうに聞いていたはずの「エラー」はずっと首を縦に振っていたが、途中から言葉が何も聞こえてこないことに気づき、イザヴェラの方を見ると、窒息寸前の真っ青な顔でこちらを見ているではないか。
黄色い悲鳴を「エラー」が上げるのを皮切りに、イザヴェラとシェリルの首が捩じ切られた。
ゴトリと落ちた首は、自分の首が落とされたことに気づかず、目をギョロギョロとしていたが、自分の体と首が離されていることに気づくと、どちらの首も白目を剥いたまま動かなくなった。
「……っ、何事だ!何故、イザヴェラとシェリルは死んだのだ!」
白の区域長が、二人の死を目の当たりにしたのにも関わらず、妄言を吐いたせいか、何処からかくすくすと笑い声が聞こえてくる。
当然だが、雪奈もイドルも笑っていない。勿論、「エラー」もだ。
じゃあ誰が?何処で笑っている?その答えを雪奈は分かっていた。
「答えてあげて、ブルーム」
「あぁ、やっぱり分かるか。流石だね、クリム」
何処からともなく姿を表したのは、黒い可憐なドレスを身に纏う黒髪の美少女……ではなく美丈夫。長らく行方不明になっていた黒咲臨こと、ブルーム・ノワールだった。