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【Ⅶ】#8 「虚妄」は全てを覆い隠す


 “虚華”は自身の身に降りかかる異変に気づきながらも、目の前の倒すべき相手に対峙する。

 先程までは圧倒的にこちら側が優勢だった。相手の手札はある程度把握している。

 これでもそれなりに長い時間一緒に行動を共にしていた。

 最近取得したお得意の魔術も、“嘘”という名前の短期限定の現実改変能力も把握しているつもりだった。

 

 (あの子がまさか切り札を隠していたとは……いやはやあの子も私ってことですね)

 

 “虚華”は目の前の艶やかな聖女の姿をしている少女を道化を見るような目で見て、そう思った。

 こちら側は「喪失」に存在を隠していたヰデルヴァイスまで持ち出している。ひとたびこの槍を振るえば、自身の理性を少しずつすり減らしていく恐ろしい代物だ。


 (展開式槍斧で充分だとも思いましたが、ジェルダを持ってきていて正解でした)

 

 それでも自身の愛用している展開式槍斧(ハルバード)にはない扱いやすさ、自身の傷を“無かった”事に出来る治癒能力等、この武器を握らないと出来ないことは沢山有る。

 先程から何度も致命傷一歩手前のダメージを負わされていますが、どうにかジェルダの治癒能力を用いているお陰で、今も地に足つけて歩けているようなものだ。


 「随分とお強いですね。その見慣れぬ武器……銃と言いましたか。矢とは速度も火力も桁外れ……何かしらの魔導具なのでしょうか?」

 「……さぁね。貴方の記憶には無いの?」


 黒いヴェールで顔を隠している黒き聖女は、寂しそうな声色で“虚華”にそう尋ねた。

 “虚華”の怪訝な顔を見た彼女は、何も言わずに歪な形をしている黒い銃に何かを装填している。

 

 (質問の意図が分からない。どうして()()()()()()()()()()()()()()なのでしょうか?)

 

 現に目の前の彼女──名乗られていないので仮の名前として、黒き聖女とでも呼称しましょうか。黒き聖女が扱う黒い銃は、恐ろしい火力を誇る魔弾を放っています。

 彼女が一言「曲がれ」と言えば、どれだけ自分が回避しようと当たるまで追撃してきますし、「急加速(ラピッド)」と言えば、凄まじい弾速で鉛玉が飛んでくる。

 何とか急所には当たらずに済んではいますが、これでは何時まで経ってもジェルダの回復能力頼りになってしまう。


 「残念ながら。もし知っていれば私も槍斧を捨てて銃を握っているでしょうね」

 「……そう。そろそろ潮時ね」

 

 “虚華”がため息交じりにそう言うと、黒き聖女は何も言わずに黒い銃をこちらに向け、引き金を容赦無く引く。

 どうしてあの聖女は、いとも容易く命を奪うことが出来る凶器を人間に向けられるのでしょう?

 何度も何度も足や腕を射抜かれる度に、この身が焼け落ちるような感覚を味わっているのに。治癒能力があるからと言って、そんな物をこちらに向け、攻撃を仕掛けてくるのはおかしいではないか。

 こちらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのに、どうしてここまで反抗するのだろうか。

 非人はこの世界に存在してはならない害悪である。そんな物はこの世界の常識だ。

 “虚華”はその常識に従って、悪しき存在を狩っているに過ぎない。

 けれど、目の前の彼女はそう簡単に命を奪わせてはくれなかった。

 

 「はああああああっ!」

 「……そこに我非ず(瞬間移動)

 

 “虚華”がひとたびジェルダを握り締め、至近距離まで詰め、間合いに入ろうとする。

 けれど、振り翳した一撃は空を切り、地面へと深々とジェルダが突き刺さる。その隙を突いて黒き聖女は火力増強を施した弾丸を“虚華”の身体に何発も撃ち込んでくる。

 あちこちから血が吹き出し、意識が朦朧とする中、“虚華”はジェルダに祈りを捧げる。


 (この傷を癒やし給え。彼の者を殺め給え。この祈りこそが我が願い)


 “虚華”が祈りを捧げる最中にも、黒き聖女は何も言わずに黒い銃を乱射している。

 黒き聖女の顔色は伺えないが、どうにも悲しげな雰囲気を纏っているように見える。

 不思議な力が“虚華”の身体を纏っているお陰で、回復している間は傷を受けずに済んではいるが、埒が明かない。

 傷が回復した“虚華”は、銃口をこちらに向けたままただ立っている黒き聖女を見る。

 

 「ぐっ……。傷は回復出来ても、痛みがない訳じゃないんですよ!?」

 「……ならさっさと気絶してくれる?別に殺す気なんてないからさ」

 

 黒き聖女はあっけらかんとそう言うが、回復する手段があるのに敵前でおいそれと気絶しろと言われてする奴が居るだろうか、いや居ない。

 “虚華”は罰槍ジェルダを握り締め、目の前の悪魔を睨み付けるも、黒き聖女は何も応えない。ただ何も言わずに襲いかかる自分を迎撃し、必要があれば“嘘”で回避し、攻撃に転ずるだけ。


 (ん?もしかして……)


 ふとあることに気づいた“虚華”は、ジェルダを構えたまま、黒き聖女の方を見る。

 “虚華”が黒き聖女を攻撃せずに様子を見ると、黒き聖女も何もせずに銃口をこちらに向けたまま、待機している。


 (やっぱり……相手に敵意はない。けど気絶させたい?何故……?)


 不思議そうに睨み合う時間が少し続いた後、痺れを切らしたのか黒き聖女は頭をヴェール越しに掻いた後、何かをボソリと呟いた。するとジェルダの輝きが急に失われた。

 “虚華”が焦ってジェルダに視線を移したその瞬間だった。目の前に黒き聖女が現れ、脳天に銃口を突きつけられた。対応しようとしたが、黒き聖女の言葉で自身の動きが制限される。


 「動けないよね。だって今キミの身体は彫刻と同じだもん。そういう風に()()()()()から」

 「な、なんで……」


 “虚華”の震える声に、黒き聖女はふふふと声を漏らす。悪役に相応しい下卑た笑いだなと“虚華”は心の中で嘲笑しながら聖女の言葉を待つ。

 “虚華”が何も言い返さず、反抗しないことが分かると、黒き聖女は黒い銃の引き金を引いた。

 聖女の言葉を待っていた“虚華”は虚ろな目で、自分が地面に横たわっているのを確認すると意識を手放した。



 ______________________



 「……という感じで、対「エラー」戦は幕を下ろしました。その後、私は彼女の数時間分の記憶を消去し、その場を去りました。以上です。パンドラさん、今度はちゃんと聞いていました?」

 「うむ、此度はしかりと聞いておる。大義じゃったな。キチンと人払いもした上に完封勝利ではないか。お主の主としてこれ以上に誇らしいことはないのぉ」


 虚華──ヴァールの報告を聞き終えたパンドラは、隣に座っていたヴァールの頭を撫でながらすっかり温くなった紅茶をズズズと啜る。

 隣でソファにズカズカと座っていた禍津は顔を顰めていたが、何も言わずにパンドラの飲み干したティーカップに紅茶を補充して、再度読書を再開していた。

 アラディアはヴァールの報告を聞き終えてから、少しの間考え込む仕草をした後に、控えめに手を挙げる。


 「結局、あの銃で自分を撃ってヴァールちゃんはどうなったの?」


 アラディアの質問を聞いて、ヴァールははっとする。確かに自分に起きた変化に対する報告はおざなりだった。その部分を的確に聞いてくる辺り、アラディアはやはり知能が高いのだろう。言葉にはしないものの、ヴァールは密かに感心しながら口を開く。


 「特に何も変わりませんでした。強いて言うなら自分の力が強くなった気はします。実際、彼女を圧倒できるぐらいには弾速も上がってましたし、能力をほぼ無制限に使えたのも大きいですが」

 「充分に脅威だろ、無制限なら尚更」


 ふんと鼻を鳴らした禍津は、話を聞いていたのか、ヴァールの報告に口を挟む。


 「まぁ……確かにそこは大きい部分だと思ってます。今まであるのかも分からない回数制限や大幅に消費される魔力やその他の代償に怯えながら使っていましたから……、それが大幅に緩和されただけでもとても大きいと思いました」

 「まぁ、そうであろうな。お主の罪は「虚妄」真実以外は全て虚妄、偽りじゃ。一つでも偽りを吹き込んでしまえば、それはもうお主のフィールドじゃ。精々暴れると良い」


 パンドラはヴァールの頭を撫で回して満足したのか、ヴァールの頭から手を離し、立ち上がった後「あぁ、そう言えば……」と言い、振り返る。

 

 「紛い物がお主に振るっておったヰデル─罰槍ジェルダじゃったか?あれの出処は何処じゃろうな?」

 「分かりません……同じとライブ、同じ存在と言えども全てを把握しているわけではないので……彼女がヰデルヴァイスを所持していたのもあの場で見たことで知りましたから……」


 ふむ……とだけ言うと、パンドラは部屋のドアに手を掛ける。


 「お主のトライブも案外脆いのかも知れぬな。それとも紛い物が脆いだけやもしれぬがな」

 「かも知れませんね。現に今の私は、ヴァールなんですから」


虚華は薄い笑みを浮かべ、パンドラに一礼をすると、パンドラは扇で自分の顔を隠し、扉を開いて出ていった。

もう自分に求めているものは無いのだろう──虚華はそう判断すると、 残る二人にもお辞儀をして、指輪に魔力を注いで、転移用の魔術を発動しようとした。

 すると、虚華の魔術が強制終了させられた。残っている二人の方を見ると、アラディアが手を振っている。


 「ヴァール。ちょっと待って……あの子達が動き出したみたい。ちょっと様子見てからでも良いんじゃない?ケヒ」

 「うーん。思ったより効きが甘かったのかな。分かりました。ジアの状況も知りたいですし、もう少し居ますね」


 そうして、主を抜きに三人で遠隔操作で各地を見て回れる魔導具でジア付近の様子を見ることにした。

 この事を知らなかったパンドラは「どうして妾に知らせぬのじゃ!」と怒り心頭だったが、禍津が美味しい茶菓子を出したことで、怒りは収まったのだとか。


 




 

 


 

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