【Ⅶ】#12 人間という枷は、想像以上に重い
雪解けが進んでいた大地で気絶していた「エラー」を回収した雪奈と、イドルは虚華がジアへと向かうという方針を信じて、ジアへと向かっていた。
イドルと「エラー」が談笑しながら先頭を歩く中、雪奈は一人、考え事をしながら雪道を進んでいた。
目の前で申し訳無さそうに、談笑している「エラー」は虚華であって、虚華じゃない。
(此奴は、引っ掛かったのに、何故虚が、引っ掛からない?)
白の区域のギルド内で雪奈は「全魔」のクリムという二つ名で呼ばれている。
その渾名に相応しく、弱冠16歳において人間には出来ないとされていた全属性を習得している上に、扱える人間が少ない超級まで使用している。
そんな少女は、自分の愛する人の行方を探すことが出来なくなっていた。勿論、常に見つからないという訳ではない。
時々、自身の使用している虚華の居場所を、大まかに知ることが出来る魔導具が作動しないことがあった。そんな時は自分でも魔術を使用するのだが、確かに見つからないのだ。
今回の件もそうだ。
自身が虚華の“嘘”で強制退去させられ、その効力が切れた時には、魔導具は虚華の所在を不明と判定していた。
索敵魔術を発動させても、当然索敵網には引っ掛からない。
けれど、今回は“嘘”の効力が想定よりも長いせいで、純粋に範囲から出ただけかも知れない。
(でも、虚の“嘘”は、精々二十分が限界……)
そう、辻褄が合わないのだ。
虚華がどれだけの時間、戦闘に費やしたのかは分からない。
戦場の痕を見れば、相当激しい闘いになったことは容易に想像がつく。正直、どんな“嘘”で彼女を下したのかは分からない。
(虚が、見えない。魔術を加味しても、説明しきれない)
だが、論理的に仮説を立てるために、仮に十分で決着がついたとしよう。
虚華が使用した“嘘”の持続型現実改変の最大効力である二十分の内、残り十分で移動を開始したとすると、進んだ距離は精々600mが関の山だ。
二十分で自分達に掛けられた“嘘”の効力が切れ、そのままの足で「エラー」が倒れていた場所に戻ったとするなら、その分を加味しても1.8kmが限界だろう。
ましてや、こんな雪が降っている環境だ。走ったり跳ねたりするような愚行は、いくら虚華とは言えしない筈だ。
(もし、走ってても、問題は、ない……)
現在、虚華が進んだと思われる方角に進んでいるが、足跡は前に居る二人の物しか無い。虚華は確かにジアへと向かうと言っていた筈だ。もしあの場所から最短距離で移動するならば、このルートが一番早い。
雪奈の索敵魔術の範囲は雪奈を中心として半径3kmに及ぶ。その索敵網に引っ掛からないとなると可能性として挙げられるのは三つ。
(一つは虚が、あたしの索敵魔術を嫌って、対抗してる可能性)
考えて思ったが、これは真っ先に無いなと、雪奈は思った。
そもそも雪奈が虚華の居場所を常時把握しないと気が済まない性分な事を、虚華は知らない筈。
もし仮に知っていたとしても、拒む理由がないだろう。勿論、拒む事は許さないけど。
(二つ目は、虚の“嘘”が、計算以上で、前提が、狂った可能性)
この仮説は肯定も否定も出来なかった。今この場に居る三人は、時間を知る道具を持っていない。
だから、「エラー」が虚華との戦闘にどれほどの時間を費やしたのかも、虚華の“嘘”がどれだけの時間効力があったのかも正直判然としないのだ。
今、雪奈が脳内で計算しているのは、あくまで自分が知り得る情報で最大限の可能性として計算しているだけだ。だが、もし仮に虚華の持続型の“嘘”の効力が一時間まで伸びていたとするならば、この計算は一気に瓦解する。
あくまで可能性だが、根拠がない。根拠のない仮説は所詮仮説だ。分析しようにもデータもない現状では、机上の空論にしか成り得ない。
結局は可能性の一つにはなるものの、答えであるかは分からない。
(三つ目は、虚が転移魔術、ないしは転移用の魔導具を所持している可能性)
ただ、この仮設も破綻している。自分で言うのも何だが、雪奈は虚華の習得している魔術などをある程度網羅している。その中に転移魔術という単語はない。
(そもそも、あたしが、使えないのに、虚が、使える訳ない)
そもそもの話、フィーアという世界に置いて転移魔術はとても高度なものとされている。
そんな中、雪奈も習得を試みたが、魔術の発動方法や、魔導式が記されている書物が無かったため、習得することが出来なかった。数少ない知人にも当たってみたが、どうやらこの世界では人間以上の重量を運べる人間は、天性の才能扱いされているらしく、そういった人は運び屋という形で重宝されているとの事だった。
雪奈は、思考の海から抜け出し、一歩先を歩くイドルに声を掛ける。
「イドル、ちょっと聞きたい事あるんだけど、良い?」
「ん?どしたの急に?」
不思議そうな顔でこちらを見ているイドルに、雪奈は無表情のまま、問いを投げかける。
「イドルは人間を転移魔術で運べる?」
「え〜?無理無理。そもそもあれって使うだけ損な魔術なんだから」
イドル曰く、転移魔術はただ何処に何を転移するという物だけではないらしく、距離に応じた変数や、物質の材質や重さなども変数として計算しないといけないと言うのだ。しかも、その魔術を発動するのに割に合わない魔力を消費するから、結果として誰も使わなくなった。
そんな非効率な魔術を使う人間は限られ、人間レベルの重量を長距離移動できるのは基本的に魔力の保有量が多い種族に限られてくる。人間ではまぁ殆ど居ないとの事だ。
「そもそも転移魔術が便利なものだったら、ボクらみたいな運び屋なんて要らない訳よ」
「ん、確かに。じゃあ、転移が出来る魔導具とかは?」
雪奈が重ねて質問すると、イドルは目に見えて頬を膨らませ始める。隣りにいる「エラー」は若干の呆れ顔をしながら進む方角を確認している。
「だ~か~ら~!そんな物あったらボクの商売上がったりだよ!」
「まぁ、この人の場合、運び屋は出張ついでに行ってることの方が多いですけどね」
進行方向を見ていた「エラー」に手痛い一言を言われたイドルは、腕を組んで「ぷんすか」という擬音が似合うような態度を取りながら口を尖らせる。
「こら!余計なこと言わないでよ!折角ボクが真面目に仕事してると思ってる子にさぁ」
「大丈夫、言われなくても、イドルが、真面目と思ってない」
イドルが露骨にがっかりとした表情で、地面に膝を付き、その姿を「エラー」は笑いながら慰めていた。
そんな「エラー」の表情は虚華達と居る時よりも、一際輝いて見えた。
(どうしてだろう)
ふと垣間見えた「エラー」の笑顔を虚華は、自分に見せていないことに気づいた。
同じ顔の少女が見せる笑顔を、仲の良い仲間に見せている筈の笑顔を雪奈は見ていない。
その事に気づいた雪奈は、心の淀みが増したのを感じる。この感情が一体何なのか、検討はつかなくとも、良いものではないことは分かる。
(きっと、心の底からの笑えない程……)
虚華の心は疲弊し切っているのだろう。雪奈は脳内で展開していた仮説の数々を一旦収める。
さくさくと軽快な音を立てながら雪道を進んでいく雪奈は、再度探知魔術を詠唱し、発動させる。結果は見るまでもなく、虚華の反応はない。
もう雪奈の索敵の範囲にジアがあるというのに。虚華はジアには居ないのだろうか?
(もしかして、嘘つかれた?あたしが?)
今まで、自分達を守る為の嘘以外付かれたことのなかった雪奈は、初めて虚華のことを疑った。
けれど、雪奈は首を横に振り、頬を叩く。
「おおう、どしたのクリムちゃん、そんな気合い入れちゃって」
「何でも無い、ほっぺに虫が居ただけ」
なにそれ〜とイドルが笑ってる中、隣でニコニコしていた「エラー」は目の前にジアが見えた際に、信じられないものを見るような目をしていた。
もう目の前までジアが迫るまで、彼女は気づかなかった。そして知らなかったのだ。ジアが【蝗害】によって焼き討ちにあっていたことを。
あちこちが焼け焦げた大門を指差して、「エラー」は声を荒げる。全身が恐怖か、怒りで震えているせいか、声まで若干震えていた。
「え、なんで、ジアが燃えてるんですか……?」
「ん……。イドルの方が詳しい」
「なんでよ!ボク、仕事中だったじゃんか!話には聞いてたけど、結構派手にヤラれてるなぁって今思ってるトコなんだから!」
雪奈は半目でイドルを見ると、イドルはさっと震えている「エラー」の背中に隠れる。
勿論、「エラー」はイドルの頭頂部に握り拳を振り下ろす。普段から鍛えられている少女の拳はまさに鉄拳だったと、殴られた張本人は後日、涙目で語ったという。
「あたしも、詳細は分からない。【蝗害】?って奴らが、あちこち燃やして回った」
その過程で雪奈は【蝗害】の幹部格である玄緋綿罪と玄緋疚罪の二人に奇襲され、敗北している。
それから意識が暫くの間飛んでいたせいで、雪奈はなんにも覚えてないが、気がついたら蒼の区域の葵琴理のアトリエに居た。この時も、どれだけ眠っていたのか覚えていないが、ずっと背負われていたのだろうか?
(ホロウの背中の感触……覚えてない……)
露骨にしょんぼりとしている雪奈を見た二人は、自分が敗北したことにショックを受けたものだと勘違いし、焦りながら慰めながら、焼け焦げた大門を潜った。
コロナでダウンしてしまっていたので、大幅に更新が遅れてしまいましたが、現在鋭意執筆中なので2.3話は早めに更新できると思うので、応援の程、よろしくおねがいします!!!