【Ⅶ】#10 天才が織り成す天災
雪奈一人にボコボコにされた昏いセミロングの灰色の髪に、綺麗な灰色の瞳を持つ出灰依音は広い来賓室で、同じくボコボコにされたせいで落とし穴の底で伸びている、光の当たり様によっては、緑にも蒼にも見える瞳と髪色のこんがり灼けた肌色の快活系少女の葵琴理の回復を待ちながら部屋の片付けをしていた。
「まさか、あの子じゃないあの子に魔術で負かされる日が来るなんてね」
依音は自身の魔導弓を取り出し、眺める。かなり丹念に手入れされているその弓は、新品同様の輝きを放っているが、かなり使い込まれている跡も見られる。
それもそのはず、彼女の魔導弓は胴の部分以外に魔力を注ぐことで真剣同様の切れ味の刃物と変貌させることが出来る。
その結果、両剣のような戦い方もするようになった。相方が遠距離主体ならば、自身が前衛に、相方が前衛ならば自分が後方支援に回れるようにと、彼女なりに考えた末の結論だった。
依音は、ふと落とし穴の下で伸びている琴理をちらりと見やる。
「ごめんなさいね、琴理。貴方の友達を取り返せなくて」
正直な所、依音に雪奈との接点は殆ど無い。どちらかと言われれば、琴理と仲の良い子だったな、ぐらいの印象しか残っていない。学園でも自分から干渉していない分、どうしても仲が良くなる機会もなかった。
そんな中、琴理は雪奈ととても仲が良かった。歳は雪奈の方が一つ上だったが、それでも学園の休み時間に頻繁に遊びに行っては鬱陶しがられながらも構ってくれてたと、嬉しそうに言っていた彼女の笑顔は未だに脳裏に焼き付いて離れない。
(けれど、そんな笑顔は、あの子を失ってからは見られなくなった)
三年前に雪奈が黒咲臨に殺されてからの琴理は変わってしまった。
今までどれだけ親や周囲がやれと催促しても、一切してこなかった武具錬成──鍛冶に従事するようになり、時には数日間アトリエに籠もって、強い武具を日がな一日中打ち続けている事もあった。
そんな琴理に会いに来るのは決まって結白虚華と、自分だけだった。琴理が一日中アトリエに籠もる日は、アトリエ内の琴理の自室に鍵をかけて籠もるので、そういった日には虚華と二人で雑談をして過ごす日もあった。
虚華とは色々な話をした。学園内での話、アトリエ内での話、琴理との関係性やその他色々。
勿論、彼女の作った部活「喪失」に依音自身も所属はしていたが、雪奈が生きている頃よりも、死んでからの方がよく話していたな、と今さら思ったのだ。
(そんなあの子が久々に嬉しそうな顔をしたのはつい最近だったわね)
「喪失」が解散され、虚華が徐々に来なくなり、葵家からもこのアトリエを一つだけ与えたまま放置されていた琴理のことを心配していた人々も時間が経つにつれ、減っていった。
そんな中でも依音は、依音だけは森の奥にあるアトリエまで足繁く通い、生活力皆無の琴理の世話をしてやった。鍵が空いている時にアトリエへと入る度に、見慣れない武器があちこちに転がっていた。
どれもこれも、琴理のお眼鏡に適う物ではなかったが、葵家の人間が作る武具はどれもとても優秀な物。その方程式に、琴理の武器も当てはまっており、とても出来の良いものばかりだった。
依音はそういったそこらに転がっている武器を琴理の許可を経て売ることで彼女への生活費に充てていた。
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そんなある日だった。
雪ちゃんが死んでからどれくらいの時が経ったのだろう?今日もアトリエ内の琴理の私室の鍵が空いており、中にある武具を押し分けながら、琴理が寝ているであろうベッドの方へと依音は向かう。
けれど、其処に琴理は居なかった。辺りにはいつもよりも奇っ怪な物が散乱していたせいで、足の踏み場すら無い惨状だ。
「琴理〜?何処に居るの?」
「あ、依音センパイ!ここっすよ!」
依音の心配そうな声に呼応して、琴理の快活な声が、作業場の方から聞こえてきた。
この時間は普段ならば寝ているか、何もせずにぼーっとしていることが多かったのに、今日に限ってとても元気そうな声でこちらに向かって手を振っている。
(遂にクスリにでも手を出したのかしら……?)
失礼なことを頭の中で反芻させながら、依音は作業場の方へと向かうとそこには笑顔の琴理が二つの武器を持っていた。一つは何やら複雑な機構が織り交ぜられている棍棒、もう一つがこれまた複雑な機械で出来ている魔導弓だった。
「琴理、これはどうしたの?」
「どっちかが、依音センパイの物っす!どっちが良いっすか?」
「え、えと……状況が分からないのだけれど……急にどうしたの?」
満面の笑みで武器を振り回す琴理とは対称的に、依音は眉を下げて困った顔で琴理に尋ねる。
すると、琴理は嬉しそうな顔で窓の方を見る。普段はカーテンで閉ざされている場所が今日は開いていた。
「せっちゃんを生き返らせる方法が分かったんすよ!」
「え?せっちゃんって、緋浦雪奈さんの事よね?彼女は三年前に亡くなっ……」
子供が理解出来ないことを言い出した時は、こんな気持になるのだろうかと、依音は困りながら言葉を選びながら、琴理を宥めようとする。
死者を蘇らせる魔術や魔導具は御法度。そんな物が手に入る筈も無い上に、存在するかすらどうか分からない。
依音はどうせ降霊術でも試すのだろうと、琴理の話を聞こうとお茶を淹れ、一人で啜る。
「そうなんすけど!実は並行世界のせっちゃんをぶっ殺して、この世界で蘇らせたらこっちの世界のせっちゃんが蘇るって噂が耳に入ったんすよ!」
(あー、やっぱりオカルトの類よね。困ったわね)
目を輝かせながらオカルト感満載の話をしている琴理に言いたいことを言いたいだけ言わせておいて、依音は茶菓子まで取り出して慎ましく食べる。今日は最近ハマっているフィナンシェだ。
鼻息を荒くして、どうっすか!?凄くないっすか!?と依音に急接近する琴理の鼻っ面を押しやって、依音は淡々と質問した。
「それはそうと、両手に持ってる武器はどうしたの?さっきからずっと握りっぱなしだけど」
「あ、忘れてたっす。こっちの弓は依音センパイ用の得物っす」
「え?何でわたしに武器を?」
依音が魔導弓と琴理を交互に見やっていると琴理が、んっ!と差し出してくる。不思議そうな顔で依音が魔導弓を受け取ると、持った瞬間から何故か手に馴染むような感覚に襲われる。
(最初からわたしの為に作られたんじゃないかって、錯覚させるほどに馴染む……)
「琴理……これは?」
「依音センパイを想って作ったら出来上がったっす!うちの処女作っすね!」
魔導弓の胴の部分には「Kotori.A」と刻印されている。この世界の武具職人は大抵自分の作品にはサインと称して何かしらの刻印を刻んでいるが、どうやら彼女は普通に名前を刻むタイプだったようだ。
(そう、わたしが、琴理の処女を……ふふふ、悪くない響きね。えぇ悪くないわ)
琴理の言う処女作という部分が、頭から離れずに居た依音は、その後に琴理が言った「この武器で、もし並行世界のせっちゃんが現れたら一緒に戦って欲しいっす!」の部分を聞き逃していたことは言うまでもなかった。
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「あれからなんだかんだで周囲の魔物を倒すのに重宝したし、魔術の効果を上げる装置みたいな役割も担ってくれたお陰で愛用してたけど、まさか本当に並行世界の緋浦さんを殺すために使うなんて、思わなかったわよ。……ん?」
何やら外が騒がしくなっていたので、依音が窓から外を覗くと其処には先程まで二人と争っていた件の並行世界のせっちゃんことクリム・メラーとホロウ・ブランシュ、そして隣には定期的に荷物を運んでくれるイドル・B・フィルレイスが居た。
三人で何やら談笑しているように見えたが、何やら急にイドルが屋敷の方に向き、何かを投げるようなポーズを取っている。
(何しようとして……まさか……)
そのまさかだった。イドルは手元に持っているそれなりに大きい箱のようなものをおおきく振りかぶってこちらの方に投擲したのだ。
物凄い勢いで飛んでくる物体を反射的に避けると、物体は来賓室の中を通って奈落の底へと落ちていった。
(あ、もしかして)
依音の想像通り、イドルが投げ込んだ荷物は落とし穴の底にいる琴理へとクリーンヒットしたらしく「ぐえぇ」と蛙が潰されたような声が聞こえてきた。
頭を抱えながら依音は穴の中を覗き込む。
「琴理〜。……大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃないっすかぁ!!!!」
……ごもっともである。
琴理の悲鳴を聞いて頭痛がしてきた依音は、半目で琴理を見ながら渋々落とし穴から引き上げる。
「た、助かったっす……。依音センパイ、これは……?」
「さぁ?さっき外からフィルレイスが投げ込んできたのよ」
息絶え絶えになりながら荷物と共に上へと上がってきた琴理は、上から降ってきた荷物を解く。
中には、不思議な金属の塊と一通の封筒、それに加え見慣れないものが入っていた。
「なんすか?これ」
「十字架……?しかもそれなりに年季が入って、誰かが使った跡のある……」
依音が不思議そうに十字架を手に取り、眺めていると後ろで琴理が封筒の封を切り、一通の手紙の内容に目を通し始めた。
最初の方は意味が分かってなさそうな顔をしていたが、読み終える頃には無邪気な子供のような表情をしていた。きっといい内容が書かれていたのだろうと依音は思い、尋ねた。
「琴理、それには何が書かれていたの?」
「その殉教者の十字架とこっちの未確認合金でヰデルヴァイスを作って欲しいらしいっす!その完成したものをこの転移装置で依頼者に送れとのことらしいっすね」
琴理は依音に向かってサラリとそう言った。依音は頭の上に疑問符を数個浮かべながら、琴理の言葉を何度も反芻し、噛み砕こうと努力した。けれど、彼女の言っていることが理解出来ない。
ヰデルヴァイスという物は知っている。人間の叡智を超えた力を内包している武具。時折発見されたりすることもあるが、適合するものが少なく、基本的には金持ちのステータスに成り下がる代物。
そんな物を琴理に作れと、素材だけ渡して言ってきた人物が居るらしいではないか。夢か?
依音はサラッとそういった琴理に、目眩を抑えながら質問を続けた。
「えーと、琴理ってもしかしてヰデルを作れたりするのかしら……?」
「実物を作ったことはないっすけど、この素材があれば行けるかも知れないっす。報酬も貰ってるし、やるしかないっすねぇ」
琴理は気怠そうに背伸びをすると、薄汚れた十字架と、見たこともないような合金を携えて、自分のアトリエへと向かっていった。
今の依音ならば、作業室で作業中の琴理が何をしているのかを見ることも出来るが、今回は辞めておこうと思った。
(なんとなくだけど、知らない方が幸せな方が気がするの)
数日も掛からないうちに作業室から出てきた琴理が嬉々として依音に見せたのは、先端の刃の付近に殉教者の十字架を埋め込んだ白く神々しくも、何処か歪な十字槍だった。
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依音「所でこの武器の名前って、決めてるの?」
琴理「勿論っす、超絶最強神罰確定無双武装槍・エクストリームジェットハイパーランスドジャベルンダっす!」
依音「長いから略して罰槍ジェルダで良いわね」
琴理「おー!簡潔っすね!そう伝えておくっす!」
依音「え、あ、ちょ……」